千載一隅のチャンスだった。
ゼノは仕事、シルバも仕事、主だった執事たちは一家の食料調達やら家事やら何やらで本家のほうにはいないらしい。
普段シルバやゼノがいない時を見計らって脱出しようとすればすぐさま執事達に見つかり即座にシルバが戻ってくるという仕組みになっているのだが、今日は本当に本館の中に執事達の気配がない。
飛行船の手配をしていたから恐らくシルバの仕事先はパドキアからかなり離れた場所なのだろう。

「これは神様があたしに絶倫ヤローから逃げなさいって導いてくださってるんだわ!!」

神様なんてカケラも信じていない日本人らしいあたしだけれど、口にすることくらいはある。
神様仏様ムクロ様、あたしは今からゾルディックから逃げてみせるわとばかりに勝手に流星街から送られてきた荷物の中で本当に必要で大切なものだけを小さなナップサックに放り込むと隣の部屋で恐らくベッドメイキングに一生懸命になっているだろうゴトーの名前を呼んだ。
すぐにドアの縁ごしに顔をのぞかせたゴトーにこっち来なさいとばかりに手を振ってやれば首をかしげながらも燕尾服に身を固めた年端も行かぬゴトーが疑うことなくあたしに向かって足をすすめてくる。

「お前、燕尾服以外持ってないっていうか持ってきてないんだっけ?」
「服ですか?エステメルダもムクロさんも持たせてくれなかったよ・・・じゃなくて持たせてくれなかったデス」
「んー・・・まあ服くらい生きてくうえで必要じゃないわね。よし、じゃあ行くよゴトー!!準備はいい!?」
「は?行くってどこに・・・って何で俺かかえられてるの!?ねえ!?どこに行くのぉっ!?」

重さをあまり感じさせないゴトーを肩の上に抱え上げるとナップサックを左手に掴み、あたしは『鍵』を片手にニヤリと笑った。

「どこ?そんなの簡単なことよ、シルバのいない場所に決まってるじゃない」






















服は生きていくうえで必要ではない。
お屋敷を出る前にはオレに確かにそう言った。
と旦那様の部屋の中にある洗面所へと続いている筈のドアをに担がれたままくぐれば、本来ならだだっ広いバスタブとかが広がってるはずなのになんだかどこかの洞窟みたいな場所に繋がっていて。
はオレを文字通り放り投げるとそこで大人しく待っているのよと言ってどこかへと消えてしまった。
戻ってきたは流星街にいた時のようにラフな格好をしていて、どこからから持ってきたちゃぶ台らしきものをドンとオレの座る場所の前においた。
地べたに座ってると体が冷えるよといって座布団を渡されて、を見習って座布団の上に腰を下ろす。

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・ねえ、
「・・・・・・なに?」
「・・・・・・ここ、どこ?洞窟?は、早く帰らないと旦那様や執事さんたちに怒られちゃうよ。もまた旦那様に苛められちゃうよ?また泣いちゃうよ?」

ナップサックから取り出した水の入ったペットボトルを口に含んでいたにそう言ってやればはブフーッと水を吐き出した。
ゲホゲホと咽るに大丈夫かと尋ねてみると涙目で「お前はなんてことを言うの!」と怒られる。
旦那様に苛められるのは嫌だろうなと思って心配して言ってあげたのにどうしてオレがに怒られなくちゃいけないんだろう、とても理不尽だ。

「ゴトー、いい?あたしはね、当分シルバの顔を見たくないの。声も聞きたくないの」
「旦那様は『そんなことオレが知るか』って言うと思うよ」
「ああうんそうだね、って違う!シルバがそう言ってもあたしは嫌なの、このまましばらくあたしはここから絶対に動かないからね。全てムクロさんが悪いんだけどアンタも道連れだからね、ゴトー。ほとぼりがおさまりそうな10年後を目処にここでターザンごっこスタートよ!!」

ターザンごっこってなんだ。
そう思ったオレはがどこかに消えたのを見計らって外に繋がっているらしい一際大きな穴から出ようと顔をのぞかせて、すぐさま足をひっこめた。

「なっ、なっ、なっ・・・・なんだココはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!

オレの言葉にエコーがかかってぐわんぐわんと辺り一帯に響き渡る。
大きな穴は確かに外に繋がっていた、繋がっていたけれど足の踏み場はない。
入り口の近くであわあわと心臓を両手で押さえながら呼吸をしていると入り口すれすれのところを見たこともないような馬鹿デカイ怪鳥がギャースと叫びながら通り過ぎていく。

ヒィィィィ!!
「あら、ゴトーってばこんなとこにいたの?そんな入り口近くでぼーっとしてたらプテラノドンもどきに掻っ攫われちゃうわよ、子供のエサがわりに」
「ななななな、ッ!?ここ、本当に一体どこなの!?なんで、なんで」







オレってば断崖絶壁の横穴で佇んじゃってるのォ!?







入り口だと思っていた穴は確かに入り口ではあったけれど、90度の断崖絶壁途中にあってその穴から下を見下ろしてみれば霧がかかっていてはっきりとは見えずならばと思い上を見上げてみればなんだかどこか太陽がまぶしい。
ここは人間が住む場所ではない、ホテル代わりにする場所でもない。
だって見たこともない怪鳥がさっき目の前を通り過ぎていったやつだけじゃなくて何匹も何匹も飛び回っている。
中には見ただけで「それ鳥類じゃないよ」みたいなのまでいて、パオーンと象のような泣き声をあげながら顔は牛で体は蛇、でも羽がついてる・・・ワンダーランドだ。
ちなみに空気はかなり薄いらしくて叫んだつもりだったオレの声は音にならずゼハァゼハァと窒息寸前のような空気漏れのような音になっただけだった。
はそんなオレの背中をアハハと豪快に笑いながらよしよしとばかりに撫でて、どうしてこんな場所にいるのかを説明しはじめる。

「シルバが知らなくて尚且つやって来れないだろう場所を色々考えてみたのよ、そうしたら二年ほど前にここで一週間ほど過ごした事を思い出してね。ムクロさんが勝手にシルバと接触しないように当分の間は絶状態で過ごさなきゃいけないから辺鄙な場所は選べないし」

ここが辺鄙な場所じゃないというならにとって辺鄙な場所っていうのはどういった場所なのだろう。
オレはふとその答えを聞きたくなったけれど静かに黙っての話を聞くだけで終わらせておいた、学習能力というやつだ。

「ゴトーだって溶岩たぎる火山口の中の洞窟とか海底二万マイルよろしくな場所は嫌でしょー?」

ほら、聞かなくて正解だ。

「ここなら食料は目の前で飛び交ってるからいつでも手に入れることができるし」
「え?あの牛と蛇と鳥が合体した生きものを食べるの!?」
「湧き水が上から滴り落ちてきてるから水の心配もないし簡易シャワーにもなるし」
「天井漏れって言うんじゃ・・・」
「5年は楽に暮らせるさね!!」

5年もこんなところで暮らさなきゃいけないなんて。
オレはを見限ることを遠い彼方のエステメルダに誓った。





(それが正解よ、ゴトー。賢く生きていきなさい!)





親指をたてたエステメルダの姿が真っ青な空に浮かんで消えた。