、17歳。




あと2ヶ月でセンター試験ついでに大学入試、それでもってあと3ヶ月で念願の高校卒業。


















―――を迎えるはずだった。

「これはかるーいイジメかなんかでしょうか?」

思わず丁寧な言葉遣い。
決して自分が丁寧な言葉遣いを駆使する人間だとは思わない、寧ろ周りの人間もベタベタの庶民も庶民、勿論自分も庶民。
『ざます』言葉だの『ですわ』言葉なんてのとは無縁の世界の人間だ。

センター入試を舐めてるつもりはないんだけれど毎日毎日三択問題だの四択問題の五択問題だのと見詰め合ってちゃ頭が腐る、とばかりに仲のいい友達達とカラオケに久しぶりに繰り出した。
筈だ。

それからたまには運動もしなくちゃねーとか言ってボーリングに足を向けた。
筈だ。

なんかここまできたらぱーっといっちゃいますかとか言ってそのままゲーセンにしけこんだ。
筈だ。

私の頭が正常に動いているのなら。

クレーンゲームに夢中になって(だってガン○ムザクの頭がスピーカーホンになっているものが景品だったのだ)必死こいて百円玉を投入していた記憶は確かにある。
横で友達の一人がそろそろ違う奴やろうよーと腕を引っ張ってきたのも覚えている。
それであともう少しだからと粘ったのも覚えている。
景品の箱にクレーンがしっかりひっかかって、よっしゃーと周りの目も気にすることなく叫んで、景品の箱が穴の真上でクレーンからポロリと落ちた瞬間。

景色が一瞬にして変わってしまった。

鼻についてくるのは腐ったイチゴと林檎ともう何がなんだかわからない匂い。
匂いで鼻がひん曲がるっていうのはこういうことだと、たまらなくなってスカートのポケットの中から取り出したハンカチで鼻を塞ぐ。
それでも鼻の中に匂いが残っているというか、いや、恐らく匂いがあまりにも強烈なのだろう。
どれだけハンカチで鼻を塞ごうが腕で鼻を塞ごうが、この強烈な匂いから逃れることはできなかった。
それだけじゃない。
目の前にあったのはガ○ダムザクのヘッドスピーカーホンしかも緑色、だった筈なのに。

「私ってばいつのまに国境越えてスモーキー・マウンテンなんかに飛んできてるわけ?」

目の前に広がるのはブスブスと所々煙の上がっているゴミの山。
いや、違う。
ゴミの大地だ。

足元にはゴミ。
グルリと見渡してもゴミ。
どこまでいっても見えるのはゴミ、ゴミ、ゴミ、ゴミ。
かの有名なスモーキー・マウンテンでもここまでひどくなかった筈だ。

お、おえっ!うえっ!!

自分が踏みしめている場所を自覚した途端、嗅覚と視覚をやられた精神的ダメージのせいか急に食道をみんなで一緒に食べた筈のパスタがせりあげてくる。
よりにもよってパスタ。
たまらずにその場でうずくまって出せるもの全て吐き出してしまう。
口の中をゆすぐ水が欲しいと思うものの、こんな場所で水なんてのは見当たらない。
そもそもあったとしても水の中の細菌やらが気になって口に含めるとも思えない。
ヒィ、ヒィと喉から息が漏れる。

なんなんだ、ここは。
今までイジメをしたこともなければイジメを受けた事もないはずだ。
こんなところに放り出される理由が思い当たらない。
違う、こんな場所は知らない。

「知らない。こんなところ、こんなところ、知らない、知らない、知らないよっ!!」

胃液でガサガサになった口と喉が気になりながらも声が漏れる。
知らないと叫んでいれば誰かが助けに来てくれるとでも思ったのだろうか、いやただ単に口に出さずにはいられなかったのかもしれない。
現にチラホラと見かけるガスマスクをした人間らしきやつらは私のことなんて気にもかけない。
ただ黙々と彼らは彼らのやりたいことをやっているだけだ。
下手したら私なんて存在も一帯に広がるゴミと一緒なのかもしれない。
だからこそ、ポンと誰かに肩を叩かれた時いろんなことを一斉に期待して思わず鼻水と涙を流したままグルンと思い切り、バランスを崩して体がゴミの上に倒れるのも気にせずに振り返ってしまったんだと思う。

シュコー・・・シュコー・・・シュコー・・・
「な、なに?」

たとえ振り返った先にいたのが明らかに体つきは女性なんだけど思い切り頭からフルフェイスマスク(酸素ボンベつき)を被った人だったとしても、だ。

シュコー・・・シュコー・・・シュコー
「なんなの一体。いや、そろそろぶちきれそうですよ私、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだけど気にしてられませんよ畜生。一体何だってんだ、さっさと用件言いやがれコノヤロー」
シュコー・・・シュコー・・・○×■△×◇●▽!!・・・シュコー・・・シュコー
「・・・・・は?」

シュコーシュコーと酸素ボンベの音の合間になにか言語らしきものをフルフェイス女は話した、のだけど。
フルフェイスの中からの言葉なんてのはほとんど聞き取れない、ましてや今のは明らかに日本語でも英語でもなかった。

「いや、もっとはっきり喋ってよっていっても喋られてもわからないっぽいし」
×▽△●◇×○!
「・・・・・・・」

フルフェイスマスクの女は最後になにか一言バーンと叫ぶと(ただしほとんど聞き取れない)涙と鼻水でぐちゃぐちゃの私に何か布らしきものがグルグルに巻かれたものをどんと胸元に押し付けてきた。
そして今になって気付いたのだけれど、どうやら私は肩から小さめのバックをかけていたらしく、マスク女は私のバックを鷲掴みするとぐいっとそのまま引きちぎってしまった。
これはなにつか私のバックになんてことしてくれんの!と言おうと顔を上げればフルフェイスマスク女がどこにそんな力があるんだとばかりのダッシュでゴミの向こうへと走り去っていってしまっている姿が目に入る。

お、置き引きかい!ていうかもうちょっと感傷にひたらせてくれよ畜生!!」

なにを置いていったんだフルフェイス!と胸元に押し付けられた物体を両手で抱えてみる。
緑色の薄汚れて破れまくっている汚い布の塊の中にはどうやら何か入っているらしく、抱えてみると腕の中にずしっと重みを感じる。
しかもどうやら生暖かい。

「一体何をフルフェイスマスクは置き引きして・・・」

ぐるぐると巻かれてある布をベリベリと剥がしていく。
剥がしていったその先にあったのは

「ダー!アー!!」

何処をどう見ても人間の赤ん坊だった。