俺にはじいちゃんが一人いる。
おふくろや兄貴ほど暗殺稼業を俺に継げとまで言わないし、家族の中で多分一番話しやすいのがじいちゃんだ。
俺にはばあちゃんが二人いる。
ゾルディックの、いわゆるじいちゃんの奥さんとやらのばあちゃんは今実家にはいない。
ちなみにどこにいるのかすら知らない、これは俺が生まれた時からずっとだ。
もう一人のばあちゃんは、おふくろのおふくろってやつだ。
じいちゃんと10歳ほどしか歳は変わらないって言っていたけれど、イルミと同い年、下手したらそれよりも若く見えるスーパーばあちゃんだ。
まあ家の中じゃ「ばあちゃん」って言っても怒られないんだけど、外で、誰か他の人がいるところで「ばあちゃん」って言えば拳骨がふってくる。
だから外じゃ「ばあちゃん」じゃなくて「ちゃん」だ、なにがなんでも「ちゃん」だ。
ばあちゃんはゾルディックの人間じゃないから違うところに住んでて(でもおふくろに言わせると住んでるのではなく放浪してるらしい)滅多に会えない。
でも俺のことも、兄貴たちのことも、弟たちのことも、すっげぇ可愛がってくれて普通だったらウザク感じるんだけどこのばあちゃんだと別にいいやって思える。
ブタくんは置いといて、イルミですらばあちゃんには頭を撫で撫でされても嫌がらない(寧ろ無表情のままばあちゃんに擦り寄っていく)
多分、このばあちゃんもいれて家族の中で一番好きなのは?って聞かれたら俺達兄弟はみんなばあちゃんって答えるんだと思う。
おふくろと兄貴と喧嘩して景気よく奴らをぶっ刺してから家を飛び出してきた俺は、とりあえずポケットに入ってた有り金全部使ってパドキアを飛び出した。
といっても隣の国だけど。
空港から出てどうするかな〜と考えながらブラブラ目的もなく歩き出す。
親父とじいちゃん、それにイルミが仕事で家にいなかったからこそ家を飛び出せたわけだけど、あの3人の誰かが帰ってきたらすぐにつかまるような気がしてならない。
誰かに助けてもらわなきゃと思いつつもそんな知り合い、あの家から外に出た今いないことに気付く。
寂しいと小さい頃は思ったけど、今は寂しい気持ちよりも不便すぎ!という気持ちでいっぱいだ。
ようやく空港前の大通りを抜けたところでばあちゃんの存在を思い出した、ゾルディックの人間とは違って尚かつ俺の親父達に負けずに俺の事匿ってくれそうな人。
家で使ってた携帯電話は使うとブタくんの追跡にひっかかりそうで、ちょうどすぐ目の前にあった公衆電話のボックスに駆け込む。
電話に出たばあちゃんは相変わらず何を考えているのかさっぱりわからないところでさっぱり理解できないことをやっていて、一瞬呆れて大きな声をだしてしまったけれどすぐにばあちゃんは迎えに行くと約束してくれ一方的に電話を切られた。
明らかにこの近くにいるわけでもなさそうなのに1時間程で迎えに来るというばあちゃんに、普通なら無理ジャンと思うだろうけどそこはそこ、あのばあちゃんだ、何をするかわからないけれど確実に1時間ほどで迎えに来てくれるに違いない。
とりあえず言われたとおりに適当に喫茶店に入って、特大パフェを頼んでばあちゃんがやってくるのをウキウキしながら待った。
一体どんな裏技を使ったのかは知らないけれど、ばあちゃんは確かに1時間程してやってきた。
喫茶店の場所も何も言ってなかったのにカランカランと喫茶店の扉を開けてやってきた。
でも、やってきたばあちゃんは『バケモノ』だった。
俺の家族も大概バケモノだけど、今目の前にいるばあちゃんはそれを上回るバケモノっぷりだ。
おかげでばあちゃんが席についたのに誰も注文を取りに来ない、水すら持ってこない。
悶々とどす黒いオーラを放ちながら後ろにたらしているミツアミ二本をゆらゆらさせて、ばあちゃんはブツブツと何か言っている。
いつもの優しいばあちゃんとはとにかくかけ離れていて俺もちょっぴりビビリがはいってたんだけど、喫茶店にも迷惑かけるしなにより俺が一緒にいるのが辛くて勇気をふりしぼって声をかけることにした。
「ば、ばあちゃん?一体どうしたんだ」
「誰が誰のばあちゃんだ!?んん?」
「ちゃん!ごめん、ちゃん!そ、そんなにキレてどうした・・・のかなぁ・・・って」
つい思わずばあちゃんって呼んでしまって、親父よりもキツイ目で睨まれる。怖い。
「ビスケのやろう、今度会ったらただじゃおかねえ!なにが幻のビッグジュエルだ、ふざけんじゃねえぞ畜生!あの富士山よりも高い岩山登りきってご対面と思ったらあるのは卵!しかもビスケの落書き済み!この間サティ君(裏高級ホストクラブのホストさん)と秘密デートしたこと根にもってやがったのか?あの体格詐欺、ウイングがいるんだからウイングで我慢しろよ!あー腹が立つ!」
「・・・・・・・」
「絶対に報復してやる、覚えてろよ体格詐欺女!あ、お兄さん、悪いんだけどアイスココアちょうだい」
「ひっ、ただいま!」
ノンブレスで呪いのように言葉を吐き続けたばあちゃんはしかし、カウンターの奥にばあちゃん好みのウエイターさんを見つけすぐさまバケモノみたいな顔からいつもの(見た目だけは)顔に戻して大好物のココアを注文する。
他の客よりもなによりも優先してばあちゃんの目の前に置かれたココアを一口飲んで、ばあちゃんはようやく俺に顔を向けにっこりと微笑んだ。
「はい、キルア。これお土産」
「あ、ありがとう・・・ってなにコレ。卵?しかもなんか落書きしてあるぜ?えーと・・・ほほほのほ、お馬鹿な、こんなところに宝石があるわきゃないでしょー、ばーかばー・・・・・」
「・・・・・・」
「ばあちゃん、これ処分しとけばいいんだね?ここで目玉焼きにでもしてもらう?」
「それいいかも。すみませーん、お兄さーん。チッ、お前じゃないよ、そっちのお兄さんだよ!そう、お兄さん、悪いんだけどこの卵で目玉焼き作ってくださいな」
聞きようによっては語尾にハートマークがついているかもしれない。
目をつけられてしまったお兄さんにご愁傷様と軽く心の中だけで言っておいて、今度こそばあちゃんと向き合う。
「で。家出してきたんだって?しかもキキョウとミルキをぶっ刺して・・・キキョウから登頂した瞬間に電話かかってきたよ」
「うッ・・・だって、おふくろとかすっげぇ五月蝿いんだ。カルトですら一人で好きな時に外に出ていってるのに仕事以外だと俺はダメだって言うんだ、一人じゃ絶対に出してくれない」
「うん、それで?本当のところ、外に出たかったってそれだけじゃないんでしょ?」
「・・・・・・うん、『普通』っていうのを知りたいんだ」
どんなに話しやすくて楽しいじいちゃんですら『普通』じゃない、ましてや親父もおふくろも兄貴も弟も。
あの家にいると麻痺してわからなくなってしまう何か、時々テレビで見る何か、たまに外に出たときに触れる何か。
明らかに自分の家にはないものを、求めている。
『普通』が何かなんて知らない、教えてもらったこともなければ与えてもらった事もない。
この手にあるのは『特殊』で『異常』な何かだけだ、ほしいのは『普通』、それだけのことなのに。
目の前の特大パフェの器にはもう最後のフレークとアイスクリームの残骸しか残ってない。
ぐるぐるとがちゃがちゃと音を立てながらスプーンでかき混ぜていると、頭にあったかいものがのっかかったのがわかる。
何がのっかってるのかすぐにわかったけど、あったかいソレに言う事なんてなくて意味もなくグルグルとスプーンでかき混ぜ続ける。
そのうちぐしゃぐしゃと髪の毛かき混ぜられて手をテーブル越しに伸ばしていたばあちゃんがケタケタ笑い始めた。
「仕方ないねえ、約束もしちゃったことだししばらく匿ってあげるよ。キキョウたちにも黙っておいてあげる」
「ほんとっ!?」
「可愛い孫の頼みだし、キルと遊ぶのも久しぶりだからね。たーだーし!二つ約束があるんだけど?」
「約束?」
「そう。私と一緒にいる間はキキョウたちの追跡も撒けるからいいとして、キルアが一人になった時に誰かに捕まったら大人しく家に帰りなさい。カルトたちならまだしももしも追っ手がシルバやイルミだったら大人しくなさい、あの家が嫌かもしれないけれど。これがまず一つ目。二つ目はもうすぐハンター試験がはじまるからチャレンジしてきなさいってこと」
「ハンター・・・試験?」
「ハンター試験を受ける人たちなんてまぁ『普通』じゃないけれど、ゾルディックの家よりは遥かに『普通』だと思うわよ。私だけじゃなくてもっとキルも外に知り合い作っておいて損はないんじゃない?『普通』な知り合い、自分で探して作ってごらんなさい」
「『普通』な知り合い・・・」
「試験が楽しいか楽しくないかは自分次第、どう?受けてみる?受けるってんなら保護者のところ、私がサインしたげるさね」
そう言ってにっこり笑ったばあちゃんは俺の目の前でヒラヒラと一枚のカードを振ってみせた。
楽しいか楽しくないかは自分次第、『普通』な知り合いを探して作る、ばあちゃんの言葉にスプーンを握っていた手がとまる。
カランと手からスプーンが抜け落ちて、その手をヒラヒラとばあちゃんの手で揺れているカードに伸ばしていき
「二つ、約束できるかい?」
「する。ちゃんと約束守るよ」
「ならよし。ばあちゃんを裏切らないでおくれよ?」
俺はそのカードを手に取った。
俺のばあちゃんは、スーパーばあちゃんだ。
あのじいちゃんや親父に引けをとらないほど強いけど、とっても優しいばあちゃんだ。
怒るとものすごく怖くて鬼とか般若とか通り越してバケモノになるけど、笑うとすっげえかわいいばあちゃんだ。
「ばあちゃん、大好きだーっ!!」
「だからばあちゃんって大声で言うなー!まだまだ私はわかーい!!」
(家族の誰にもしたことないけれど)ばあちゃんに向かって思い切り飛びついた俺にばあちゃんは思い切り拳骨を振り下ろした。