流星街の空はいつも曇っていて晴れの日なんてのは存在しない。
まるで雲がこの空間を守ってくれているようにも思えるけれど、ゴミ捨て場の上空にはいつも飛行船が飛んでいてそこからゴミが投棄されたりして、守ってくれてるんじゃなくて俺達にはどんよりしたここの空気がお似合いだよと誰かが言ってるような。

そんな気がしていた。












「ねえ?クロロ、聞いてる?」
「・・・なにを?」
「んもーやっぱり聞いてない!折角みんなで流星街七不思議の話で盛り上がってたのに!」

両頬を昔どこぞの本で見たハムスターのようにふくらませてシャルが怒っている。
いつもつるんでる9人の中で一番小さくて、誰よりも子供だ。
他の俺を含めた8人も世間一般じゃ充分に子供の域にはいるのだろうけども、ここで暮らしている限り(俺の場合は更にここに捨てられて)大人も子供も関係ない。
必要なのは『力』と『賢さ』だ。

「ごめんごめん。で、何の話をしてたって?」
「流星街七不思議だよ、クロロ。ほら、シャル、いつまでも腰に手当てて立ってないで座りな」

シャルのかわりにシャルの隣に座っていたマチが答える。
シャルにはぐいぐいと服の裾をひっぱってバンバンとコンクリートの塊に座るよう促している。

「流星街七不思議?そんなのがあるのかぁ、はじめて聞いたよ」
「俺もだぜ〜怖いものはないけど面白そうなのはいくつかあったよな!」
「そうだなー。でもよ、第五地区に現れる小さい女の子がでっかいトラックを投げ飛ばすとか夜中に突然ヒステリックな女の叫び声が聞こえてきてそれを聞くと頭がおかしくなるとかほとんど女関係みたいなんだよなぁ」

ウボォーさんがふんと鼻息荒く(相当興奮しているらしい)口を開くと、隣でゴキゴキ首をならしていたフィンクスも相槌を打ちながら頷いた。

「あ、それ俺も思った!光のない夜に赤い光を追いかけると昔のお姫様がいて、でもその人を見ちゃうと心臓がなくなって死んじゃうとか他の不思議も女の人がメインになってるみたいなんだよねー」
「女は怖いって言いたいだけなんじゃねぇの?」
「それはどういう意味かしら、ノブナガ。でも確かに女の人ばかりね、しかも最後の不思議はいまいちよくわからないわ」

座っても興奮冷めやらずといった感じでハイハイと手をあげるシャルナークに、いかにもだるそうな感じでねっころがっているノブナガがケタケタ笑いながら口を開く。
勿論その発言は女の子たちの不興を買ったようで、ギラリとパクノダとマチに睨まれノブナガはぴゅーっと下手糞な口笛を吹きながらそっぽを向いた。
マチは相変わらずノブナガのほうを睨み続けていたがパクは最後の七不思議というのが気になるようで、ストレートの髪をなびかせながら頬に手を当て首をかしげた。
その隣にいたフェイタンはどうでもよさそうな雰囲気をかもしだしていたが更にその隣のフランクリンはパクの意見に賛同しているらしく、そうだなと口をひらいた。

「その最後の七不思議っていうのは一体なんだったんだ?」
「あ、やっと興味もってくれた?せっかく俺一生懸命流星街中走り回って聞いてきたんだもん、クロロにも興味持ってほしかったんだぁ」
「ごめんごめん、シャル。さっきはちょっと雲のことを考えてただけなんだ」
「雲ぉ?なんでまた雲なの?空にいっぱい広がってるから見慣れてるでしょ?」
「クロロのかんがえることはフツーじゃないね、シャル。かんがえるだけムダよ」

俺の雲発言にシャルとマチは二人揃って頭をもたげて空を見上げたが、すぐにフェイタンの失礼な発言にそれもそうだとすぐに頭を元に戻した。

「最後の七不思議はね、『良い男は不死身の女に狙われる』っていうのよ」
「良い男って言っても色々あるじゃねーか。もしかしたら俺かもしれねえぞ!」
「ばっか、ウボォーなわけねぇだろ!まあ俺ならその可能性なきにしもあらずってとこだけどよー」
「フィンクスもウボォーもありえないね、鏡見て出直した方がいいね」
「「フェイタン!どういう意味だよ!!」」

ギャーギャーと騒ぎ出したフィンクスたちを尻目にパクが不思議でしょう?と俺のほうをみて口を開いた。
確かに、七不思議というわりには非常に内容が曖昧ではっきりとしない。

「まあフェイタンじゃないけれど良い男ってのは明らかにあたし達みたいなガキのことじゃないよ。いわゆる大人の男、ってやつなんじゃない?」
「俺もそう思う、まあその定義はその不死身の女?そいつによるんじゃないか?」

マチの言葉にフランクリンがさらに重ねる。

「うーん、でも不死身の女って誰だろう?流星街に不死身の女っている?俺、聞いたことないよ」
「私もないわ」
「あたしもないよ」
「「俺も聞いたことないな」」

不死身の女、その話になるとみんな揃って一斉に首をかしげる。
だいたいこの世の中に不死身の人間がいるわけがない、人間死ぬ時は死ぬ、今生きててもいつかは死ぬもんだ。
人間の死なんてここじゃあ日常茶飯だ。

「あ、ミツヒデのジジィに聞いてみるとか!あのジジィなら流星街のことも詳しいし、外のことも詳しいよ!」

マチのグッドアイデアーとばかりに笑顔で言ってのけた言葉にみんなが一斉におお!と言って円のすみっこでダラダラとねっころがっているノブナガに首をぐるんとむけた。
8人に一斉に見つめられたノブナガは「んだよ、気持ちワリィなぁ」なんて明らかに今までの俺達の話を聞いていないことを自分で証明しつつボリボリと頭をかいた。

「ねー!ノブナガ!ミツヒデに不死身の女の話聞いてきて!」
「なんだぁシャル。不死身の女ってのは?」
「んもう!今度はノブナガが聞いてなかったの!?詳しい話はあとでちゃんとするから、ミツヒデに聞くか聞かないか、どっちか答えてよー!」
「ノブナガ、聞いてきてくれる?俺も少し興味があるなぁ」

シャルのお願い攻撃に訳がわからず思いきり怪訝な顔をしているノブナガは俺もお願いするとますますもって訳がわからないって顔をしたけれどすぐに「ジジイに何か聞けばいいんだな」と肩をすくめた。
ノブナガは生まれた時にミツヒデという広場近くの仕事斡旋所を経営しているおじさんに拾われ、今もそこで一緒に暮らしている。
他のメンバーもそれぞれ一緒に暮らしている人間がいたり、仲間同士で暮らしていたりしているけれど、多分『家族』をもっているのはノブナガ=ハザマ、彼一人だけだ。
別にどうでもいいとノブナガ本人は言っていたけれど、ちゃんと名乗る時はミツヒデと同じハザマっていうファミリーネームも名乗るんだから彼もミツヒデのことはそれなりに思っているんだと思う。

「んで、ジジイに何を聞いてこいって?」
「えーとね、流星街七不思議のことで・・・」

シャルとマチがノブナガに説明をはじめたかたわらで俺はふと、空に目を向けた。
どんよりと雲がどこまでも覆っていて、やっぱりここは隔離された世界だと太陽なんて見えないからまぶしい筈もないのに目を細める。
いつもならいくつか飛行船が空を飛んでいるのに、珍しく今日は一つしか見当たらない。
それもかなり上空を飛んでいるらしく飛行船がいつも見ているサイズよりも小さく見える。
ふと、そのどんより曇った灰色の空に黒い一点がポツンと表れたのが目にうつった。
突然現れた黒い点に俺はなんだろうとばかりに首をかしげて見ていたのだが、少しずつその点が大きくなってきていることからどうやらそれが落下しているということにようやく気付く。
そのうえ―――

「パク。なにか、聞こえない?」
「え?聞こえないって何を・・・?」
「さっきから誰かの声みたいなのがぼんやり聞こえてるんだけど、俺だけかなぁ」
「フランクリンはどう?なにか聞こえる?」

なにか人の声が聞こえてきたような気がして、傍にいたパクとフランクリンに何か聞こえないかと尋ねてみるものの二人とも首をかしげてしまっている。
じゃあこの聞こえてくる声は一体なんなんだろうと俺まで首をかしげそうになっていると

「・・・・・い・・・・・・てぇ・・・・」

さっきよりも幾分かはっきりと、声が聞こえてきた。
今度の声は二人の耳にもはいったようで三人揃ってキョロキョロと辺りを見渡す、けれどこの辺り一帯のゴミ捨て場にいるのは俺達だけで他の人間の姿は見当たらない。
そういえばさっきの落下物、と慌てて上空を仰ぐと明らかに黒い点は大きくなっていて、しかもそれはどうやら

「フ、フランクリン、パク。あれ、どうみても人間、だよな?」
「人間、だろうな」
「人間、にしか見えないわね」

人間らしい。

「みんな!!その場を離れて!!上から人間が落ちてくる!!」
なっにぃ!?

俺の大きな声にそれぞれ騒いでいた連中も話を言って聞かせていた連中も慌てて上空を仰ぎ、すぐさま落下地点から離れた場所へ移動する。
身体の小さいシャルもマチに手を引かれてコンクリートの大きな塊の影に身を寄せている。
避難したみんなはそれぞれ思い思いの場所から身体をのけぞらせて上から落ちてくる人をぼうっと見ている。

ゼノのヤロウ!よくも私を落としやがったなー!あとで覚えてろよぉぉぉぉ

そう大きな声で叫びながら落ちてくる人、いや女性を。

「あとで覚えてろってあの人、明らかにここに落ちたらグシャバキベチョって死んじゃうよね」
「落とされたってことはあのどっかにいこうとしてる飛行船から落とされたのかなぁ」
「あの飛行船、普段より上空にいねえか?」
「「「「「「「「っていうか今から死ぬっていうのに元気だな(ね)」」」」」」」」

落ちてくる女の人は懲りずに罵れるだけゼノって人を罵ると、俺達の目の前のコンクリートの塊(俺たち9人が座っていた本当に大きな塊)にものすごい音をたててつっこんだ。
つっこんだっていうのは表現がおかしいのかも。
落ちてきた、しかもよりにもよって頭から。




俺たちの目の前にはコンクリートから女の人の身体が生えている、そんな奇妙な物体。