俺たちの目の前にはオブジェがある、平たくてどでかいコンクリートから女の人の身体だけがにょきっと生えてる、そんなオブジェ。
文字にしてみると結構気持ち悪いんだけど、いざ目の前で実物を見てみると笑いがこみあげてくる。
風がひょろりーって吹けばぶらぶらと空中で両足が微妙に揺れたりして、俺やパクなんかは後ろを向いて必死に笑いをこらえてるけど他の連中は指をさしたりお腹をかかえて転がってたりバシバシ地面(つってもゴミの地面)を叩いたりと笑うことに息を吸うよりも必死になっている。
だからかフィンクスとウボォーさんなんてのは、ゲヒゲヒとか器官から空気が漏れてるような音をだしながらピクピク痙攣している。
笑うのもいいけど、息をするのも忘れるなよな。
首だけをコンクリートにつっこんだ人間はおちてからしばらく風の吹くままに任せた状態になっていた。
ピロピロ揺れるオブジェにみんな笑い転げていたけれど、そのうちウボォーさんが「これ死んでるんだよな?」とか言いながらじりじりとそのオブジェに近づいていった。
フィンクスがやめとけって〜と言いながら注意していたけれど、顔を見てる限りフィンクスも行きたそうだ。
シャルもマチに肩を掴まれて止められているけれど、あれもマチがちょっとでも力を抜いたらオブジェに向かってダッシュするに違いない(ついでにツンツンくらいもするかもしれない)
「にしても綺麗に首だけめり込んでるなァ」
「おーい、ウボォー!その人間どうなってる??」
「綺麗に首だけコンクリートの中だな!なぁ、これってもう死んでるよな?触ってもいいかあ?」
触ってもいいか?なんて誰に許可を得ようとしてるんだというつっこみをする間もなく、ウボォーさんは指先で女の人のコンクリートにダランと落ちている腕をつついた。
―――つんつん
「どうだぁ?ウボォー?」
「なんかまだあったかいぜぇ?」
「えー、あれじゃねぇ?まだ死んで間もないから、とか」
「あーそうなのか?」
一定の距離感を保ちながら続くフィンクスとウボォーさんの会話に呆れながらも、みんなウボォーさんの行動に興味深々だ。
相変わらずシャルはそわそわして、マチに肩をがっしりとホールドされている(青あざになってなければいいけど)
「うーん、ズボン越しだからわかんねぇけど足もまだあったかいなー」
「そろそろ引っこ抜いてみるといいね。もしかしたら首が抜けるかもしれないけど、それはそれで楽しみね」
フェイタンが心持ち楽しそうに、いやかなりワクワクしながらウボォーさんに声をかける。
その隣でフランクリンとパクがちょっと嫌そうな顔をしていたが、フェイタンにはどうでもよいことだ。
「抜けばいいのか?しかたねぇなぁ」
そう言いながらフェイタンの言うとおりにしようとウボォーさんの両手がオブジェのちょうどお腹のところを抱えるように絡まった。
そのまま力をいれて引っこ抜くのかと思いきや、ウボォーさんはそのオブジェに腕を絡ませたまましばらく動かないで
「うーん、この人間、おなかのあたりの肉がぷよんぷよんだ!なんか気持ちイイ!」
そういって絡めていた腕を外すとつんつんではなくぶにょぶにょと両手を使ってオブジェのお腹あたりを触りだした。
みんなが呆気に取られる中、本当に楽しそうに気持ちよさそうに触りまくっているウボォーさんだけど俺の気のせいじゃなければお腹だけじゃなくて、いわゆる胸のあたりも思い切り触ってるように見える。
けれど、その瞬間だった。
メキっとバキっと、何か非常に硬いものが壊れるような音が響いたのは。
一瞬にしてその音に反応して静まり返った俺たちは、さっきの奇妙な音がどこから聞こえてきたのかときょろきょろと辺りを見回す。
けれどやっぱりこの人間が落ちてきたときと一緒で回りには誰もいなくてみんなが揃って首をかしげながら視線をオブジェに戻すと
「「「「「「「・・・・・・」」」」」」」
さっきまでダランとコンクリの上に投げ出されていた人間の両手ががっしりと傍に立っていたウボォーさんの両足首をホールドしていたのだ。
珍しく青ざめた顔で自分の足元を見つめているウボォーさんに、同じように青ざめた顔でそれを見つめる俺たち。
最初に声をあげたのは誰だっただろうか。
「・・・・ギャ、ギャァァアァァァァァァアア!!!」
その叫び声をきっかけに俺たちも思い思いに奇声をあげながら更にそのコンクリから離れた場所に避難する。
一人足をしっかりとホールドされたままで逃げる事も動く事もできなかったウボォーさんは、ノブナガに「達者でな!」と明らかに間違った発言をされながらダラダラと冷や汗を流している。
「ていうかウボォー!そんな手、振り払って逃げろよ!!」
「それができるんならとっくにやってるぞ!!」
ガーっと叫んだフィンクスにウガーっと叫び返すウボォーさん。
確かに足首を掴んだままの両手を振り払おうと力をこめているらしいことはわかる、微妙に膝の上からの身体が動いているから。
それでも振り払えないのは、掴んでいるその両手にこめられた力がウボォーさんに勝っているからとでもいうのだろうか。
俺たちの中で一番ガタイがよくて、一番力強いウボォーさんに。
「「ウボォー!!」」
フィンクスとノブナガの声にはっと我に返ると、ウボォーさんはコンクリに突き刺さったままの人間の両手でブンと思い切り吹っ飛ばされたのが目にはいってくる。
軽々とウボォーさんを手首の力だけで投げ飛ばしたその両腕は、ぱたぱたと上下に動かして周りのコンクリを探るようにして触っている。
吹っ飛ばされたウボォーさんは俺たちが避難したところよりも遥か向こうで両足と頭をさすりながら身体を起こしている、どうやら回りに散らばっているコンクリとかの塊ではなくやわらかいゴミの山につっこんだだけのようだ。
それに皆も安心したようにほっと一息いれると、ウボォーさんを投げ飛ばしたオブジェの方に思い切り警戒しながら向き直る。
俺たちの中で一番力強かったウボォーさんですら軽々と手首だけで投げ飛ばされ、俺たちじゃとてもじゃないけど敵わないってわかっていても。
そのオブジェの方はというと、ちょうどしっくりくる場所でも見つかったのか思い思いの場所を手がさわさわとコンクリの上をなぞるように動いている。
相変わらず足の方は風が吹けばぷらぷらと揺れていて、そのギャップがおかしくてたまらないのにウボォーさんのことがあって誰も笑える様子ではない。
そのうち両手はちょうど頭が埋まっている場所の両横に手のひらを軽く押し当てる
―――バゴォォォォンンン!!!
手のひらを少し上にあげてそのままものすごい音をたててコンクリに振り下ろした。
拳を打ち込んだんじゃなくて、手のひらをまるで逆立ちをするかのように降ろしただけだ、音がものすごいけど。
飛び散るコンクリの破片と跡形もなくなってしまったコンクリを俺たちは全員口を思い切りあけて(あとになってみればものすごくかっこ悪いってわかったけど)呆然と見ていた。
あんなに俺たち9人が乗って遊んでもびくともしなかったあのコンクリの塊が、平手だけで粉々になってしまったのだ。
パラパラと塵みたいになってしまったコンクリ(だったもの)が降り注ぐ中、元オブジェ、現女の人はくるくると上空で一回転するとしゅたっとゴミ山に綺麗に着地した。
ボサボサにはねまくっている両サイドの髪の毛に後ろで二つミツアミがゆらゆら揺れているけど、ミツアミのほうもコンクリの破片がついていたりとかなり悲惨だ。
どんな怪力女だと視線を向ける俺たちの先には、至って普通の、流星街ならどこにでもいそうな女の人がパンパンと埃を払いながら立っている。
特別綺麗とか、可愛いとか、そんなんじゃない。
だって本当に普通っぽいんだ、外見は。
埃を払い終わったらしい女の人は俺たちが遠巻きながらもぐるりと周りを囲んで、警戒心あらわに見つめているのを確認するとぐるりと順番に俺たちの顔を見ていってにっこりと笑った。
「さっき私の腹と胸を遠慮なく摘んで揉んでくれたのは誰?お姉さん、びっくりしちゃったじゃないの」
俺たち全員(ウボォーさん除く)が一斉に遥か向こうにいるウボォーさんを指差したのは、裏切りでもなんでもない。
れっきとした『自己防衛』だと言っておく。