「お母様!ここでお別れですわ!!」
燦々と太陽の光が降り注ぐ中、レース仕上げの日傘を差したお姫様は私の目の前でキンキンと声を張り上げながら宣言した。
一種の、私にとっての離縁宣言。ガーン!
「ちょっ、ちょっとまってちょうだいな、キキョウちゃん。お別れってどういうことかね、というかなんですかそのスーツケース」
「文字通りお別れです、お母様!キキョウはもう我慢できません!!!」
再び私に降り注ぐ言葉のヤリ。
母はお前に何か嫌われるような事をやったのだろうか、それとも一種の反抗期ですか?
「お母様とはここでお別れしてキキョウはしばらく一人で生活していきます!」
キキョウが10歳になってから一緒に流星街を旅立って早四年と半年。
第一次反抗期にしては少し遅いくらいだけど、でもやっぱりこれは反抗期なのかしら。
父親が娘に「お父さん、くさーい」とか言われて嫌われるのはよくわかる(自分もやったから)
でも娘が母親にまさか「お母様、くさーい」とか思うはずもない・・・よね?私ちゃんと毎日お風呂はいってるもの。
「ななななんでですか!お母さん、臭い!?うざい!?もう私、キキョウに近寄る事すらできないわけ!?」
「どもりすぎです、お母様」
どもらずにはいられねぇってんだ、べらんめぇ!
肩をがっしり掴んでフリフリと思い切り上下に振るとキキョウのドレスがひらひらと風になびく。
そのうち酔ってきたのかキキョウは思い切り周の状態で日傘を使って私の頭を横になぐった、それはもうスカーンと野球選手なみに殴った。
日傘で殴られたのにガスンとものすごい鈍い音がし、なんだか鉄臭い匂いがつんと鼻についたけどとりあえず無視。
「ままままままだキキョウってば15歳にもなってないのに!」
「もう15歳です、流星街じゃいっぱしの大人ですわ」
「だいたい一人で生きていくってどこでどうやって生きていくつもりなの!!」
「適当にどこかでアパートを借ります。お金は心配いりません、お爺様に時々暗殺のお仕事を回してもらう予定ですから」
「ああああああ暗殺だなんてお母さん許しません!」
「お母様が許されなくても私が一番裏の仕事で好きなのが暗殺なので人を殺して生きていきます。ある程度楽もできてお金も手に入る、一石二鳥じゃありませんこと!?」
「そんな暗殺業が一番楽だとか言っちゃいけません!いつかキキョウも狙われたらどうするの!」
「私、まだ誰かに負けるつもりも殺されるつもりもありませんしそんなに弱いつもりもありません。なにせお母様の自慢の娘ですから!」
「オホホホホホ、そうね!キキョウちゃんは私の自慢の娘ですものねーって違う!流されるところだった!!」
「チッ!」
キキョウがお姫様ルックのまま舌打ちをする。
はじめてキキョウの舌打ちを聞いた私は、やっぱりこれは第一次反抗期なんだと鈍器で頭を殴られたような、そんな感じだ。
いや、実際にまたキキョウが周の状態の日傘を使って私を殴ったんだけど。
「良いこと、お母様!確かにお母様とは今までずっと一緒に旅して回りました。ずっと一緒に、色々仕事をしたり観光をしたり、それこそ四年と半年」
「そうね、楽しかったわね・・・で、次はフェルファージ国立公園に行こうよって言ってた最中だったじゃない・・・」
「えぇえぇ!そうですわ、次はそのフェルファーなんとやらに行こうって話しをしてましたわ!けどね、お母様!覚えていらっしゃる!?ここ二年間、ずっと秘境、秘境、秘境、時々よくわからない森林とかで一度も人間が住んでいるところに足を踏み入れてませんわ!」
「え?秘境はいや?お母さん、楽しいんだけど・・・」
「嫌です!もうこりごりです!私のドレスが土に汚れるだけならまだしも、よくわからない動物やら植物やらのせいで破れたりだなんて・・・最低ですわ!最悪ですわ!」
キンキンキーン。
アラレちゃんの走る効果音みたいな、でもとっても鼓膜によろしくない音がギャオーンとか時々聞こえてくる森林の中、響き渡った。
ところどころで聞こえてくる何かが倒れる音は恐らくキキョウのこの声というか騒音に耳をやられた獣たちだろう、ご愁傷様。
まぁ私なんてキキョウの声くらいで破れる鼓膜じゃありませんから?全然平気なんですけどーってばかりに口をとがらせてキキョウの顔を見ていると、どうやら私のその態度に何を勘違いしたのかキキョウはプルプルと身体を震わせて。
「お母様なんて大嫌いですわーーーーーーーッ!!!!」
キンキンキンキンキーーーーーーーーーーン。
ソプラノ歌手も真っ青な声を張り上げて私の目の前から姿を消した。
そう、姿を消してしまったのだ。
「キ、キキョウちゃん?」
聞こえてくるのはギャオーンとかクワーッツとかわけのわからないゴジラみたいな怪獣とかの音ばかり。
キキョウちゃんのあの耳に鼓膜に頭に直接響くソプラノ声は聞こえてこない。
「お、おいていかれた?い、いや、これはもう反抗期とか云々の前に家出?え?まじ?」
ようやく現状把握できた私はポツンと投げ出されたレース仕込みの日傘を持って、鬱蒼と生い茂る森林というかジャングルというかまぁそんな中、呆然とつったっていた。
娘・キキョウと(一方的に)分かれてから一年ほど経って、ようやく携帯にキキョウからメールがはいってきた。
それまで使っていたキキョウの携帯電話はとっくの昔に解約されていて、メールも返ってくるわ電話は繋がらないわで本気でへこんだものだ。
そんな中ようやくメールがきたと浮かれていた私は、下の方におまけのように書いてあった追伸に悲鳴をあげてしまうことになる。
追伸
とうとう私の王子様を見つけました。あの光り輝く銀色の髪は月の光を浴びても血を浴びてもそれはもう綺麗で私、一目惚れです。お母様には申し訳ないのですがキキョウはしばらく愛に生きる為、やはりお母様のところへは戻れそうにありません。お爺様によろしくお伝え下さい。