えーこれより会長が面談を行います。番号を呼ばれた方は二階の第一応接室までおこし下さい。
飛行船の中、マーメンらしき人物の声がスピーカーから流れた。
もうすぐ最終試験、鏡の前に立った私はムクロさんの顔のままパチンと気合をいれるべく頬を叩いた。
私の念でありながら独自の感情と思考能力をもつムクロさん(しかも極めてその感情表現と思考回路は幽遊白書原作のムクロさんに近い)をいわゆる自分の身体に取り込みなおすことで自分の姿をムクロさんへと転換、もしくは変換する能力、これがなければおっちょこちょいというかすぐ気を抜いてしまう私の場合速攻でイルミに存在をばれていたに違いない。
キルアを匿って快くハンター試験会場にまで送っていった私としては非常に気まずい思いをしてしまう。
イルミに怒られるというか拗ねられるのはまだいいのだけれど、キキョウのあのキンキン声で文句を1時間以上聞くのはかれこれ20年近く離れて生活していた私にとってもはや脅威だ、慣れてても聞きたくない。
しかも半分くらいは文句で半分くらいは呪詛のような言葉を吐くに違いないのだ、あの娘は。
だからこそ、しかるべき時まで絶対にイルミに自分の存在を知られたくないのだ。
「ほっほっほ、そこにすわりなされ」
「どうもどうも、ついでにお茶なんかがでると尚いいんですが。でないんですかねぇ?煎茶希望なんですが、お茶請けはゴマせんべいで宜しくお願いします」
座布団の上に正座で座りながら目の前に座るネテロ爺さんに向かって笑いかけた。
「おお、ジャポン贔屓なのかね?」
「いやぁ、元をただせば正真正銘の日本人ですから。こんなナリしてますけど」
「ふむふむ、それじゃあちょいちょいと質問させてもらおうとするかの」
「ええ、お手柔らかに」
マーメンさんがどうぞといって出してくれた湯のみを受け取って、ニコリとムクロさんの顔で微笑んだ。
顔半分焼け爛れてすっごいことになってるのに、いや一応隠してるけどさ、マーメンさんはちっとも気にならないらしい、素晴らしい秘書だね。
まぁでも人間なのに明らかに人間とは思えない姿のやつってのはそこらへんに結構いるものだと思えば、私というかムクロさんの姿は至って普通レベルなのかもしれない。
「ではまず志望動機からかのぅ。なぜハンターになりたいんじゃ?」
「いえ、別にハンター試験を受けに来たつもりはありません。なんていうか、授業参観のノリできてますから」
「授業参観とな?試験を受けに来たつもりはないのにここまで残ったということは、まだ見るべき人間が残ってるということかね?」
「うふふ、どうでしょう。まあ他の受験生の皆さんとは違って、そこまでハンターという資格に拘りがないのは確かですね」
だって、孫のハンターデビューを間近で見たかっただけなんだもの。
私って本当に孫思い、と一人悦にはいっている私の目の前でネテロ爺さんはなにやら筆をとりだして紙にすらすらと文字を書いていく。
常々思っていたのだけれど、あの点とか直線とか○とかハングルもびっくりなハンター文字っていうのは書くのにすごく時間がかかるのだけどどうしてあんなに皆さんはスラスラかけるのだろう。
ていうか画数が半端じゃないよね、まだ漢字のほうがマシだと思うのは私だけなのかしら。
「ふむふむ、じゃあ次の質問じゃ。おぬし以外の中で一番注目しているのは何番じゃ?」
紙から顔をあげて私の方に向いたネテロ爺さんと視線がかちあう。
訳もなく二人揃ってニッコリと微笑んで
「ナイショ、ってのはダメかしらねぇ?」
「秘密かね?こっそりとでいいんじゃが教えてくれんかのう」
もう一回にっこりと笑いあう。
「ケチじゃのう、強情というか。ふむ、まあよい。最後の質問じゃ、こっちは答えてくれると嬉しいのう」
「9人の中で一番戦いたくないのは何番じゃ?」
戦いたくない相手、といわれて一番に思い浮かべるのはイルミとキルアの顔。
さすがに自分の孫とはやりあいたくない、どんなに試験であっても。
かといって他の連中とならやりあっていいのかと言われるとノー。
だって―――
「面倒くさいから誰とも戦いたくないってのが本音ですかねぇ」
「おぬし・・・もっとこうオブラートに包んで言えんのか?いくらなんでもズバリ言いすぎじゃろう・・・さすがアレの類友じゃ」
「なんか言いました?ジジイ」
「そこもオブラートに包んで言えんのか」
小さい声で言われた部分はほとんど聞こえなかったけれど、なんとなく、いや確実にすっごい不快なことを言われたのはわかる。
なんか自分がこうゴリラの仲間みたいなことを言われたような、そんな気分だ。
思わずさっきまでネテロ爺さんって呼んでたのをジジイと言い直しても構わないだろう。
「おぬし、本当に授業参観しに試験を受けにきただけなのか・・・もったいないのう、みたところ良い素質を持っておるのに。最後だけでも真剣に受けてみんか?」
「あら、いやだ、それはナンパですか?ジジイ」
「だからそこももう少しオブラートにだのう」
「私は基本的にハンターってのに向いてませんよ。別に欲しいものなんてないんです、名声なんてくそくらえだし(住んでた所柄)金なんてもっといらない(貯金の管理をしているのはいつのまにかキキョウだし)愛情は充分に親からもらいましたし(17年だけだけど)それを自分の子供にも返したつもりです(あんな素敵な賞金首になっちゃったけど)」
一人で言いながら含みのある部分がとにかく多いことに仰天する。
だいたいもうすぐ60手前だっつのにハンターなんてものになってどうするのさっていうのが正直な感想。
欲しいものが私にはないのだ。
「家族にも恵まれてるし親友にも多分恵まれてるつもりです。欲しいものは別に思いつかないし、更に上を目指そうとも思わない。人がなんと言おうとある意味今私は世界で一番幸せな女なんですから」
だからね、次の最終試験のトーナメント、なるべく私の番号はチャンスの少ないところにおいてくださいね。
「ふむ、わかった。もうよいぞ、一応おぬしの意見、覚えておこう」
「一応じゃ困るんだわ、ジジイ。しっかりその脳みそに刻み付けておいてちょうだいよ」
「おぬし、本当に口が悪いのう・・・」
ごちそうさまでした、と傍に控えていたマーメンさんに頭を下げると隣から「その態度わしにもしてみせんか」とかほざく声が聞こえてくる。
それを思いきりスルーして座布団から立ち上がると一応礼儀としてネテロ爺さんに一礼して応接室を出ようときびすを返す。
「ビスケットが言っておったぞ、幻のビッグ卵はうまかったか?とな」
後ろから聞こえてきたその言葉にビキと思わず額に青筋がたってしまったが、それをなんとか抑えてクルリとネテロ爺さんのほうに振り返る。
「ええ、孫と一緒にすっごくおいしい目玉焼きいただきました。ついでにサティ君もおいしくいただいちゃったわ、ゴリラ」
「・・・・・・・」
「って伝えておいてくださいな、一言一句間違えずに、ね。よろしくお願いします、ジジイ」
ペコリともう一度一礼して今度こそ応接室を出る。
あのじいさん、やっぱり私が誰だか知ってるのだ。いやこの場合、あのビスケが漏らしたというべきか。
まぁいい、あのゴリラ女の処分というか始末は後々考えるとしてだ(かなり入念に、なおかつピンポイントで嫌がる復讐を考えなくては)
とりあえず最終試験が終わればキルアはあの家に連れ戻されてしまうだろう、あの家を出させてあげるのは構わないのだけれどそのときキキョウをどうやって説き伏せるかを考えなくちゃいけない。
あのキンキン声と話し合いしなくちゃいけないのかと思うと、自分の娘ながらぞっと鳥肌がたつ。
ザワザワになった両腕をこすりながらのんびりと自分のあてがわれた部屋に向かって歩き出した。
後ろの応接室でネテロ爺さんとマーメンが顔をつき合わせてビスケに『ゴリラ』という単語を伝えてもいいものかどうか話し合いをしていたなんて、私には関係のない話。