私の右手にはボサボサの髪のミッチーいわく『ライオンみたいな』少年が(ただし白目むき中)
左手というか思い切り首に抱きついてるのはミッチーいわく『金色蒼目の小さい子』、うんでもそれそのまんまだよね。
さらに私の後ろをカルガモよろしくちょろちょろと頑張ってついてきているガキんちょたち。
なんだか気分的に癒される、ついさっきまで娘の旦那様とそのファッキン親父を見ていただけに余計癒される。

「お姉さんは名前、なんていうの?俺はねーシャルナークって言うんだって」
「言うんだってーって坊やの名前でしょうが」
「だってウボォーがそう言ったんだ。今日からお前はシャルナークな!って。だからシャルなんだよ」

小さい子の会話ってのは辻褄が合わないことなんてしょっちゅうだって、自分の娘の育成過程、いやいや、成長過程でよっく理解した。
喋ってる本人はどうやらよくわかってるらしいので、そっかとこっちが頷けば満足する。
だから私もそうなんだとシャルナークと名乗ったちびっこに言うと、シャルは満足そうにそうだよ!と笑う。
あぁ癒し!と少しだけ抱き上げる左手に力をこめて自分の方に抱き寄せるとシャルはなにが楽しいのかはわからないけれど、キャーと笑い出して首にしがみついてきた。

「お姉さんはっていうのよ、シャルナーク。仲良くしてちょうだいね」
「うん!だってこんなんことウボォーもフィンクスもやってくれないよ、高くてすごいね!」

こんなことが何かわからなかったけれどすぐに高いという言葉で抱き上げられることだと理解する。
ミッチーの話によると議会の『登録』から逃げ回っている子供は五人、さっきの態度からみて恐らく確実にこの子と後ろについてきている子供達だと思われる。
この街で生きていくには確かに『登録』は必須だとは思うけれど、『登録』するには流星街の『登録』済みの人間のサインも必要でサインをしてくれる人がみつからなければ難しい。
そういう場合は議会の人間がサインすることになっているらしいけれど、そういうここでの『暗黙のルール』とかをこの子達が知らないからこそ逃げ回ってるんだろう。
シャルの話を聞いていると回りに大人は誰もいないらしいし、妥当といえば妥当なのかもしれない。

「ところで今どこに向かってるの?こっちって広場のほうでしょ?」
「とりあえず私の家にね、ご飯食べさせてあげるって言ったでしょ。後ろについてきてる子たちも歳の割にはほっそいんだもの、しっかり食べなきゃ」
「でもねー、ウボォーとかフィンクスとかすっごい食べるよ。ごちそうが手に入ったら二人はいつもすごいんだよ」

両手を広げてこーんなにと手振り身振りで教えてくれるシャルナークに笑っていると後ろのガキんちょ達が息を呑むのが音でわかる。
無駄に良くなってしまった耳にキキョウと一緒にいたときは難儀していたが、まぁこういうときには役に立つ。
いつのまにか着いていた広場をつっきっていると、時々見かけたことのある顔が私を見てペコリと頭を下げる。
なんでかはわからないけれど議会の仕事を引き受けるようになってから色んな人に声をかけられたり頭をさげられるようになった。
シャルと後ろについてきていた子供達がそんな住人の姿に驚いたようでまたまた息を呑んでいるのが聞こえてくる。

「すごーい、いつも知らんぷりばっかする人たちがみんな、こっちみて頭下げてるよー」
「シャルがかわいいからじゃない?さ、もう着くよ」

見えてきたのは元ミツヒデさんの家、現在私の収入源により改装を加えに加えた家。
といっても表向きの部分は汚い情報屋兼仕事の斡旋所、その少し手前にある細い通路を抜けると家に繋がる扉があるのだ。
ミツヒデさんがやっぱり寝ているのを遠めに見ながら細い路地を入ろうとしたところで後ろから「ちょっと待った!」と声がかけられる。
私だよね、と思いながら後ろを振り向けば男の子にしては珍しく黒い髪の毛を伸ばしたガキがどーんとばかりに腰に手を当てて立っている。

「あれ、ノブナガー」
「あれじゃねぇ、シャルナーク!それよりもお前!」
「私?」
「俺の家に何の用だ!勝手に人の家にずかずかと入り込もうとするなよ!」

ビシっとノブナガと呼ばれた少年の指先が私をさす。
この細い路地の先にある家はただ一つだから、恐らく彼の言う家っていうのは私の家のことなのだろうけども。

「俺の家ってガキんちょの家はここなの?ここ、ミツヒデの家でしょ?」
「そうだよ、俺とミツヒデの家だ」

ミツヒデさんの名前を出すと少年はどこか警戒したように私のほうを睨みつけてくる。
そんな少年の後ろで他のちびっ子たちがどこかオロオロしながら私たちを見ていて、シャルも不安そうに私に顔を向けている。

「うーん、ここがミツヒデさんの家だってんなら別に無断でも勝手でもないんだけど」
「なにぃ!?」
「だって、ここ、あたしんち」

き〜てきてあたしンち〜みてみてあたしンち〜

そんなフレーズが頭の中で流れる、威風堂々って曲自体がこの世界にないんだからつまらないことこの上ないけれど。
まあとにかく、ここは自分の家だと告げた瞬間ノブナガと呼ばれた少年は「そんなわけねーだろ!」とギャンギャン吼えはじめる。
いやまぁ明らかにここ10年近く、この家に住んでもなかったし戻りもしなかった。
ミツヒデさんに会うのは大概表の斡旋所の方や教会のほうで、確かにこの細い通路を通るのはかなり久しぶりだ。
でも嘘でもなんでもなくここは私の家なんだからしょうがないじゃんかと吼えまくるノブナガ少年に困ったナァと突っ立っていると、タイミングよく(恐らくノブナガ少年の喚き声で気付いただけなんだろうけれど)ミツヒデさんが「なにしてんだお前ら」と玄関をあけて顔をだした。

「ミツヒデ!だってこの女が家に勝手に入ろうとしたんだ!」
「はぁ?別にいいじゃねえか、自分の家に入るくらい。ほら、他の住民達の迷惑になるだろうがよ。さっさと家に入れ」
「じ、自分の家って!ミツヒデ!どういうギャン!!
「あーもううるせぇガキだな、テメーは!お前がここに来る前からこの家はその女の家だっつの、ホレ、さっさと入れ、馬鹿餓鬼!」

ガコンとミツヒデさんはノブナガ少年に拳を落とすと、首根っこを思い切り掴んで家の中に放り込む。
そのまま他のちびっ子たちを見下ろしてすっと玄関を指差し、お前らも早く中に入れと促す。
そのミツヒデさんに大人しくガキんちょたちは従って、恐らくはじめて来たのだろう、キョロキョロしながら玄関にもぐりこんだ。

「ったく、おめえはよぉ。これで子供拾ったの何人目だ?ここは託児所でもお前専用の保育園でもねえんだからな」
「別に拾ったわけじゃないよ、私が捨てられた先にこの子達がいただけ」
「・・・・・・捨てられた、って誰に?お前を捨てれるようなヤツがこの世にいるのか?
「ゼノのヤロウにね!たまたまアイツの仕事先でばったり出会ったからついでに飛行船に乗らしてもらってイルミに会いに行こうと思ってたんだけど、あのヤロウどうやら紅茶に眠り薬大量にいれてくれたらしくてね。気付いたら空中遊泳、冗談じゃないってね」
「・・・・・よく生きてたな」
「ふふん、まあね!あの位ならまだ大丈夫!ま、いいや。ほら、ミッチーも早く入ろうよ。久々にご飯作るからガキんちょ共の相手でもしてやっててよ」

そういって目を少しだけ玄関に向けると、子供達が興味津々に折り重なってこっそりとこっちを窺っているのがわかる。
ノブナガは相変わらず機嫌悪そうにこちらを見ているが、かわいそうなことにちょうど一番真下にいる為に上にのっかかっている他のガキんちょ達に潰されそうになっている。
ひょいっと右腕に抱えていたウボォーと呼ばれていたガキをミツヒデさんに押し付けると、ミツヒデさんは嫌そうに顔をしかめたものの素直に受け取って仕方ねえなと頭をボリボリとかきながら玄関へ向かう。
その後を追うようにして玄関に向かった私は、玄関の敷居をまたぐ直前に足を止め、そのまま私の目の前にあるミツヒデさんの背中をぼうっと眺める。
中に入ろうとしない私に腕の中のシャルナークがこてんと首をかしげる。

「どうしたの?中に入らないの?みんな、いるよ?」
「あーうん、こういうのもいいなぁと思ってね」
「?」

今度は反対側の方向にコテンと首をかしげたシャルナークに笑いかけると、今度こそ玄関の敷居をまたぐ。
―――その瞬間



「おかえり」



前に立つミツヒデさんが、私がまだここにキキョウと一緒に住んでたときと全く同じ顔をして、ぶっきらぼうに口を開いた。
何も変わっていない玄関に、何も変わっていないミツヒデさん、何も変わってない廊下に何も変わっていない家の匂い。
あぁ、やっぱりこういうのいいなと、なんだかお腹の辺りがムズムズする。

「ただいま!今日のご飯はさん特製パドキア名物ゾルディック鍋〜え?ちょっとそれ赤過ぎじゃない?〜です!」

そして私もあの時と同じように、同じように。
あの日々と変わらないものを、ミツヒデさんに。






12年離れていた流星街に私は再び戻ってきた。