「女、名前を教えろ」






目の前に赤色が広がる。
正確に言うと赤ではなくローズピンクとでも言おうか。暗い部屋の中でははっきりと識別できないけれど。

「な、なんでしょ。これ」
「親父に聞いた。女を落とすには花、宝石、服、金、それから」
「あーいえ、モウイイデス」
「とりあえず順番に花からだ」

そう、目の前に広がるのは薔薇の花束。
ちなみにそれを私に向かって差し出しているのは私の顔あたりに頭がある銀色ヘアーな少年。
この頃から髪の毛は伸ばしていたのか少々長めの髪を後ろで一つに括っている。
少年の名前は、シルバ=ゾルディック。御歳9歳・・・・にしてはでかい、発育良好なんてもんですまない。

「はあ、それはどうも」
「受け取れ」
「い、いや。なんかこれ受け取ったら『お前は俺のものだ』とか言われそうで」

自分の両手を前に突き出して花束を押し返すとチッという舌打ちが少年からと、そして何故か後ろの壁からも聞こえてくる。
なんで後ろから舌打ちが・・・と不思議に思うもののすぐさまムクロさんを呼び出すと、命令もお願いもなにもしていないのにムクロさんはニヤっと笑い後ろの壁に向かって思い切り蹴りを一ついれた。
どっかーんと派手な音をたてて砕け散った壁一面の中から「おーこわい」と言いながら飄々とこれまた銀色ヘアーのおっさんが出てくる。
そのままムクロさんは私と少年の立っているところに戻ってきて、少年が差し出している花束をしげしげと観察し始める。

『飛影がくれた花束の方が綺麗だぞ』
知らないよ、そんなの!そりゃあムクロさんはあの花束事件で幸せ一杯かもしれないけどさー」

わからない人は幽白を読んでみよう。
いやいや、そんなこたあどうでもいい。

『にしても薔薇の枝の奥の奥、コイツが手で握り締めてる部分の中にうまいこと指輪が隠されてるぞ』
「・・・・チッ」
「・・・・みつかったか・・・」
「なにがしたいんだ、お前ら親子・・・・」

ムクロさんの指輪発見報告にシルバ少年はポンと後ろに花束を放り投げる。
用済みとはいえ勿体無いじゃないか、せっかく綺麗に咲いてる花なのにと言おうと思ったのだけれど、確かに放り投げられた花束からカツーンとなにやら光るものが落ちてきてコロコロと私の足元にまで転がってきた。
確かに指輪の入ったままの花束なんか受け取ったら「よし、婚約指輪を受け取ったな」とかなんとか言って既成事実を作られそうだ。

「・・・・・」
「・・・・・」
「それを拾ってゾルディックに嫁がんか?」

なにやら彫刻のようなものがほどこされてる銀色に輝く指輪を見下ろしていると、どこからともなく変な言葉が耳にはいってくる。

「今ならまだシルバも9歳だからな、お買い得だぞ!青田買いってやつだな、ハッハッハ」
「新手の勧誘かなにかですか?っていうかなんで私の仕事場にあんたたち親子がいらっしゃるんでしょ?おかしくね?」

そう、ミツヒデさんから暗殺のお仕事を頼まれてこの町にやってきたのはいいものの私が暗殺対象になっている人物が住むという屋敷にたどり着いた時には既に、この親子はここにいたのだ。
確かその前のお仕事の時もそう、私が現場に着いた時には既に必ずこの二人がいるのだ。

「いやな、お前の仕事やらの情報は全部こっちに流してもらうように情報屋の方に依頼していてな」
「するな!そんなこと!おちおち落ち着いて仕事できないじゃん!ていうかなんで、私が見張られてなきゃいけないわけ!?」
「見張る?とんでもない、俺たちは追いかけているだけだ
「威張って言うな!9歳児!!」

バコンと拳骨を少年の頭に落とす。
それをみてゼノの方がおお!と歓喜の声をあげ「やはりお前はゾルディックの嫁にふさわしい」とかなんとか言い出した。
ふさわしくあってたまるかっつの!
確かに未来のシルバの体型というか筋肉のつきかたは理想といえば理想、埋もれてみたいといえば埋もれてみたい。
駄菓子菓子、あ、いや、だがしかし、青田買いをするにしても少々歳が離れすぎているし何よりも後々キキョウに付けねらわれるようなことにはなりたくない。

「嫁ぎません。嫁に行きません。ていうか女とか呼ばれて喜ぶ女の人はいません!私に女と呼び捨てにした時点で君はボッシュートだ!!」
「ぼっしゅーと?訳がわからん。なら、名前を教えろ。お前の名前は勿論、他の情報も仕事の請負以外どんなに調べても一つもわからなかった」
「調べないでよ、私のなけなしのプライバシーはどこへいったの!?」
「将来の嫁のことを知りたいと思うのはおかしいことか?シルバのやつ、自分の稼いだ金で一生懸命調べておったんだぞ!どうだ?可愛いと思わんか?」

思 わ ね え よ !
たしかにキキョウみたいな小さい子が一生懸命な姿は可愛いけど、9歳にしてこのでかさ!な少年だとどうも引いてしまう。
将来の姿を知ってるだけに空恐ろしい、可愛いわけがあるか。

「すみません、私もうこれでも22歳でして。さすがにオンナの方がオトコよりも寿命が長いといえどさすがに13歳差はどうかと思うのですが」
「俺は気にしない」
「俺も気にしない。親父も気にしねえって言ってるんだ、さあ、俺の嫁になれ

だめだこいつら。
横でムクロさんが、あのムクロさんが、腹を抱えてゲラゲラ笑い転げている。
あのムクロさんがだよ!そんなに人の不幸は面白いですか、そうですか。

「ついでにいうと、私既にシングルマザーってやつでして」
「シングルマザーってことはもう離婚済みか相手はいないんだろ?ならいいんじゃないか?」
「9歳にして親父になるのは難しいだろうが、俺もがんばるぞ。だから嫁に来い

本当にだめだこいつら。
未来の夫婦が現在親子になってどうする!

「とりあえず婚約って形でもいいぞ。さあ、名前を教えろ」
「婚約もこんにゃくも結婚も嫌ですイヤですいやですぅ!9歳児とだなんてロリショタもいいところだ、ちっともロリっぽくもショタっぽくもねえガキだけど!
「おい、こいつの名前はなんていうんだ?」
『そいつはってんだ、ゴミ溜めでのんべんだらりと暮らしてるぜ。好きなものはせんべいとかいうお菓子でキライなものは辛いもの全部、それから』
「うおわぉわぉ!!!ムクロさんの裏切り者ぉぉぉ!!

少し離れたところに立っていたゼノの質問に笑い転げていたムクロさんが平然と私の名前やらを答えていく。
裏切りもいいところだ、しかもミツヒデさんのことまで言う必要なんてまったくこれっぽっちもないのに。

「お前いいヤツだな、強いし」
『いいヤツだなんて言われるのははじめてだがな。まあお前も面白いガキだぜ?またこの間みたいに遊ぶか?』

ふんぞりかえってたずねるムクロさんにシルバがこくと一つ頷いた。
それを見てムクロさんは非常に満足したらしく

『よし、!お前、こいつと結婚しちまえ。娘は俺と飛影で面倒みてやる』

なんて爆弾発言もいいところなことを口に出してくれちゃったり。
冗談じゃないよ、本当勘弁してよ。
なんで私の念であるムクロさんが敵にまわるのさ、本当ムクロさん、私の念ですか?
泣きそうになるのをこらえて私は三人に背中を向けて逃げ出した、あそこにいたら押せ押せでいつのまにかゾルディックに嫁がされていそうで。

「キキョウーー!私の癒しぃぃ!!母さん、そろそろプッツンきそうだわーー!!」

家で待っているだろう愛しい娘の姿を思い浮かべながら、ただひたすら足を動かした。
もう当分仕事は受けない、絶対に受けない。
流星街から一歩も外に出てやるものか!!










「おーおー、足も速いな。ありゃあシルバ、お前よりも断然早いぞ」
「嫁には負けん。それよりもだ、もう少しとやらの情報をくれ。俺の力ではまだ調べきれないこともある」
『いいぞ、その代わり俺と今度遊べ。最近、飛影のやつも遊んでくれねえから暇なんだ』
「いつでもいいぞ。じゃあ、まずは住んでるところと・・・・」

がんばれ、息子よ。

心の中でぐっと拳を握り締めゼノは呟いた。