波乱のハンター試験は一応終わった。
最終試験でゴンが意識失ってどこかに運ばれちまうわ、あの釘まみれの男がキルアの兄貴だとわかったわ、俺の最終試験の相手がそのキルアに腹を抉られちまうわ。
とにかく最終試験は今までの試験の中でも特に波乱にまみれてた、と俺様レオリオは思うわけだ。
ゴンはどうやら腕を折られただけだから安心しているんだが、問題は俺の相手だった女だ。
俺がこの女の存在に気付いたのは恥ずかしいことに最終試験の直前だ、今考えるとすっげぇ不思議なんだけどな。
女の癖に右半身頭から焼け爛れちまっていてそれを隠そうともしない、右目の方はさすがに布で隠していたけれどある意味すげぇ女だとは彼女を最初に見たときは思った。
最終試験のトーナメントであの女は誰と当たっても必ず開始の合図とともに参ったといい続け、結局シードになっていた(けどこの場合シードってあんまりいい意味じゃないよな・・・)俺と最後の最後で当たる事になったんだが。
まさか開始の合図とともに彼女の腹から手が突き出てきて、床を真っ赤に染めるとは思わなかった。
しかも目の前で。
突き出た手がキルアのだったことにも驚いたが、なにに一番驚いたってーとキルアと彼女が一言二言話したその直後彼女の姿がぐんにゃりと歪んだかと思うと全く違う姿になったことだ。
いやいや、キルアの兄貴ってやつも全く違う姿に変身つうかどこをどうやったらそうなるんだよって感じだったがこの女も同じことがいえる。
焼け爛れた右半身は消えうせ金色に輝いていた短い髪の毛は赤茶けてボサボサのように見えその後ろでみつあみを二本たらしていて、多分どこにでもいるような平凡な女になった。
多少可愛いとは思うけれど至って平凡で、クラピカとそうたいして変わらない歳なんじゃないかと思える容姿だった。
キルアのやつは彼女がこの姿に変わってから目に見えて顔を真っ青にさせブルブルと手を腹に突っ込んだまま震えだし、彼女は腹に穴開けられて起きてるだけでもすげえのにキルアの手を体から抜けさせるとそのままぎゅっとキルアを抱きしめた。
その際になってやっと二人の会話が耳にはいってきて、しかもそれがキルアの「ばあちゃん」ってなもんだから思わずハンゾーのやつと同じリアクションをとってしまったってわけだ。
あれは一生の不覚だ、なんで俺があのお笑い忍者と同じリアクションをしなくちゃならねえんだ。
「俺ぁいまだに信じられねぇな、あの女がキルアのばあさんだってのは」
「まったくだ。しかしあのギタラクルも彼女が自身の祖母であることは認めていたしな、彼女も自分で祖母だと言い放った。本当に二人の祖母なのかもしれない」
「んな馬鹿な話があるか?お前も見ただろ、あの女どこをどうみてもお前と同い年くらいにしか見えないぜ」
「・・・・・・・わ、若作りとか、究極の・・・」
ようはお前も不思議に思ってはいるけどなんでかはわかんねえんだな、クラピカ。
究極ってなんだ究極って。
あれからキルアが彼女と何か話して一人試験会場を後にし、その直後俺に支えられたままキルアのばあさんとかいう彼女は気絶した。
気絶した瞬間「カメラが・・・」とかなんとか呟いていたが、なんのことやらだ。
今頃ゴンと同じ別室で治療を受けているか、病院に直行か。
とにかく俺も彼女もハンター試験に合格にはなったけれどあの傷だ、もう会わないだろうと思っていた。
腹にまるまる腕一本通り抜けるような穴があいたんだ、内蔵もやられてるし出血量も尋常じゃねえ。
運次第じゃ生きながらえれるかもしれねえなと説明を受けている部屋で他の合格者たちに埋もれながら思っていた矢先のことだ。
ゴンが部屋に飛び込んできたのは。
ギタラクルの腕をつかんで放り投げるわ、ゴン節が炸裂するわ、ハラハラしながら見守っていたところでハンター教会の会長の爺さんが二人の会話をさえぎるかのように口をひらいた。
けれど実際にゴンとギタラクルの会話をさえぎったのは会長の爺さんじゃなくてさらに会長さえもさえぎってあの女がギタラクルとゴンの名前(いや、馬鹿猫ってのは名前ですらないしゴンにもぷりてぃとか関係ないものがついていたが)を叫んだ。
信じられるか?腹に穴開けられた人間が骨折して普通に気絶したやつと同じ時間で回復して堂々と歩いているのを。
驚いていたのは俺だけじゃねえ、クラピカのやつもハンゾーのやつも、他の合格者は勿論ゴンとギタラクルですら驚いていた。
その後、よこしまな発言が微妙に飛び出したりしながらもゴンに場所を譲ってもらったらしい女(ちなみにムクロって名前だと最終試験ではじめて知った)はフンと荒い鼻息を一つ吐くと、右手の指先をビシっとギタラクルの鼻先につきつけた。
暗殺一家の一員だというキルアに恐らく同じ人殺しを職業とする兄であるギタラクル。
ならこのムクロって女も二人の祖母だってんなら同じ人殺しを生業にしてるんじゃねえかってクラピカとも話した。
その答えはわからないが、キルアにとってムクロって女の存在はきっとものすげえ高い位置にあるんだとは思う。
あの時縋るようにしてキルアの両腕はムクロの体に差し出され、それをムクロも愛しいものをみるかのように微笑んで享受した。
多分、本当に恐らくだがキルアにとってあの女だけは特別だったんじゃないかと思うのだ。
いや、違う、思いたいんだ俺が。
そうじゃなきゃあんなに腹立たしくて胸糞のワリィ、そんでもってやるせねぇ最終試験があってたまるかと思うのだ。
人殺しを強要する家族の中できっとあのばあさん(っていっても俺より年下に見えるんだよなぁ)だけが特別なんだと思いたいのだ。
だからこそ険しい顔でギタラクルの鼻先に指をつきつけている彼女の背中を見て、期待してしまう。
「おばあさま、もう治ったの」
「治ってたまるかい!まだまだビキビキだわヒリヒリだわジリジリだわもーうわぁぁって感じで最悪だわよ!」
「おばあさまのその説明の方が最悪だと思うよ、俺」
ああ、俺もそう思うぜ。なんだよジリジリって、うわぁぁって。とてもじゃねえが痛さを表現してるとは思えねえよ。
隣でクラピカも軽く頷いていて、更に言うと会長の爺さん以外が全員頷いていた。
「おだまんなさい、この猫坊主!あたしゃ、あんたに言いたい事があるんだからねッ!」
ムクロは猫とギタラクルを呼びすてるともう一度ビシっと指先をつきつけた。
そうだ、びしっと言ってやれよバアサン。
あんたにとってキルアもそこの猫野郎も同じ孫(まだ疑わしいけどよ)かもしれねえけど、絶対にキルアの家ってのはおかしいんだからよ。
「言いたいこと?俺に?」
「そうよ、あんたによ。私、ものすごい怒ってるんだからね。こんな腹立たしいこと久しぶりすぎて、涙がでてきそうだわよ!!」
ああ、やっぱりこのムクロってばあさんはキルアの味方なのかもしれねえと。
一瞬思いかけた矢先だ。
「なんでおばあちゃんの看病をあんたがしてないの!おかしくね?手を握り締めて『おばあさま、大丈夫?』くらい言ってのけなさいよ!目覚めたら乳よ乳!あれはあれで眼福だったけど、ばあちゃんぶっちゃけあんたの猫顔のほうがよかったんですけどー!!」
「ちょっとアンタ!あたしの乳揉もうとしておいてその言いようはなに!?え!?」
ハンゾーのやつが椅子から転げ落ちたのが目に入る。
かくいう俺も椅子から転げ落ちていて、珍しくクラピカのやつも顔をひくつかせながら部屋の真ん中にいる二人のほうを見ている。
あいかわらず部屋の隅っこでうずくまっている会長の爺さん以外はそれぞれ思い思いのリアクションで忙しいようだ。
「キルアのことでなにか言ってくれるんじゃねぇのかよ!?」
「うん、それも言おうと思ってたけどそれよりもこっちの方が大事。目覚めは気持ちよくいきたいじゃない?」
「ちょっと、アンタあたしの乳だと目覚めが悪いっての!?羨ましいとかほざいてたじゃないの!」
俺の突っ込みに冷静にかえしてきたムクロに鬼のような顔でつっかかる二次試験の試験官。
あの緊迫した空気はどこへいった、俺の淡い期待をどうしてくれる、ゴンなんかみてみろ、拍子抜けしてしまってボーっとしちまってるじゃねえか!
「まあいいや、看病の話は置いておいてだ。キルのことね、そうそれも言っておきたいことがあるのよ!」
よし!今度こそそこの最低な猫男に言ってやれ!
「えーと・・・言わなきゃと思ってたことをしたためておいたメモがどっかにあるんだけど・・・」
「「「「「・・・・・・・・口で言えよ、口で!!!」」」」」
右ポケット左ポケットともぞもぞあさりだしたムクロに俺だけじゃねえ、ほかの合格者達の声も重なる。
なんなんだ、この女は!俺たちの期待を裏切るなよ!頼むから!
「ないなァ、まあいっか。よし、猫坊主!」
「なぁに、おばあさま」
今度こそとばかりに(そう思ってるのは多分もう俺だけかもしれねえが)またギタラクルの鼻先に指をつきつけたムクロはしかしながらギタラクルが返事をかえしたことで一瞬怯んだ。
なんでそこで怯むんだよと胸の中でモンモンとしていたらその思いが通じたのか、はたまた何かを乗り切ったのかぐいっと再びムクロは体を持ち直して。
「猫坊主!おばあちゃんは怒ってんだよ、すっごい怒ってるの!とにかく怒ってるの!久しぶりに怒ってるの!なんでかわかる!?」
「わからないよ」
「でしょーね!こんなことならやっぱりキキョウに子育てなんてさせるんじゃなかった!てかもう少しまともな母親に育ててやればよかった!つか私怒ってるんだから!」
「うん、それはよくわかるよ。さっきからおばあさま、俺のこと名前で呼んでくれないし。おばあさまって呼んでるから?キルみたいにちゃんって呼んだほうがいい?」
そこでまたムクロが怯んだ。
なんで怯むのかわからないが、とにかく怯んだついでにプルプル震えている。一体何だってんだ。
「そ、そんな可愛いこと言ったって許してあげないんだから!ぶっちゃけ私が死にかけたのってあんたのせいなんだからね!」
「許してくれないの?」
また怯んだ。
もう顔すらあげていない、ただ自分の両手で自分の体を抱きしめムクロはプルプルと振るえるだけだ。
「いやいや!ここで負けちゃダメよ、煩悩なんてこの間の大晦日に捨てたはずだわ、キルアの分以外!とにかく、おばあちゃんは当分許しません!許して欲しかったらニャーとでも鳴いてみることね、この馬鹿猫!」
なんでニャーなんだ、ニャー・・・。
しかも
「にゃあ」
お前も言うのかよ!!
見ろ、今度こそハンゾーは死んだぞ。悶え死んだぞ。ボドロの爺さんも見ろ、ピクピク痙攣してるじゃねぇか!
クラピカなんて燃え尽きてるんだぞ!ゴンなんかお花畑だ!
「いやぁん!はうぅん!きゃわゆい〜許す許す〜とりあえず許す〜まあどうせ悪いのはお前の父親と母親だしね。うんうん、お仕置きはお前の親だけでいいや。イルゥ、もう一回にゃーって鳴いてーん」
本当に許すのかよ!しかも抱きついて頭なでくりまわしてんじゃねえよ!
ついでにギタラクルも心なしかうっとりしてるんじゃねえよ!
これ見てたらキルアがいたたまれなさすぎて、俺様でも涙が出そうだ。
誰でもいい、あの二人をとめてきてくれ!