『お腹に穴が開いたので助けてください』
『今日はエイプリルフールじゃないよ』
『ひどい!母親が娘に嘘をつくはずないでしょ!本当に穴が開いてるんだってば』
『こんだけ携帯で文字がうてるんだから元気なんじゃない、そのままフツーに病院いきなよ』
『いやいや、もう一歩も動けない。ちょっと出血多量っていうか?フラフラするの、お願いマチ!本当に母さんのお腹、穴がぽっこりなのよ。死んだら恨んでやるんだから!マチのせいなんだから。このやり取りをクロロに送ってから死んでやるんだから』
『わかったよ、今どこにいるの?すぐに向かう』
『えへーそれでこそマチちゃん!ブラボーハラショー!ムクロさん迎えにやるから一緒にきておくれ』





そんなやりとりがあったのが一週間ほど前、今はとりあえず無理しないようにホテルでマチと一緒にゴロゴロ生活を送っている。
もうすぐパドキアに向かわないとキルに会えなくなっちゃうし、シルバのヤロウも逃げてしまうかもしれないからそろそろチェックアウトかねぇとマチの髪の毛をいじりながら考える。
ムクロさんに連れてこられたマチの顔はたいそうぶすくれていたけれど、本当に私の腹に穴が開いているのを確認すると慌てて念を使ってくれた。
おかげさまでいまやすっかり健康体で、帰ろうとするマチを久しぶりだからと引き止めて引き止めて今に至るのである。

「ねえ、マチ」
「なに?」
「みんなは元気にしてる?クロロやフィンクスなんかは頻繁に連絡くれるし、シャルからはなんか色んな請求書が私のとこに送られてくるから元気だって知ってるんだけど。他の子たちは一年以上連絡とってない気がするなぁ」
「さあね、パクノダとノブナガは元気だよ。この間も連絡とったしね。でもフェイタンとかは知らない、まぁアイツのことだし元気で人間解体してるんじゃない?それよりもシャル、またなにか送ってきたわけ?」
「フェイタンの解剖癖は育て方を間違えた云々の前に天性のものだからなぁ。シャルはね、あの子なにやってんだろうねぇ。毎月色んなところから請求書が送られてくるんだわ、携帯電話の会社にどっかの有料サイトの請求でしょ、あとアパートだのレストランだの・・・この間はどこぞのスパからもきてたっけ。それからー・・・」
「もーわかったよ。昔から母さんはシャルに甘いよね、たまには思い切り怒ってみたら?そしたら請求書こなくなるかもよ(まあムリだろうけど)」
「爽やか王子を怒るのは母さん、忍びないわぁ。ハイ、できた!久しぶりだねえ、この髪型も」

そう言って手を離せばマチがベッドの足に預けていた上半身を起こし、手鏡で髪型をチェックしはじめる。
うしろで二つに、小さい時マチの髪形は基本これだった。
今はもう見る影もないくらいバサバサでそのまま後ろで一つにポニーテールだけど、やっぱり二つにしても可愛いものは可愛い。

「ねえ、ちゃんとシャンプーとリンス使ってる?どうやったらそんなボッサボサになっちゃうのよ、ちょっとはパクとノブナガを見習いなさいよぅ」
洗えれば石鹸で充分なの、なんでわざわざシャンプーとリンス二つも使い分けなくちゃいけないの。それで?そろそろ出発するわけ?」

立ち上がったマチはそれこそ面倒だといわんばかりに前髪をガシガシ掻いて、思わず「あー・・・」という声が漏れてしまう。
女の子なのに小さい時から本当に自分の外見のことには無頓着で、パクとは正反対だったマチは今も健在だ。
この分ならパクはともかくマチなんて自炊のじの字もできてないに違いない。

「あーそうだね、私もまた出掛けないと。間に合わなくなったらシャレにならないし。あと2、3日したらチェックアウトするわ」
「ふーん、そう。まぁどうでもいいけどその腹の穴に関しては男連中には黙っといてあげるよ、ばれたらばれたで五月蝿いからねアイツら」
「一番うるさいのは多分フィンクスさね、あいつあんな顔して結構親孝行大好きだからねえ」
「同感。それじゃあ、母さん。あたしはそろそろ行くよ?一週間も一緒にいたんだ、あたしの親孝行はこれでおしまい」

そういうとマチはヒラヒラと手をふりながらホテルのドアを潜り抜けていく。
あの子のいう『親孝行』ってのが一生の中でたった一回だけじゃないことを祈りつつ、消えていく背中にバイバイと手を振る。
パタンと音を立ててしまったドアを見届けると、ゆっくりとベッドに横たわる。
もう少しだけ休憩をとったら目指すはパドキアのククルーマウンテン、娘の嫁ぎ先だ。











「言っちゃなんだが薄気味悪い連中だな」
「まったくだ、あんなに包帯グルグルは奇妙だよね」
「だよな?キルアが『自分から』ってのもウソくせぇ」
「多分ウソだろうねぇ」
「だよな!俺の勘は間違っちゃいねえんだよ。ゴン、このまま戻るのはしゃくだぜ。ムリにでもついていかねーか?」
「うん・・・でもレオリオ、一体誰と喋ってるの?」
「へ?誰ってクラピカと」
「私じゃないぞ。一体誰が・・・」

クラピカの声に三人が私が立っているほうに顔をグルンと向けてくる。
やほーと手をあげればレオリオが「おまえ、ムクロォ!?」と叫び声をあげて、クラピカもなんでここにとか小さく呟く。

「えっと、ムクロさんだっけ?どうしてここにいるの?」
「やぁゴンくん。あいかわらずぷりてぃだね、今度写真撮らせてね?ていうかそこのレオリオ青年から聞いてないの?」
「??なにを?」

首をかしげるゴンくんに思わずグッジョブ!と心の中で親指をたてる。
こういう写真が欲しいのよ、キルアのアルバムにゴンくんのスナップも飾りたいのよ!
まぁそのへんは追々コレクションしていくとして、だ。

「私もゴンくんと一緒でこの先に用事があるの。なんなら一緒に行く?」
「一緒にって、あんた勿論キルアがどこにいるか知ってるんだろ?なら助けにいってやって」
「ちょい待ち!キルはここに来るから大丈夫だよ、寧ろあんた達を本邸に連れてったら私はどうとでもなるけどカナリアが怒られちゃう、他の執事連中とか。それは勘弁してほしいのよ、知り合いもいるから」

指先をちっちっちっとばかりに目の先でふればレオリオがうっと息を呑むのがわかる。
カナリアのことを気に掛けてくれたのかゴンくんがわかったと一番に返事して、起き上がろうとするカナリアに大丈夫?と声をかけながら上半身を支えてあげる。
この子は本当にいい子だ、ばあさんは君みたいな素直な子供も欲しかったよ。

「カナリア、米神は大丈夫?さすがにキキョウも自分の執事を殺すつもりはなかっただろうけど・・・」
様!?どうしてここに!!
「「「様ァ!?」」」

三人の驚愕に満ちた声が樹海に広がり、少しだけエコーがかかって聞こえてくる。
本当に無駄に広くてこんなの庭とはいえないと心の底から心底思う。
まぁ自然いっぱいといえば自然いっぱいだけど生息している動物もミケほどじゃないとはいえ、獰猛なやつばかりだ。
本当にシルバの趣味は悪い、もっと可愛いのを集めろよ。

「レオリオ青年が言った薄気味悪いキルアの母親ってのは私の娘さね」
「・・・ぎょえーー!!
「じゃあムクロさんはキルアのおばあちゃんなの!?」
「そうよーん。人呼んでプリティばあちゃん、よろしくねーゴンくん。キルの母親もねえ、昔はもう少しマトモだったような気がするんだけど気のせいかもしれないって私もここ最近思うようになってきてるから気にするな!カルトの場合はありゃあただの嫉妬だから気にしないでよ。あれでも私の前じゃ可愛いのよ、ちょっとSっ気満載だけど
「Sっ気満載な子供は果たして可愛いのかどうか・・・」

そこは悩むところじゃないんだわ、クラピカくん。
あの子、ある意味キキョウの夢とロマンがつまった集大成みたいになっちゃってるからギャップがひどくてね。
私じゃ今更すぎてどうしようもできないね、お手上げ。

「さて、カナリア。執事室にゴンくんたちを案内してあげて、私がいるからゴトーたちも何も言わないでしょうよ」
様・・・」
「安心してよー、なにかあったら別のところで働き口探してあげるし。私が言えば銀髪親子も何も言わないさね、まあ言わせないって方法もあるけどさ・・・さ、ゴンくんたちも行こうか。怪我の手当てもしなくちゃね」

カナリアの米神にハンカチをあててあげてから、すんごい顔になっているゴン君たちに向かってちょいちょいと手招く。
少し歩けば執事達の住む屋敷が見えてきて、暗くなってきて明かりのついた玄関の前でゴトーを含む執事五人が立っているのが視界に入る。
ゴン君たちのことは聞いていたらしいけれど私がいたことは知らなかったらしく、ゴトーが人の顔を見るなり「様ッ!?」と珍しくも声を荒げた。

「久しぶり、ゴトー。元気そうね」
様もお変わりなく」
「当たり前よー、でもこれから修羅場になるからこの辺も危なくなるかもよ。気をつけてね」
「・・・は?それはどういう」
「キキョウから連絡がきてると思うけど、この3人は私の客人でもあるから。丁重に頼むわね、それからゴンくんの顔の手当てもよろしく」

ヒラヒラと手を振れば頭を一つさげてかしこまりましたというゴトーの声が聞こえてくる。
ごゆっくり、と三人に声をかけカナリアを連れて執事室の中にどかどかと入っていく。






ほらね、キル。
君の光は君の為にここまで来てくれた。

あとは君の手でがっちりと光をつかまえておくんだよ。