『何なんですか、騒々しい。貴方は誰です?』





教会(もどき)の奥から出てきた恰幅のいいおじさんがつかつかと私の方にやってきながら何か喋っている。
が、






「あのーすみません。何言ってるかさっぱりポンなんですけどぉ」






まるでアラビア語を聞いているような感覚でちっとも何を喋っているのかわからない。
ここはやっぱりフィリピンなんだろうか、でもフィリピンじゃあ英語もそれなりに話せる人が多いはずなんだけど。

『あなた、ハンター語が喋れないのですか?』
「どうしよう、話が通じなかったらトイレ貸してくださいも子供貰ってくださいも何もいえないじゃん!ヒィ!
『さ、叫び声なんてあげてどうしました!?というか明らかにハンター語喋れてないんですよね!?』
「困った、非常に困った。フィリピノ語なんて私ぜんぜんわからないヨ、アラビア語もさっぱりだよ。くそう、なんで高校じゃアラビア語を教えてくれないんだ!

お互い話が通じてないのをわかっていながら好き放題喋っている。
恐らく話は全くかみ合ってないに違いない。

『困りましたね、せめて貴方の言葉がどこの言語なのかわかれば良いのですが』
「本気で困ってきた。神は誰でも助けてくれるんじゃないの!?教会にきた意味がないじゃーん!オーマイゴッド!!!

赤ん坊を抱えたまま叫ぶように『オーマイゴッド』と口走ると、目の前の神父らしきおじさんがぴくりと反応した。

「You spoke English, didn't you? Can you speak it? (今英語喋りましたね?英語なら話せるのですか?)」

流暢な英語がおじさんの口から流れてくるのを、呆然としたまま私は聴いていた。
今のは確かに英語だ、英語に間違いない。
でもそんなネイティブみたいな英語を話されても、せいぜいセンター試験どまりの英語しか知らない私にはきっついんですけど。

「Hey, can you speak it? or not? (喋れるのですか、喋れないのですか、どっちですか?)」
「あ、あー・・・い、いえす?I can speak English, a little!!ちょっとだけなら、英語喋れます、ちょっとだけー)」
「Ok, so what's happen? (わかりました、それで何用ですか?)」
「ハ、ハップン?ハップンっていうとあれだ、起こる〜とかだから何が起こったか聞きたいのかこのおじさん。えーとゴミの山に突然投げ出されて、赤ん坊おしつけられて、頑張って走ってきたっていえばいいんだよね。えーと、suddenly i am in the rubbish mountain and I got the baby, i ran! (突然私はゴミの山にいます、そして赤ん坊をもらいました、私は走った!)」
「・・・・・・・・」
「・・・・・あれ?通じてない?」

一生懸命喋った英語に目の前のおじさんはものすごく困った顔をして私と腕の中の赤ん坊の顔を交互に見つめている。
なんだ、私は何か間違った事でも喋ったか!?
もしかしてセンター試験もやばそう!?え!?それは困るんだけどさー。

「Uh....are you in the rubbish mountain? (えーと、貴方はゴミの山に住んでいるの?)」
イエス!!
「Really!? It sounds funny but think you should get out and find the new one for the baby. (本当にかい!?それは話を聞いてる限りでは面白そうだけれども、今すぐ違う家を探した方がいいと思うよ、赤ん坊のためにもね)」
「な、なが!こんな長い英語訳せねぇよ!えーとこういうときは、アイドンノー!(私はわからない)」
「・・・・・・・・」

またおじさんが困ったような顔をして私の顔をじーっと見つめている。
なんだよ、わからないのをわからないって言って何が悪いんだ!

『どうやら英語の方もあまり噛みあってないようですね、少しも喋れてないじゃないですかこのお嬢さん。ただの単語の羅列だ・・・』
「え!?いきなりまたアラビア語!?だからわからないんだってば、アイキャントアンダスターンド!!」

はぁとため息をついて再びアラビア語だかフィリピノ語を喋りだしたおじさんに私は本気で焦り始めて『アキャントアンダスターンド』を繰り返した。
ここで見捨てられるとトイレの心配と衣食住の心配とついでにネイティブイングリッシュスピーカーに近づけるチャンスをふいにしてしまうことになる。
それだけは断固阻止したいのだ、あと赤ん坊の世話も。

「What is your mother language? (貴方の母国語は何なのですか?)」
「ハッ!今のは完璧にわかる!えーと、ジャパニーズ!アイアムジャパニーズ!!」
『ジャパニーズ?日本人ですか・・・となると日本語を喋れる人を呼んできてもらったほうが早いかもしれないですね。エステメルダ!すみません、お使いを頼みたいのですが』

日本人だと応えると何回かおじさんはジャパニーズと綺麗な発音で言葉を呟きながらジロジロ私をみて、すぐにさきほどおじさんがでてきた奥の扉に向かっておそらく誰かの名前を叫んだ。
少ししてものすごくヒョロヒョロした女の子が部屋の中から現れ、おじさんと二言三言なにか喋ると私の顔をちらりと一瞥して教会をでていってしまった。
もしかして私たち売られちゃったりするのかしら、というか警察に突き出される!?
パスポート持ってなかったらまじで逮捕されちゃったりするような気がするんですが、保釈金なんて財布の中にはそんな大金はいってないんだから無理だと冷や汗ダラダラに突っ立っていると、おじさんが私の肩をポンポンと軽く叩いて奥の扉を指差した。
中に入れってことなのかしらと思って私も扉の方を指差すとおじさんはこくりと首を縦に振ったので、とりあえず死にはしないだろうと教会の奥へと続いているらしい扉をくぐらせてもらう事にする。
ちょっとした中庭をつっきるような形の渡り廊下を歩いていくと小さなコテージのような家がある。
おじさんが先に進んでその家の扉を開けてくれ、それにお辞儀を返してから中に入らせてもらう。
くいくいとおじさんに手招きされそちらに向かうと椅子を差し出され座りなさいみたいなジェスチャーをされたので、これまた頭を一つさげて座らせてもらう。
抱えていた赤ん坊をしっかりと抱きかかえなおそうと腕の中を見るといつのまにか赤ん坊はぐっすりと眠っている。
綺麗な青い瞳は閉じられてしまっていてもう一度その青色に癒されたかったナァと少々残念に思いつつぷくぷくした頬をつついてみたりする。
起きるかなと心配していたのだけれど起きる気配はちっとも見られず、それどころかぐずりもしない。
コトンと小さく音を立てテーブルの上にティーカップが置かれる、なにをだしてくれたのかわからなかったけれどとりあえずサンキューとおじさんに言うとおじさんはにっこりと笑って私の向かいの席に腰を下ろした。
ふと左手に違和感を感じて首を下に向けると先程まで赤ん坊の頬をつついていた私の左手の指が赤ん坊にしっかりと握り締められている。
どこにそんな力があるんだとばかりの指の力強さに思わず笑ってしまい、右手でくるくる巻いている髪の毛がちらほら生えている頭をなででやる。
あーやばい、これは情がうつってしまいそうだと心の中で思っていながらも顔には笑顔、なにか矛盾している。
そんな私を見ておじさんが簡単な英語で話しかけてきた。

「Is she your baby? (君の赤ん坊なの?)」
「あーノー!Full face mask lady presented me and I don't know boy or girl. (フルフェイスマスクした女の人が私にくれました、ちなみに男の子か女の子か知りません)」
「Full face? like a gas mask? (フルフェイス?ガスマスクみたいなやつかい?)」
「Yes, I don't have a husband!! (そうです、ちなみに私は夫はいません)」
「・・・・・・」

黙り込んで困ったように私を見てくるおじさんにまた何か間違った事でも言ったかナァと心配になっていると、先程教会を出て行った女の子が誰かを連れて帰ってきた。
連れてこられたのはヨボヨボの服をきたダレダレのおじさんで、もうなんか生きる幸せは眠る事みたいな外見だ。

『神父様、ミツヒデさん連れてきた』
『なんの用事だい、神父の親父。俺ァもっと眠ってたいんだがねぇ、折角いい夢を見てたところだったのに』
『ミツヒデさん、少し通訳頼まれてくれませんか。日本語ができる人を私はあなたくらいしか知らないものでして』
通訳だぁ!?イマドキ誰だってハンター語が喋れるだろうがい、どこのどいつだ日本語しかできねぇってのは』
『そこのお嬢さんなんですが・・・』

外見はすんごいダレダレなのに声が某緑○光のようなもうものすっごい違和感アリまくりのおじさんは、神父らしきおじさんと何か言葉を交わすと一際大きな声をあげてジロリと私の方に顔を向けてきた。

「お前かァ、日本語しか喋れねぇ女ってのは」

そして緑○光ボイスで、しかも日本語で話しかけられたあのときにゃあ、もう私は天にも昇りそうな気持ちになっていた。











ゴミ山にイジメのように投げ出されてから5時間後、緑○ボイスの親父を天使だと思えた。