「なぁ桑原ァ」
「なんだよ、浦飯」
「お前んち、もう一人居候いてもオッケーか?親父さんたちには一応話もつけておいたんだけどよぉ、まぁ寝るところさえあればいいらしいから部屋の片隅にでも置いておいてやってほしい奴がいるんだけどよぉ」
「・・・・・・あまり良い予感がしねぇんだけどよぉ・・・・一体誰だっつの」
「安心しろよ、人間だ。多分」
多分って何だと桑原は心の中で思った。人間に多分もくそもあるかとも思った。
まったくもってその通りなのだが、幽助の『多分』という表現は的を得ているというか正しいのだ。
なにせ
「どぉもぉ!お世話になりまっす、でっす。華も恥らう58歳あれ59歳かも、まぁそのへんでっす。よろしくねー桑原君!」
バキメモ主人公だから。
「さんはホントに・・・・人間なのか?」
「その人間って言うまでの間が気になるなんだけどまあいいや。人間ですよ人間、ヒューマン。だからあと30年もしたら死ぬんじゃないかなぁ老衰で、家族に見守られて死にたいもんだねぇあの家族じゃムリっぽいけど」
「じゃあなんでそんなに若い・・・っていうか俺たちより年下にしか見えないっつか、あぁぁぁ考えれば考えるほどわかんねえ!」
「わかんなくていいんじゃない?私もわからんし気にもしてないよ、とりあえず生きてりゃそれでいいの」
「そんなもんなのか?にしても家族がいるってんならそっちにいけばいいのに、わざわざオレんちなんかでゴロゴロしてねぇでよ」
桑原のその発言にはガガーンと一人でいまとなっちゃ死語をぼやくと、そのままくるりくるりと回転しながらよろよろっと部屋の片隅に転がった。
桑原は幽助にこのと呼ばれる女をぶっちゃけ押し付けられてからこのかた心の平穏というものを感じたことがない。
雪菜がすぐそばにいて昔のように戦闘やら喧嘩やらに明け暮れた日々はなくなったというのに、だ。
愛する雪菜が一つ屋根の下にいるってのに感じるのはドキドキだとかハァハァだとかの興奮じゃなくて、何故かイライラとゲロゲロとムキャーな興奮とは程遠い感情だ。
「うっうっ・・・家族のもとに帰れるならとっくに帰ってるわい・・・とっくに帰ってキルアとイルミとカルトをむぎゅーとハグしちゃってそのあとパクの素敵な胸でひと休みして生きてることを実感するためにフェイタンとまさに命がけの鬼ごっこして・・・それからそれから・・・」
「もうわかった、わかったよ、さん・・・・・・・浦飯のやろう、絶対にこれが嫌で押し付けやがったんだなっ!!」
ケケケケと自分をあざ笑う幽助の顔が桑原の頭をよぎった、その勘はあながち外れてもいないが当たってもいない。
という存在は雪菜という自分の大切な妹と一緒に暮らしている桑原への嫌がらせのために飛影が派遣した(でもやっぱりこれまた一緒にいるのが嫌で押し付けてもいるのだが)世界最高峰の嫌がらせ要員だ。
飛影の思惑は見事にあたり桑原は毎日悲惨な生活を送っている、らしい。
「でもさん、本当にお若いのですね。とても60歳には見えないです」
「いやん、雪菜ちゃん、まだ60歳じゃないのよぅ!にしても君は本当に良い子だねぇ、うちの娘たちにも見習ってほしいもんだ。特にマチ!!」
「マチさん?この間言っていた一番下のお嬢さんですね!」
雪菜がパチンと両手をたたいてにこやかにに微笑んだ、といってもは相変わらず部屋の隅っこでいじけたままなのだが。
ここ何日か一緒にいたことで桑原にはわかったことがある、このという女性は自分の家族に甘い。
いや、甘いなんて言葉ではすまない、愛しまくっている溺愛しまくっている本気で目に入れても痛くないとが言ってもおかしくはない、それくらい家族ラブなのだ。
少しでもの家族とやらの話を切り出せば気分上昇イエイイエイイエイになる、その変わり身の早さといえば桑原でも口の端が引き攣るほどだ。
「あれ?雪菜ちゃんにこの写真見せたっけ?こっちはね、ちょうどこっちに捨てられる直前に孫達と一緒に撮った写真なんだけどね」
「あら、この写真はまだわたし見たことありません」
今も部屋の隅っこからかくやという速さで雪菜の隣に座り込むと一枚の写真をどこからともなく取り出してエヘヘと顔を崩しながら、それはもう見るも無残なほど崩しながら写真にうつる人物について語りだした。
雪菜はちっとも苦にならないようで同じようにニコニコ微笑みながらの話に相槌を打っている。
が桑原にとっては我慢の限界をとうに超えていた、かれこれ毎日延々と自分の家族について語りかけられる生活はとてもじゃないが普通じゃない。
しかもその話が長いわ写真にうつってる人間はとてもじゃないが人間には見えないわ(よっぽど妖怪のほうが納得できる姿をしているのが多々いたのだ)、桑原はと笑顔で付き合える雪菜にえらく感動した。
感動したついでに「さすがオレの雪菜さん!!」とばかりに興奮した、直後姉にガツンと無表情で蹴りをいれられたが。
雪菜がどう思っているかはわからないがという女はよく「捨てられた」というフレーズを使う、自分はまた捨てられたと。
家族の話はいくらでもしてくるのに会いに行こうとはしない、帰りたくても帰れないと泣きはしないが時々家を出て行ってはまる一日帰ってこない日もあった。
蔵馬や幽助にのことを尋ねても二人揃って自分達もそうのことを知ってるわけじゃないという、彼女のことを知っているのは飛影と躯だけだろうと蔵馬が先週の勉強会のときにぼやいてもいた。
飛影は馴染みの名前だったが躯という名前はしっくりこなくてつい誰だと尋ねれば、ついこの間まで魔界を三分割していた実力者の一人ですよとあっさり返答が帰ってきて桑原は図書館だというのにヒィと叫び声をあげてしまった。
人間だというが超S級だという躯とどつき漫才を繰り広げるような仲だというのが、それこそ一度しか魔界に足を踏み入れたことのない桑原にしてみればよく理解できなかった。
「人間の君がわからないのは当たり前だと思いますよ、オレもいまだにあの女性が躯と家族のように親しいことに驚いているんですから」
「オレにゃあもっとわからんなぁ・・・幻海のばあさんだって妖怪に知り合いはいても魔界にゃ足いれてねぇだろうしS級に知り合いもいねぇんだろ?あのって奴は本当に一体なんなんだ?」
「さあ?ただ躯とやりあっても傷一つつかない、とても人間とは思えない人間ってとこですかね。かつての幽助なんかよりもよっぽど人間離れしてますよ、彼女は」
それ人間じゃねぇよと思わず口にしてしまったことを桑原は思い出した。
目の前で孫の話をとてもとても嬉しそうに話している人間がまさかその人間とは思えない人間だとは誰も思うまい、ただの家族を愛しすぎちゃってる普通の娘さんにしか見えないはずだ。
「こっちがミルキでこっちがイルミ。孫も最近バラバラでこの間遊びに行ったら二人しかいなくてね、ミルキが嫌がったんだけど無理矢理写真撮ってみたんだ」
「なんだかあまり似ていらっしゃらないんですね・・・」
「多分ミルキが痩せたら一番下の孫とは似てると思うんだけど、確かに揃って似てないね。一番下の孫は最近私のほかの子供達と一緒につるんでるみたいでさ、なにもお互い言ってこなかったけどとりあえず元気だったらいいかなぁって思うんだよね」
そういうとは手の中の写真を見て一つためいきをこぼした、雪菜がその背中をそっとさすってやるのを見つめながら桑原は改めてさっき思ったことを取り消そうかと思った。
どこをどう見ても孫を溺愛しているババアの顔だ、ババアに見えないだけで。
家族を家族とすら思わない連中が多いという魔界じゃあまり考えられない表情の一つかもしれない。
「そうだ、さん!神様に会わせてくださいってお祈りすれば願いを叶えてくれるかもしれないです!!」
「いやそんな馬鹿な、私なんて今まで二回も世界に捨てられててとてもじゃないけど神様がいるとは思えな」
「雪菜さんのいうことが信じられないんスかぁぁぁ!?!?」
「ギャーー!その顔でせまってくるのはヤメテー!ある意味シルバよりもこええぇ!!」
が言おうとした言葉は途中で無理矢理自分が口を挟むことでうまいこと途切れた。
雪菜がその途切れたの言葉になにかを気付いたかもしれないが気付いていないフリをしていてくれればそれでいい、と桑原はにズイズイと迫りながら思った。
『捨てられた』という言葉に今回は『世界に』という単語がついてはっきりと『世界に二回も捨てられた』と発言したが、その意味を深く考える必要はない。
きっと飛影とその躯という妖怪が知ってさえいればいいことなのだと、雪菜と一緒に多少気おされながらも祈り始めたを見つめながら桑原は思いをはせた。
「さんとさんのお孫さんが出会えますように!!」
「えーと、キルアとカルトは忙しいらしいのでその他の孫で暇そうなのがいたら会わせてください。そろそろ充電させてください、毎日桑原くんだけじゃ充電ができません、かわいいこをお願いします」
「さん表にでろぉぉ!!」
前言撤回、彼女はやっぱりそんな殊勝なイキモノではない。
哺乳類だとか人類だとかいうのもおこがましいとすら思えるこの人は早々に飛影に引き取ってもらわねえとオレに心の平穏が訪れねぇと桑原は今度は思い切り顔をひきつらせた。
神様いるのなら飛影に引き取りにこさせてくださいと。
直後三人のいるリビングになにかがドサっと思い切り落ちてきて、桑原はその落ちてきたモノの下敷きになりながら起きたら一番に浦飯にとりあってもらいに行かなくてはと心に決めた。