水をいっぱい勝手に拝借して執事室中央にある応接室のとびらをちょうどあけたとき、ゴトーの声が耳に入ってくる。

「私は…キルア様を生まれた時から知っている。僭越ながら親にも似た感情を抱いている。正直なところ…キルア様を奪おうとしているお前らが憎い」

ものすんごく普通にゴトーがきれている、なかなか素敵なきれっぷりで私が応接室に体をもぐりこませたのにすら気付いていない。
あのアホたれめ、一つの事に集中するといつも周りが見えなくなる。
昔からゴトーはそうだった、猪突猛進、その一言に尽きる。
あいつをあのビルで拾ってから物心つくまでは流星街のエセ神父がいた教会の麗しの美女エステメルダに、物心つきだしてからはうちのキキョウちゃんに、そしてキキョウが嫁にとついでからは嫁ぎ先のゾルディック家に。
わき目も振らずただ一点に自分の全てをかける。

「奥様は…消え入りそうな声だった」

それは上々、きっと家族の誰よりもシルバにとって最高の環境になったに違いない。
キキョウが静か、最高じゃないの!!

「断腸の思いで送り出すのだろう、許せねゲコッ!!

そこで思わず私の手がでた、思い切りゴトーの頭のてっぺんのげんこつが。

「(い、今あの人ゲコッって言わなかった?)」
「(ゴ、ゴン。こういう時は素直に聞かなかったフリだ!)ピュ〜♪
「(そこで口笛はだめだろ、クラピカ!!)」

ゴトーの目の前の大きなソファに腰掛けているゴンくん達三人が一瞬ビクっと肩を揺らしたものの、クラピカのおかしな口笛でおかしな雰囲気になっている。
あの三人組で一番常識的で普通かつマトモなのはクラピカだと常々もとの世界でも思っていたが、意外とレオリオが一番まともな思考回路をもっていることにハンター試験からうすうす感じてはいた、
小さい頃に親兄弟仲間もろとも虐殺された事で思考回路のネジが一本くらいどこかに飛んでいってしまっているのかもしれない。
もしそうだとすると、同じように拾った当初から思考回路のネジが10本ほど抜けていたクロロに読ませて聞かせた「これであなたもわかる!世界の常識、30選!」でもプレゼントしておこうか。
ちなみにクロロにはちっとも効果が現れなかった事を密かにとどめておかなければならないけれど。

「な、な、なにをするんですか、様!?」
「許せねえのはこっちの台詞です、この野郎。だったら今私だって言ってやらぁ、キキョウちゃんを奪いやがったシルバが憎い(たとえキキョウちゃんの計画的妊娠であろうとも)ついでにそのキキョウを追いかけて流星街を飛び出していったお前も憎い(ミッチーの老後を見てくれる信頼あるヤツがいなくなっちまっただろうが!)んでもって母親である私を捨ててシルバにくびったけなキキョウもちょぴっとだけ憎い!!(たまには構ってくれ)さらに言えばミッチーには構ってるのに私にはちっとも構ってくれないキキョウがやっぱりこれまた憎い!!
「・・・・・本音だしまくりですね、様・・・」
「あぁ!?」

ちょっと今までたまりにたまった鬱憤をだね、ここで少し晴らしておこうかと思うわけですよ。
どうせ今からシルバ狩りが始まるんだもの、ある意味誰よりもゾルディックの家に染まったゴトーには私の気持ちなんてわかりやしないでしょうよ。

「子供はどうせいつか親元を離れて旅立つものよ、キキョウもお前もそうでしょうが。キルアだっていつかは旅立つわ、たとえキルが家を継いでこの家に住まなくちゃいけなくなってもよ」
「しかし!キルア様はまだ12歳で!」
「お前がキキョウ様ァとか言いながら流星街から離れたのは10歳の頃だったと私の脳みそが告げておりますがそこのところどうですかゴトーちゃん」

顔をぐいっとゴトーに近づけて問えば、ギリっとゴトーの奥歯が鳴った。
わかればいいのよ、わかれば。
多少ネクタイをギューギュー締め付けてやってるからそのせいで奥歯をかみしめている、っていうことも考えられるけど。
まぁ自分の都合のいいように考えるなら図星だったってことで(ゴトーの青白い顔なんて見えないもんね)

「お前、キキョウもそうだけど。自分の、他人の観点や思考、そういった類のものを家族といえども自分とは違った人間に押し付けるんじゃないよ。キルアはキルアのもんだ、お前やキキョウ、ましてゾルディックのもんじゃない」
「それはあなたの、こことは別の世界、次元の人間の話だ。ここはゾルディック、遥か昔から続く由緒ある暗殺一家の・・・」

あらいやだ、この子いつからこんなに育ての親(はエステメルダだけど)にむかって口がきけるようになったのかしら。

「だったら私もお前に言ってやるわ、今すぐ流星街に帰れ。家に帰れ、ゴトー」
「なっ!!」
「てめぇの家はゾルディックじゃないんだよ、流星街のあの教会だ。お前をあの血まみれのビルで拾ったのは私、お前を10歳の頃まで育て上げてきたのはエステメルダ。自由に育てとなにもお前の行動に口を挟まないできたけれどそこまでゾルディックの家にこだわるっていうのなら、私は私での家にこだわらせてもらう。今すぐあの街に、家に帰れ、帰ってミツヒデさんの世話をしてこい」
「・・・・・・・・・そんなにゾルディックがお嫌いですか?」

別にゾルディックはキライじゃない。キライだったらシルバともゼノとも何年も昔から付き合ってなんかこなかった。
キキョウが嫁ぐとか関係なく何年も付き合ってきた、キライだったらムクロさんにお願いしてでも逃げたか殺してた(なぜならシルバは相当に鬱陶しかった、ゼノも相当に鬱陶しかったのだ)

「お前の目には私がゾルディックの家を嫌ってるように見えるの?」
「そうとしか思えない、あなたはキキョウ様がここへ嫁いでからキキョウ様に近寄らなくなった」

え、いやそれは初孫に浮かれてるゼノに同じように初孫に浮かれてた私をイルミに近づけさせないようにする為に色々小細工されてたからなんですけど!?

「旦那様を見ればいつも嫌そうな顔をして睨んでどこかへ行ってしまう」

ミルキが生まれるまでキキョウちゃんがいたのにしつこかったんだ、あの娘婿は!誰だって逃げるわ!

「え、えと、そのへんは色々と訳があるんですが」
「ならそのわけを教えてください!教えてくださって納得できる理由であるならばオレも大人しく流星街に帰ります、ミツヒデだろうがエステメルダだろうが老後の面倒だって見ます!だから理由を教えてください、どうしてゾルディックの家がお嫌いなんですか!?」

ギャース、最初に自分でこいつは猪突猛進だって説明しておきながらまさかこの話題で猪突猛進になるとはかすりも思いやせんかったわ!
ていうか言えない、理由なんて言えない。
お前の旦那様に狙われてるのよ私キキョウがいるのにケツ追い掛け回してくるのついでにゼノは孫を独り占めにしたいってなこっぱずかしい理由で私をこの家に近づけさせないの。
そうゴトーに話して果たしてこいつはへーそうですかと納得するか、いや絶対にしない。
ゾルディックの家に猪突猛進中なコイツにそんな話をしたって、どうせ私の妄想やらなんやで終わらせられる。
折角さっきまで頑張ってたシリアス〜な雰囲気は私が冷や汗をだらだらと流すことでどこぞに消え去ろうとしている。
目の前のソファでは相変わらず調子っぱずれな口笛を吹いているクラピカやそのクラピカをいかにして止めるべきかボディランゲージ交えて一生懸命説得しているレオリオやらあくびをしてうとうとしかけているゴンくんがいる。





―――ゴーン!!





執事室の外からグッドタイミングなことにキルアのゴン君を呼ぶ声が聞こえてくる。

どうなんですか、様!!
「え、いや、その。キルアが来たからさぁ、この話また今度にしない?ウフ」
「そうやって逃げてしまうおつもりですね!旦那様は、あの旦那様が昔から悲しんでおられたというのに!!」
「えー・・・・いやぁそれは・・・悲しんでる理由にゴトーがかなりフィルターかけて見てるせいだと・・・・」

内ポケットからハンカチを取り出し自分の目頭に当て始めたゴトーにぎょっとするのは周りの執事連中、恐らくゴトーのこんな姿を見るのは初めてに違いない。


猪突猛進すぎて自分の感情を時々とめることができなくなる男、ゴトー。
もう一度言うがこれでも一応あのシルバとはじめてであったビルで拾った三人の子供のうちの一人で、一応私が少しだけ面倒をみた子である。
好きなもの、キキョウ(後にゾルディックも加わった)
好きな人、キキョウ(後に失恋、激しく失恋)
好きな言葉、キキョウ(恐らく花ではない、人間だ)
好きなタイプ、ヒステリックスクリーマーかつ花の名前がついている人。


「ゴン!あとえーとクラピカ!リオレオ!!」
「キルア!!」
「私はついでか?にしてもあのゴトーという執事は一体どうしたら・・・」
「え?なになに?なにがあったの、って。ばあちゃん!!

さめざめとゴトーに泣き纏われながら(ハンカチがびしょびしょになったので人の服を掴んで泣き始めた)私のほうに笑顔を向けたキルアに、やっほーと引き攣る笑顔を顔に浮かべながら片手をあげた。
途端ドンっと自分の腹になにかがぶつかってきて、おっとっととバランスを崩しながらもちょうど後ろにゴトーがいたことで倒れる事はなかった。
ぶつかってきたのは言うまでもなくキルアで、ゴンくんやらクラピカやらレオリオやらがいるというのにぎゅーぎゅーとしがみついてくる。
ああこのかわいこちゃんめ!とばかりにキルアのふかふかの銀色に輝く頭にスリスリと頬をよせた。




カワイイ子には旅をさせろ、昔の人は偉い!その通りだわ!