はじまりはミツヒデさんのかなり切羽詰った様子の電話だった。
『、今すぐ帰ってこい。緊急事態だ』
「ハァ!?今はムリ」
『じゃあ明日朝一で帰ってこい』
「明日もムリ、明後日もムリ、来月もムリ、今年はムリ、ていうかこの先ずぅーっとム」
『キキョウの緊急事態だ』
「今すぐ帰る、じゃあ一分後に!」
一分で帰れるくらいなら最初からさっさとごねてないで帰ってきやがれ。
電話がきれる直前、耳にあてた携帯の向こうからミツヒデさんのヒステリックな叫び声(キキョウの影響なのかそれともミツヒデさんの生まれ持ったモノなのかは判断がつかないけれど)が聞こえてきたけれどこういう時こそ『聞こえないフリ』だと遠慮なく通話を切る。
と同時に隣からどういうつもりだコラとばかりに視線をよこしてくる人間が一人。
「というわけで用事がはいったから、あたし帰るわ」
「なにが『というわけ』なのかさっぱりだわさ、ちゃんと説明しなさいよ!あんたが言ったから旅行にこのあたしが付き合ってあげてんのよ!それをあんたが途中退場ってありえないわさ、こっから先あたし一人で行けっていうわけ!?」
「仕方ないじゃんよ、娘の危機なのよ!?ただでさえファッキンストーカー野郎に妊娠させられて大変な時期だっていうのに、母親のあたしが娘の危機を無視することはできないわ!」
後にキキョウがシルバにたいしてストーカーをはたらいていたことを知るわけだけど、今はただキキョウが心配で心配で仕方なかったのだ。
まああとでミツヒデさんにも言われたけれど、緊急事態ってだけでキキョウの危機だとはミツヒデさん言わなかったんだよね。
まあ、あたしの早とちりってわけだ。
「馬鹿じゃないの!この旅行だって『娘がよそに嫁いじゃう母親なんてすぐ捨てられるんだわ』って泣きついてきたから仕方なくついてきてやってんだからね、わざわざ自腹はたいて。このあたしが、自腹はたいてやってんのよ、わかってる?」
「わかった、じゃあこうしよう。この先のビスケの旅費は全部あたしがもつわ、だから見逃してくれぇ!キキョウちゃんのところへ行かせてくれぇ!こうしてる間にもキキョウちゃんが悪阻で苦しんでるかもしれない!か弱い娘を妊娠させるようなオトコにまたまた無体なことを強いられてるかもしれない!そんなことになってたらあたし、まじであのウェービー締め上げちゃうわ!」
「あんたの娘がか弱いわけあるかっつの・・・というよりもあんたが払ってくれるの?全部?」
「勿論さね、金なんかにかまってられない状況なのよ!今!ナウ!」
「ご飯代もホテル代も交通費も諸々経費もなのね?」
「そうだっつってんじゃないのさ、このゴリラ女!脳みそまで筋肉かコンチクショー!!」
その瞬間ビスケの顔が盛大に、そりゃもう見るも無残に歪んだがビスケはぐっとこらえると笑顔で親指を私の目の前でつきたてた。
「オーケー、その案にのったわ。ホレ、さっさと娘のとこにでもあんたのストーカー野郎のとこにでも行っといで」
その後すぐ親指グッな手は虫けらを追い払うかのごとくシッシッとふられてたが。
まあビスケに虫けら扱いされることなんてしょっちゅうだからこれっぽっちも気にすることなく、あたしは早々にビスケと一緒にねっころがっていたホテルのプールサイドから第二の故郷ともいえる流星街へと向かった。
すぐにミツヒデさんに騙されたと気付くわけだが。
「いよお!まじで帰ってきゲフゥ!!」
「キキョウちゃんはどこ!?いったい何が起きたの!?隠してないで出しなさいよ、それともなに?悪阻がひどくて血まで吐いちゃったとか!?倒れたとか!?それともウェービーヘアに」
「お、落ち着けよ!だいたい帰ってきてそうそう人の顔にドアぶちあててんじゃねえよ」
顔を盛大に歪ませ鼻を手でおさえながらミツヒデさんにバコンと頭をはたかれる。
つかあたしの開け放ったドアが顔に思い切り当たったようだけれど、ぶっちゃけそれってドアの前に待機してたミツヒデさんの自業自得なんじゃないかと思うのだけどどうだろう。
ていうか責任押し付けじゃないか?
「いいから落ち着け、キキョウはここにいねえ」
「いない!?なんだとこのグリーンリバー!!ミッチーが言ったんじゃないの、キキョウちゃんの危機だって」
「誰がグリーンリバーだ、お前たまにわけわからねえこと言うよな。勘弁してくれよ、それに俺はキキョウの危機だとは言ってないぞ」
「アーン?言ったじゃんか」
「言ってない、俺が言ったのは『キキョウの緊急事態』だ」
ミツヒデさんのその一言に不自然なほど無音の空間が広がる。
ミツヒデさんとあたしの視線も絡み合って、ついでに手も絡み合っちゃったりなんかして
「どっせい!!まぎらわしいんじゃこのミツヒデ=ハザマ!!」
「うおっ!?人の大事な顔にむかってなんつうことを!!」
「農民みたいな顔しといてぬわぁにが大事な顔だ、ボケェェ!」
あたしとミツヒデさんに限ってあるわけがなく、私の懇親のストレートが彼の右頬めがけて放たれた。
自分が勘違いしたのがいけないんだろうけど、無性に腹が立つ。やけに腹が立つ、むしゃくしゃする。
ここでミツヒデさんを殺してしまったら恐らくどこぞに遊びにいってるのだろうノブナガが生きていけないんじゃないかしらとハタと考えてしまい、しぶしぶ彼の後ろの壁にめりこんだ自分の右腕をおろす。
バラバラと音を立てて落ちていくもとは壁だったコンクリのカケラを気にすることなく、ミツヒデさんに促されるまま居間の方に向かう。
お互いこういう事態に慣れてしまっているのだと思う、たとえそこが自宅であってもだ。
「んで、キキョウちゃんの緊急事態ってなによ?」
「あー・・・キキョウのというよりは俺?ついでにお前も?」
「はっきりしない言い方ァ・・・ちゃんと説明してよ、わざわざ傷心旅行から帰ってきてやったんだから!ていうかなんで私とミツヒデさんが緊急事態になるのよ」
かれこれ5年近くもミツヒデさんとは一緒に暮らしてないのだ、ノブナガを拾って彼に預けてからはほとんど帰ってきてないといってもいいくらい。
別居もいいとこの(決してそういう関係ではないけれど)私とミツヒデさんがどうやって一緒に緊急事態になるっていうのか、ちっとも思いつかない。
「ふっ・・・俺を馬鹿にしてられるのお今だけだ」
「そんなカッコイイ台詞言っても農民顔だからちっともかっこよく聞こえないよ」
「放っとけ。と に か く、コレを見ろ。見ればわかる」
そういうやいなや、ミツヒデさんは懐から取り出したなにかをスッとテーブルの上に放り投げた。
どうやら手紙らしく白い封筒のソレは滑るように私の目の前でとまり、その白い紙面に書かれた文字を見るやギョっと目をかっひらいた。
「な、な、な、な、な・・・っ!!!」
「な?!緊急事態だろ?いや、お前はいいよな。なんせやつらと知り合いなわけだし、やりあっても平気でいられるんだからよ。寧ろ危険なのは俺だ、大変なのも俺だ。俺は行きたくない、いかねえぞ、でもそうなるとキキョウのあのキンキン声で詰め寄られそうだし。おい、聞いてるか、?」
痙攣を起こしてるかのように震えがとまらない両手でその白い封筒をつかみあげ中を覗いていた私にとって、最早ミツヒデさんなんてアウトオブ眼中。
BGMにすらならない。
ミツヒデ=ハザマ様
=様
ゾルディック家当主結婚式招待状
「あ、めまいが」
「ギャー!、しっかりしろぉ!息をしろぉ!お前が死んじまったら俺一人で暗殺一家に乗り込まなきゃならなくなるじゃねえかよ!!おい、起きろ!死ぬな!」
一瞬にして真っ暗になった視界と力の抜けていく体、そしてやっぱりBGMにすらならないグリーンリバーもといミツヒデさんの声。
神様はなんて残酷なのかしら。
「ッ!俺を、俺を、頼むから一人にしないでくれぇぇぇぇぇ!!」