その日いつもの場所でいつもの友達といつものように遊んでいたノブナガはただでさえ薄暗い流星街の空がさらに薄暗くなってきたところでようやく帰路の途につきました。
家から一番近いゴミ捨て場にたまたま行ったときに(本当はミツヒデに近寄っちゃいけないと言われていたのですが好奇心に勝るものはなかったのです)出会った友達たちは帰る場所のあるノブナガと違って今からどこか適当な場所に移動してそこで寝るのだそうです。
家に来るかと尋ねたことのあるノブナガですが彼らは揃って首を横に振っただけでした。
ちょっぴり悲しくなったノブナガですがミツヒデに小さな時からずっとこの街ではことを強いてはいけないと言われ続けていたため、今では必ず帰る間際に「気をつけて」と言ってから別れることにしているのです。
手を振り替えしてくれた友達に背を向け家に向かって歩き出したノブナガは今日の晩御飯はなんだろうと考え始めました。
でもすぐに今日はないかもしれないとも思い始めました。
ノブナガとミツヒデの住む家は流星街と呼ばれる街においてとても立派で大きい家です。
広場の中にあるだけじゃなく庭もあり部屋もいくつかあるのです。
その部屋のほとんどは使われておらずしかも幾つかは鍵が常にかかっていてノブナガは中を見たことがありません。
家の中にはおかしなものや外でも見たことのないようなものがゴロゴロ転がっていますが中でも一番奇妙なものは廊下の突き当たりにある壁です。
壁というべきか、扉というべきかいつもノブナガは迷うのですが。
その壁、いや扉は何故かまるで絵のように壁の中にはめこんであるのですが、おかしなことにその扉の先にあるものが見当たらないのです。
鍵がかかっていることも原因なのかもしれません。
けれどたとえ鍵がかかっていなくてもその扉の先にはなにもないだろうとノブナガは知っていました、なぜならその壁の裏側には庭が広がっているだけなのですから。
そして家の台所ともいえる場所には冷蔵庫というものが置いてあります。
けれどいつもこの中は空っぽかパンが少しはいってるくらいなのです。
ノブナガとミツヒデの二人暮しだというのにその冷蔵庫は大きなもので、とても二人だけの生活に似合ったものとは思えません。
電気代がかかるのが嫌で今その冷蔵庫は本来の冷蔵庫としての働きを失ってはいますが、一応家の食料庫なのです。
朝出かける際中をのぞいたのですが確かチーズが一つポツンとはいっていただけでした。
それを思い出すとノブナガの足取りはとてもとても重苦しいものにかわり、家に帰るのが億劫になってきました。
そのチーズも今まだ冷蔵庫の中にあるかはわかりません。
なぜなら遊びに出かけたノブナガと違ってミツヒデは一日中家にいるのですから。

うわーーん!!ミツヒデぇ!オレのチーズ残しとけよぉ!!

なくなっているかもしれない、それはノブナガの中で突然、なくなっているに違いないに変わってしまっていて。
まだ小さいノブナガは目に涙を浮かべて自分の家へと足をせかせか動かすのでした。










しかしノブナガの予想は大きく外れるのです。

それもたった一切れのチーズがなくなってしまうという悪い方向にではなく、信じられないような良い方向に。









「ただいまッ!ミツヒデ、オレのチーズッ!!」

あたりはすっかり暗くなっていて普段のミツヒデならこの時間にはとっくに居間でご飯を食べ終わってゴロゴロしているに違いないのです。
慌てて廊下を走りぬけ居間に飛び込んだノブナガですが、部屋がまだ真っ暗なことにようやく気付きあれ?と首を傾げます。
部屋が暗いだけならミツヒデが寝てしまったのかとも思えるのですが、その肝心のミツヒデが家の中にいないようなのです。
まだ仕事をしてるのかもしれない、そう思ったノブナガはこっそりとミツヒデの仕事場になっている離れに向かいますがどうやらその離れも電気がついておらず真っ暗なようなのです。
急に不安になったノブナガはもう一度居間に戻り電気をつけ部屋を明るくします。
それでもやっぱりみつからないミツヒデにどうしようと心配になったノブナガですが、すぐにお騒がせなご近所さんたち(それは教会の神父だったりエステメルダだったりするのですが)を頭に思い浮かべきっと彼らに何か用があって出かけただけなんだと思うことにしました。
またまた勝手に思い込んだノブナガは自分の考えに安心するとおなかがものすごくすいていることを思い出し、慌てて件の冷蔵庫に飛びつきました。

「オレのチーズ、まだ残ってますように!!」

パンパン。
冷蔵庫の前で手を叩いて誰とも為なしにお願いをしたノブナガはいざ!とばかりに力いっぱい冷蔵庫の扉を開け放ちます。
空っぽか、一切れのチーズか。
しかしノブナガが開け放った冷蔵庫はノブナガの考えとは全く違って

うわあ!

中に食べたこともなければ見たこともない料理がいっぱいいっぱい、冷蔵庫いっぱいに入っていたのです。
ひんやりとした空気が頬に当たってそこでノブナガははじめてこの冷蔵庫が冷蔵庫らしい働きをしていることを知ったのです。

「すごーい、これ全部食べていいのかなぁ。なんだろ、これ・・・全部食べ物だよね?」

一皿一皿取り出しては見て感動しまた冷蔵庫に戻していきます。
一体この料理の数々はどうしたものなのでしょうか、ノブナガは困ってしまいました。
ミツヒデが家にいない今このご馳走を自分が勝手に食べていいのかわからないのです。
パタンと冷蔵庫の扉をしめるとノブナガは困った困ったでもおなかがすいたとばかりにウロウロと居間の中を歩きまわります。
しばらくしてようやく居間の机の上に紙が一枚だけ置いてあることに気付きました。
ノブナガはその紙に手を伸ばしようやく読めるようになってきた文字を順番に声に出しながら読んでいきます。

「の、ぶ、な、が、へ。ようじ、が、あって、い、え、をあけ、る。とても、とても、おそろ、しい、と、こ、ろへ、いかなく、ては、なら、な、い」

そこまで読んでノブナガはポカンとしてしまいました。
ミツヒデに知り合いはそこそこいますが、恐ろしいところに住んでいるような知り合いもいなければそんなところへミツヒデは今まででかけたこともなかったのです。

「おれ、が、かえって、こな、かったら、きょう、かい、にいけ。はなし、は、して、あ、る」

だんだんとノブナガの目に涙が溢れてきます。
どうしてオレを置いていったの、どうしてそんなところに行っちゃうの、帰ってこないとか言わないで。
それにエステメルダはものすごく怖いから行きたくないよ、なんでよりにもよって教会なの。
言いたいことがたくさんたくさんノブナガの胸の中に溢れてきます。

「れいぞうこ、の、なか、のものは、す、き、にたべろ。ぜ、んぶ、おま、えのだ」

しかし最後の一文はミツヒデが恐ろしいところに行ってしまったというショックな出来事を忘れさせてしまうほど嬉しいものでした。
ミツヒデが帰ってこないかもしれない、冷蔵庫いっぱいの料理、ノブナガのなかで天秤にかけられたそれらは見事に料理が勝ちノブナガは紙を放り投げるとキャーと叫び声をあげながら冷蔵庫に飛びついたのです。
見たことのない料理はとてもとてもおいしくミツヒデが作ったものではないことはすぐにわかりました、ミツヒデの料理はなぜなら墨も同然だったから。
デザートも食べ終わりもう一度冷蔵庫を開けてみたノブナガはまだまだいっぱいはいっている数々の料理にニンマリと笑みを浮かべました。
誰が用意したのかミツヒデがどうなってしまったのか、彼には関係ありません。
今のノブナガはたくさんのご馳走に幸せいっぱいだったのです。











3日後、ミツヒデは無事帰ってきました。
怪我もしていなければ病気にかかっているわけでもないようです。
しかし、どこかそれはもう憔悴しきっていてミツヒデの風貌は痩せこけてしまっていてちょっと強い風が吹けばポキリと体が折れてしまいそうなほどでした。
帰ってきたミツヒデは逆にどこか少し太ったような気のするノブナガにどこに行っていたのかとまとわりつかれましたが、彼の口は決して行き先を告げることはありませんでした。