ただいまと言って玄関扉を開ければ使い込まれたローファーが視界に入る。
一つ、二つ、三つ。
一つは自分の幼馴染兼居候先の毛利蘭のモノ。
もう一つはその彼女の親友である鈴木園子のモノ。
なら最後の一組は一体誰のローファーなのか、爪先立ちのまま玄関扉を閉めつつ工藤新一改め江戸川コナンは考えた。
幼馴染が、蘭が園子以外の友達を自宅へ招くことは滅多になく今日のように誰か園子以外の友達を自宅へ招く際は必ず前日に話が通してあった。
昨晩は居候の自分も含め三人揃って晩御飯を食べたが、そんな話は蘭の口から一言もなかった。
(突然の客か?オレが知ってる奴で蘭が家にまで招く奴・・・)
それは自然な、無意識の動作だった。
すっと右手を口元にやり顔を少し下にずらす、視線の先は床のタイルで頭の中はあれやこれやと考え事。
背負っていたランドセルをぽんと自室に放り込みパタンパタンとスリッパの音を響かせて廊下を歩く、そうすれば蘭が自分が帰ってきたことに気付いて必ず顔をだすとわかっているのだ。
(確信犯じゃねえぞ、ちょっとした好奇心だ)
果たして音に気付いたらしい蘭が自室のドアを開けひょいと顔を廊下にだせば、コナンは「ただいまー」と破顔した。
ガキらしく「今日のお菓子はぁ?」も付け足しておく。
「おかえりなさい、コナンくん。帰りにプリン買ってきたの、一緒にキッチンにとりにきてくれる?」
「うん、わかった!」
「おんや、眼鏡坊主ったら帰ってきたの?」
まだ制服の姿のままだった蘭はコナンに笑顔を向け同じようにパタパタと足音をたてキッチンへと向かおうとした。
すぐそのあとでひょいと先程の蘭と同じように顔を廊下にのぞかせた鈴木園子はコナンの姿を見つけるやいなや、すっとんきょうな声をあげすぐさま蘭の名前を連呼した。
「なぁに園子?園子はプリンじゃなくてチーズケーキのほうでしょ?」
「サンキュー蘭!できれば紅茶はダージリンがいいなぁなんちゃって」
「はいはい、わかりました。あ、さんはなにがいかなぁ?園子聞いてくれる?」
さん。
コナンの耳にはいってきた恐らくもう一組のローファーの持ち主らしき名前は高校生だったときにも今現在でも聞いたことのない苗字だった。
あいよと返事をした園子が部屋に首を戻すもすぐに再びひょこと首を廊下にのぞかせる。
ただし今度はもう一つ頭が園子の真下で突き出ていたが。
「あ、さん。さんは紅茶、なにがいい?」
「鈴木さんと一緒でいいよ、ありがとう毛利さん」
園子の真下にあるその顔を見てもやはりコナンの記憶の引き出しから『さん』らしき情報は引き出せない。
首元にぞく白いブラウスとブレザーは明らかに蘭と同じものだというのに。
うーんと首をひねらせながらも蘭に促され素直にキッチンへと向かったコナンは蘭にハイといって渡されたプリンを手に素直に尋ねてみることにした。
家にまで連れてくる人間だ、別にオレが知っててもいいじゃないか、認識はそんな程度だが。
「さんっていうのよ、今日わたし達ののクラスに転校してきたの」
「転校生?この時期に?」
「そうなの、なんでもどうしても探したいものがあるとかで海外から一人でやってきたんですって。園子がどうしても手伝いたいってごねちゃって、それで今日一緒に帰ってきたの。そうだ、コナンくんもあたし達と一緒におやつ食べましょ?」
ね?といって紅茶のはいったポットを片手に笑う蘭に少し何か考える動作を見せたコナンだったがすぐにコクンと首を縦に振る。
じゃあこのケーキの箱を落とさないように持って行ってねと白い箱を渡され、蘭はカップやケーキ皿を用意するべく慌ただしく動き出した。
蘭を待つべきかどうかコナンはすぐにくるりと踵をかえし、箱を両手でしっかりと抱え蘭の部屋に向かってパタンパタンと音をたてて歩き出した。
(こんな時期に転校生?それも海外から一人で・・・探したいもの・・・)
へえそうなんだと素直に頷ける性格ではないことは百も承知だが、なんか怪しい。
怪しい雰囲気ビシビシだ。
たとえ身元がはっきりしていてもどこか裏があるような、そんな予感がしていた。
江戸川コナンの、しいては工藤新一の単なる勘ではあったが。
「園子ねーちゃん、あけてー!ケーキ持ってきたよー」
「ごくろう!ほら、はいんな」
ガチャと扉が中から開けられ園子に中に入るよう促される。
女の子らしいピンクを基調にした床には先程顔をのぞかせていた『さん』とやらが大きなクッションの上にちょこんと腰を下ろしている。
赤茶けた髪を両サイドでみつあみにしている彼女はコナンの顔を見た瞬間、目の色を変えた。
一瞬、たった一瞬のことだったが真正面に立っていたコナンにはその一瞬の変化に気付く事ができた。
恐らく真正面にたっていなければその変化には気付けなかっただろう。
しかしコナンには理解できなかった、彼女が瞳に浮かべた色は『驚愕』でもなければ『悲しみ』でも『哀れみ』でもない。
あれは『歓喜』に程近い色だったのだ。
見たこともなければ聞いたこともない人間にあった瞬間『歓喜』の表情を浮かべられたのは人生17年生きてきてはじめてだった。
何故と問うよりも早く園子がコナンからケーキの入った箱を取り上げ物色しはじめる。
(オイオイ、オメェはチーズケーキなんだろうがよ)
他のケーキにまで目移りしているらしい園子に呆れているとカップをトレーにのせ蘭が戻ってくる。
お待たせといって戻ってきた彼女はすぐに紅茶をカップにそそぎ一人一人にソーサごと手渡していく、といってもコナンにはオレンジジュースのはいったグラスだったが。
「ちょっとちょっと、なんで眼鏡っこが居座っちゃってるのよ?さんの話聞くんでしょー」
「いいじゃない、コナンくんがいたって。あ、さん、紹介するね。この子江戸川コナンくんっていって私の家で一緒に暮らしてるの。コナンくん、こちらがさん、さっきも説明したけど帝丹高校に今日転校してきたのよ」
「よろしくね、ねーちゃん」
渡されたオレンジジュースのグラスをこばさないよう脇において小さい右手をさしだすと、向かい側に座っていたさんとやらはまた目の中の色を変えた。
それも先程と一緒で一瞬だったがこれまた真正面にいたコナンにはわかるもので、再び彼は何故と悩む事になる。
が、すぐに差し出した右手があたたかいものに包まれたと思ったらどうやらそれはさんとやらがコナンの右手に自信の右手を重ねたものだったようで
「はじめまして、毛利さんたちのクラスに今日転校してきたっていいます。よろしくね、コナンくん」
そういって口の両端をくいっとあげて笑ったさんとやらの目にはコナンが気付いたおかしな色、『歓喜』が既に消え去っていた。