女は三人寄ると姦しい。
その格言は間違っている、なぜなら鈴木園子、この女は一人いるだけで充分姦しいからだ。
でねー、それでねー、ウッソォー。
園子のキャンキャン声にオレはなかばうんざりしながら空っぽになったプリンの容器をスプーンでつついている。
転校生とやらのお悩み相談を開くとか言っていたはずが気付けばアレよアレよという間に女三人の日常談義だ。
といっても内容はほとんど転校生の話で、駅三つ隣の皿屋敷市の知り合いの家に居候させてもらっているとか勉強は大嫌いで体を動かす方が好きだとか、どうでもいいような話ばかり。
どうしてそんな話で2時間も3時間も飽きずに喋ってられるのか不思議なくらいだ。
「あ、もうこんな時間!ごめんね、蘭ちゃん、園子ちゃん。迎えにきてもらうつもりだからそろそろお暇しなきゃ」
「ワァ!ほんと、もうこんな時間じゃない!あたしもそろそろ帰らなきゃ」
腕時計に視線を降ろした転校生が声をあげれば同じように時計をのぞきこんだ園子も慌ただしく帰宅準備にいそしみだす。
やれやれようやっとご帰宅か、とクッションに腰を沈めながらぼんやりとそんな女三人衆を見ていたオレはズズズとほとんどなくなっているグラスのオレンジジュースをストローで吸い上げる。
行儀が悪いとかどうでもいい、女三人の声にオレのズズズなんて隠れちまってるんだから。
「ちゃん、お迎えってどこに来てくれるの?」
「さっき場所をメールしたから、多分この近くまで来てくれてると思うんだけど」
いつの間にか下の名前で呼び合っている女三人は慌ただしく蘭の部屋を出て行く。
パタパタパタ、三人分のスリッパの音が聞こえてくる。
「コナンくん?一緒にちゃん、お見送りしよ?そのプリンとケーキもちゃんが買ってくれたものなの、最後にお礼も言おうね」
「・・・うん、わかった!」
ひょいと部屋の中に顔をのぞかせて口を開いた蘭に良いこの返事をしオレは氷しか入っていないグラスを脇に置くと、よっと声をかけて立ち上がった。
高校生のときほど体は重くない、むしろ軽くて仕方ない。
ただ少しだけ面倒くさいと思っていて、それが体を、気持ちを重くしていたのだと思う。
「ちゃん、お迎えきてる?」
「えーと・・・あ、いたいた。おーい、蔵馬くーん」
階段を降りて外に出てみればきょろきょろとあたりを見渡す転校生と園子の姿。
迎えがきたらしい転校生は誰かの名前を大きな声で呼んでぶんぶんと腕を振る。
隣にいた園子は興味津々な様子で転校生が手を振る相手を見ようと顔を同じ方向に向け、キャー!!とこれまた甲高い奇声をあげた。
これにはさすがの蘭も恥ずかしかったようで(なにせ家の前の通りは人通りの多い歩道なのだ)ちょっと園子とたしなめるように声をかけたが、園子の耳には届かないらしい。
一体どういった類の奇声だよとオレも転校生の迎えとやらを見るべく体を反転させ、あんぐりと口をあけるはめになった。
「らららら蘭!あれはスゴイわよ、今まで見たことないくらいイイ男ッ!!」
「あたしの名前はらららら蘭じゃないわよ、園子」
「蘭ねーちゃん、つっこむところ間違えてるよ・・・」
いまどき珍しい長ったらしい、しかも目立つ赤色の髪を後ろにたらしたオレから見てもカッコイイと言える青年は転校生の声にどこか苦笑しながら軽く手を振り、こちらにむかって歩いてくる。
なんだ、あの男は。
自分の母親も一人特別なスポットライトを浴びているような人間だったけれど、目の前をゆっくりと歩くあの男はまるで世界の違う人間のようにさえ見える。
「正統派っていうのは絶対ああいうオトコのことをいうのよッ!!見なさい、バックに薔薇が咲いてるじゃない!!いやぁん、ステキィ〜」
「あーうん、確かにかっこいいわね」
「らららら蘭ねーちゃんっ!?(オレよりもかっ!?)」
「やだもう、コナンくんまで。あたしはらららら蘭じゃないわよ?」
そこでもつっこむか蘭、とがっくり脱力しながらずれた眼鏡をなおしていると離れた場所にいた園子曰くの正統派青年はオレたちの傍にまでやってきていて、転校生の傍にいたオレたちに向かって頭をさげた。
こんにちは、青年の口から紡ぎだされる声に園子は勿論、蘭も少しぽーっと夢見心地な表情を浮かべる。
おいおいおい勘弁してくれよとオレがプッツンいきそうになったところで転校生がおかしそうに笑う声が耳に入ってくる。
「コナンくん、安心していいよ。このお兄さん、相手が誰でもみんなポーっとしちゃうからさぁ。蘭ちゃんのも一時的なものだよ」
「なっ、なななな!!??」
「あはは、真っ赤になっちゃって可愛いナァ」
「ねーちゃんッ!!」
からかわれた、と思わず大きな声を張り上げれば転校生はそれでも笑うのをやめずにごめんねと謝罪の言葉を口にする。
本当にそう思ってるのかどうか甚だ疑わしい。
「・・・、急に迎えに来いって言うのやめてくださいよ。たまたま仕事が終わってたからいいものの、どうせなら桑原君に頼めばいいでしょう?」
「桑原君は今日雪菜ちゃんとデートなんだもの、邪魔できないじゃない。それにね、早速お友達ができたの!蔵馬にも紹介したくって!!」
ためいきをつく正統派青年に転校生はニコニコと笑みを崩すことなくパチンと両手を合わせる。
蘭の隣で「イイオトコのため息は絵になるわぁ」とトリップしているがそれは無視だ、無視。
ましてや蘭がいまだに少しポーっとしてるだなんて、無視だ無視!!無視!
「高校なんて行く年齢じゃないでしょうに」
特大のため息をつきながら正統派青年、くらまというらしいけれど、が小さく呟いた言葉にオレは思わず頭を持ち上げる。
「こちらから蘭ちゃん、園子ちゃん、コナンくん。同じクラスになったの、コナンくんは蘭ちゃんの家の居候さんらしいけれど」
「よ、宜しくお願いします・・・」
「キャー!鈴木園子でっす!!お近づきになれて大変嬉しいですぅキャー!」
「こんにちは、おにーちゃん!」
「それからこちらが南野秀一くん、あたしがお世話になっている家の息子さんの親友」
くらま、って名前じゃあないらしい。
差し出された手も顔に負けずそこらへんの女なんかよりもよっぽど綺麗で形がいい。
園子のやつなんかは舞い上がっちまってキャーキャーキャーキャー言ってとにかく五月蝿い、オレの頭上で蘭と転校生は二言三言言葉を交わし青年の「じゃあ行こうか」という言葉で転校生と青年に向かって手をふることになる。
「じゃあ、探し物の鍵、お父さんにも一応どこかで見たことがないか聞いておくわね」
「ありがとう園子ちゃん。蘭ちゃんも今日は突然お邪魔してごめんなさい、でも楽しかった!」
「ううん、あたしも楽しかったから。また遊びに来てね」
園子と蘭と言葉を交わしたあと転校生はオレの前でも体をかがめて、今日はありがとうと言葉をつむぐ。
ボクも楽しかったよ、とガキらしくかわいらしく言ってやれば何がおかしかったのか転校生は瞬きをパチパチとしクスクスと小さく笑い出した。
「こちらこそ。またお話してね、大きいけれど小さな探偵さん」
スッと差し出された手で頭を撫でられる。
一瞬の出来事だった、蘭たちには聞こえてやしないだろう。
固まるオレをよそに車が停めてあるからといって転校生と青年は探偵事務所の前から立ち去っていく。
大きいけれど小さな探偵さん。
ぐるぐると頭の中をかけまわるその言葉、考えすぎなのか違うのか。
ただ一つハッキリ言えることは、オレは今日自分が探偵であるということを転校生にはしゃべっていないということ。
少し先の角を曲がっていく二人の姿を睨みつけるように見ていたオレに転校生は一度振り返ってパクパクと口をひらいていく。
バ イ バ イ 、 工 藤 く ん 。
背中を冷たいものが流れ落ちた。