後ろを振り返れば自分達がくぐってきたはずのドアが綺麗さっぱり消え去っていて、絢爛豪華な日本絵が描かれた襖があるのみ。
その襖の敷居越しにも足軽もどきと武士もどきは立っていて、前にも右にも左にも後ろにもすっかり四面楚歌の状態になっている。

「なんだい、これは。鬱陶しいんだけど」
「ちょっと母さんっ!エドシティは!?オレのVeeは!?ねえ、オレのVee!!」
「五月蝿いよ、シャル」

パチーンとマチの平手がシャルに決まる、それはそれはとてもいい音だった。
マチの平手が決まった瞬間、あたし達の周りを取り囲んでいた男たちの肩が一斉にビクゥと震え上がったのがわかり思わず笑ってしまいそうになる。
男とは、いつの世でも女の尻にしかれる生き物だから。

「おじさん達、お仕事かもしんないけどあの女の子に逆らわないほうがいいよ?さっきの平手よりもっとすごい平手くらっちゃうかもしれないよ?今すごく機嫌悪いし、ぽっきり首折られちゃうカモ!」
「首をポッキリ・・・」
「ポッキリ・・・」
「たたた隊長・・・あの女子、上杉の忍よりも恐ろしいであります!」
「たたた隊長!この親切な方の助言に従った方が・・・」
「ばばばバカめ!尻尾巻いて逃げればみみみ光秀さまになにをされるか・・・」
「「「あわわわわ」」」

足軽さんたちはどうやらとっても中間管理職らしい。
にしても、だ。

「ミツヒデ?」

あたしの元身元引受人かつ元同居人であった人物の名前が男たちの口から聞こえてきたのは一体どういうことか。
しかもどうやら彼らに大変怖がられているようで。
だいたいあのミッチーが怖がられるなんてまじで空から槍が降ってくるほどありえない。
キキョウ曰くミツヒデはせいぜい農民どまり、 鍬で畑でも耕してればちょうどいい男なのだ。

「なんだい、ミツヒデがここにいるのかい?ちょっとそこのお前、ミツヒデはここにいるんだね!?」
ヒィ!光秀様のお知り合いでございますかッ!それは大変失礼致しましたァ!ご無礼お許し下さいませェ!!」

マチの睨みに、というよりは光秀という名前にすくみあがった男たちは見事な統率力とでもいうべきなのか、一斉に座り込むと畳に頭がつくほど上半身を折り曲げた。俗に言う土下座。
何十人もの男に周りを囲まれて土下座、さすがのマチもどこかひいてしまったようで「もういいよ」とだけなかば引きながら口を開いた。
どうぞどうぞお通りくださいませ。
足軽さんたちが揃ってそう言って快く道をあけてくださるもんだからあたしたち三人は何故か「あ、どうもどうも」とか言いながらサヨウナラせずに城の更に中へと案内されていく。
案内人なんてのはいない、城だというのに何故か道というか廊下が一本しかないから。
後ろにはすくみあがった足軽さんたちが「行ってらっしゃいませェ」と頭をさげたままで、前に進むしかない。
フローリングではなく昔ながらの木造の廊下をキュッキュッと音を立て歩いていく、気のせいでもなんでもないと思うが奥へ奥へ進むにつれて内装が大変際どいものになっている。
そこら辺に白骨が転がっているわ(しかもその数が増殖中)間欠泉でも沸いてるのかと尋ねたくなるくらい地面から熱風が吹き出しているわ、ていうか城の中でマグマが流れるのはありなのか。
シャルなんかは最初白骨を見たときはアハハと笑っていたのに、今じゃあすっかりうんざりしたような表情になっている。
鳥の白骨から始まり牛らしき動物の白骨、しまいには人間の白骨がゴロゴロゴロゴロ。
こんなところを歩いて喜ぶのはフェイタンくらいで、しかしそのフェイタンも白骨なぞいたぶっても悲鳴すらあげられないのだからそこまで喜びやしないだろう。
せいぜい持ち帰って自室のオプションにするくらい、かもしれない。
マチに至っては不機嫌絶好調、とでも言えばおわかりだろうか。
彼女を取り巻く空気が冷たい。ブリザードというよりもダイヤモンドダストだ、きっと白鳥が飛んでいるに違いない。
しばらく歩いていくと目の前に誰かが通せんぼするかのごとく立ちふさがっているのが見えてくる。
何あれ、とあたしが口にするよりも早く

「待て待て待てェ!お前たち、ここから先はこの蘭丸サマが通さないからなァ!!」

おでこツルンの少年、もといジャリガキがビシっとあたし達三人に向けて指をつきつけてきた。
前髪をガッシリと柔ちゃん結びにしているチビッコはマチの額に青筋がピキリと浮かび上がったことに気付きもしないで、キンキンと高い声を張り上げている。

「信長サマと濃姫サマには指一本触れさせないぞ!蘭丸サマがその前にぶっ潰してやる!!」

鼻息荒くそう声高々に宣言したチビッコは相変わらずあたし達に指をつきつけたままで、それが余計にマチの機嫌を悪くしていっているような気がする。
ただチビッコの言葉にダイヤモンドダストを纏っているマチはともかく、あたしとシャルはおや?と首をかしげる。

「ノブナガってあのノブナガ?えー、あの子ノブナガの隠し子かなぁ?」
「あのノブナガに甲斐性なんてもんありゃあしませんよ、シャルナーク君。だいたいあのノブナガが様付けされるような人間に見えるかい?」
「アハハ、間違ってもそんなことないよ。ノブナガをノブナガ様って言うくらいだったらマチにマチ様って言うほうがマシだね、マ・シ!」

ケラケラケラ。
シャルナークの笑い声が空間に響き渡る、この子はどうして空気を読むということができないのだろうか。
ム!と気分を害したらしいチビッコの唸り声とマチからの冷ややかな空気に少しは気付いてほしい。

「そこのお前!信長サマって呼べよ!信長サマはこの世で一番強くて一番すごくて」
「うるっさいね、この餓鬼は。なぁんであたし達がノブナガなんかをノブナガ様なんて呼ばなきゃいけないんだい?ノブナガ様なんて言うくらいならヒソカと手でも繋いでやるよ!」

もしかするとマチにとってノブナガとヒソカの二人はそうたいして変わらないレベルの人間と認識されているのかもしれない。
いや、まだノブナガの方が確実にマシだとは思う、なんせついこの間ヒソカのことをゴキブリ以下と罵っていたから。
それでもそうたいして変わらないレベルなのかと思うと少しだけノブナガに同情してやってもいいのかも、しれない。

「信長サマを馬鹿にするなッ!!」
「ハン、ノブナガを馬鹿にしないで誰を馬鹿にするんだい。え?ノブナガなんて母さんと同じくらい阿呆で馬鹿でトンマなんだからね!
「え!?なんでそこであたしに振っちゃうわけ!?」

マチのさりげない台詞にあたしはさりげなく傷ついた、ノブナガと同レベルってことはヒソカと、あのヒソカとほぼ同レベルにされたということで。
これ以上はないっていうくらいの切なさがあたしの胸をしめつけた。