博士に考えすぎか見間違いじゃないかと言われた。
灰原にはそんな人聞いたことないと言われた。
黒の組織にはまだコナン=工藤新一だとはばれていない。ばれてはいないけれどベルモットという存在もある。
絶対にあの帰り際、あの女が諳んじたのはオレの苗字だ。



――バイバイ工藤くん



だあああ、オレにどうしろってんだ。FBIだか服部にでも連絡とれってか!?

「コナンくーん」
「なあにぃ、蘭ねーちゃん」

階下から名前を呼ばれて顔をのぞかせれば出かける準備の整った蘭が靴を履いているのが見える。
蘭と目が合ってもう一度「なぁに?」と口を開けば蘭はトントンと踵をあわせながらにっこりと笑った。

「園子とちゃんとお買い物に行ってくるからお父さんとお留守番よろしくね。おやつとお昼は冷蔵庫の中よ、夕飯までには戻ってくるから」
「え、お出かけしちゃうの?買い物?」
「そう、新しくできた駅ビルに行こうって話になったの。園子がどうしてもバーゲンに行きたいって五月蝿くって」

困ったようにため息をつく蘭を視界におさめながらオレはぱたぱたとスリッパの音をたてながら階段を慌てて降りていく。
園子はわかるがあのとかいう転校生も一緒だなんて、まだそいつの正体が何なのかもわからないのに危ないじゃねえか。

「蘭ねーちゃん、買い物ボクも一緒に行きたい!どうしても欲しい本があるの!ねえ、蘭ねーちゃん、一緒に行ってもいいでしょう?邪魔しないからぁ」
「んー・・・困ったわね、私は別にいいんだけど」
「ね、お願い!ボクも園子ねえちゃんにちゃんとついてきてごめんなさいって謝るから!」

必殺上目遣い。
隣の部屋からおっちゃんのうるせえ鼾が聞こえてくるが無視、とにかく蘭にひっついていくことが最重要。
お願いお願いお願いを連発すると蘭がおちるのは目に見えている、しょうがないわねと肩を落とした蘭の姿に心の中でガッツポーズして慌てて「すぐ用意してくるね」と踵を返す。
部屋に駆け込んで灰原と博士に転校生と会うという内容のメールを送っておく、念のために。
携帯を掴んでポケットに押し込むと蘭の待つ玄関に向かって再び走り出す、時計型麻酔銃をはめた手首をしきりにさすりながら。










「ちょぉっと蘭?どうしてガキまで連れてきちゃうのよぉ」

うるせぇ園子、そう言ってやりたいのはやまやまだけれどこんな小さいナリしてそんな事言いでもしたら蘭に「なってない!」とか言われてひっぱたかれるのおがオチだ。

「園子もちゃんもごめんね、コナンくんも買いたいものがあるみたいで」
「ったく、蘭はそのガキに甘いわよぉ」
「まあまあ、いいじゃない園子ちゃん。コナンくん、久しぶり。欲しいものってなんなの、教えてもらってもいい?」

ぶつぶつ文句しかいわねえ園子と違って転校生はしゃがみこんでオレの視線の高さに合わせるとにっこりと笑いかけてくる。
こちらもとりあえずにっこりと笑い返して本が欲しいんだということをおもいっきりかわいこぶって言ってやる。
チリッと何か目の前の転校生の瞳の中が揺らめいたような気がしてパチリパチリと瞬きすればそれに気付いたのか転校生はくすくすと笑い出してスッと立ち上がる。

「んん、蘭ちゃんってば可愛いナイトがいるもんだ」
「へ?」
「なんでもないよー。ほら園子ちゃん、蘭ちゃん、最初はどこから行くの?案内もしてくれるんでしょう?」

ポスポスと小さい子を相手にするみたいに頭に手を二三度軽く置かれる、どう頑張っても小さいナリなのはしょうがねえ、これを服部にされると腹が立って仕方ねえが蘭にされるとどうも照れちまう。
転校生にされるのはどうも服部と同じ類のような気がしないでもなく、少し胸の奥でいらっとしたものがこみ上げてくる。
なんでだと自分に問いつつスタスタと歩き始めた三人の女の後をはぐれないようについて足を踏み出す。
転校生について何かわかればいい、睨む先には園子と楽しく笑いあっている転校生の姿。
せめてオレの心配事が杞憂で終わるのかどうか、それだけでも。

と、シリアスぶってみたのだがそれは長続きしなかった。
蘭が言っていた通り園子はバーゲンに行きたいとごね、一番最初に向かったのはデパートだった。
金持ちのお嬢様のくせして目の色を変えて群がる客の中に蘭の腕を掴んで突入していった園子に呆気にとられポツンとエスカレーター脇のベンチに座っていると、ペタリとなにやら冷たいものが頬に押し当てられる。

「ひゃあ!」
「あはは、驚いた?コナンくんってば目が点になってるんだもん、これコーラね」

慌てて振り返ればおかしそうに笑う転校生がコーラの缶を差し出していて、冷たくなった頬に手をやりながらありがとうとそのコーラを受け取る。
転校生はそのままオレの隣のベンチに腰をおろしもう一つもっていてコーラの缶に早速手をつけていた。
待て待て待てお前はなんでここにいるんだ園子たちとあの群れの中に突入しなかったのかよと言ってやりたかったのだが、おいしそうにコーラを飲みだした転校生にそんなことは言えず仕方なくオレ自身もいただいたコーラのプルに指をひっかける。

「そういや、さっきみたいにコーラを幼馴染の子のほっぺに押し付けるのは君の専売特許だったね」

カチン。
プルが爪からはじかれて音を立てる。

「蘭ちゃん可愛いもの、気持ちわからないでもないなぁ。あんな子と幼馴染だなんてうらやましいったら」

コーラの栓はまだあいていない。
指先に力が入らない、血の気も引いていく、あれほど五月蝿かった周りの音も聞こえてこない。
蘭と幼馴染なのは江戸川コナンじゃあない、工藤新一だ。
コーラを悪戯心に蘭の頬に押し当てたことはたびたびあったがそんなこと誰かに言った覚えなんてない、親にも博士にもだ。
それはきっと蘭もそうで・・・

ねーちゃん、誰に向かって言ってるの?そんなことボクに言われても」
「ええ、やだなぁ。確かに蘭ちゃん可愛いもん、取られるのはいやだよね」
「蘭は関係ない・・・っ」
「うん、確かに関係ないや。でもあたしが喋ってる相手はキミだよキミ、工藤くん。えと、なんだっけ、平成のホームズ!」

ビシリと指先を鼻先につきつけられる、血の気をなくしてるオレとは正反対に横に座って指先を向けている転校生の顔には笑みが浮かべられている。
楽しそうというよりも嬉しそう、それが一番あっている表現だ。





「転校生、お前一体なにもんだ?」




そういえば転校生はつきつけていた指先をすっと降ろし、何か考えるサマを見せ

「多分迷子で捨て子ってのが妥当?キミの敵じゃあないよ、酒みたいなあだ名はないしね」

そう言って今度は楽しそうににっこりと笑った。