絶好の昼寝時間というのが綱吉のクラスにはある。
月曜日の(よりにもよってブルーマンデー)四時間目で(お昼休みの直後でおなかいっぱい)磐田という先生の(来年祝定年退職のヨボヨボ爺さん)英語の(爺さんの発音ははっきりしなくて宇宙語に近い)時間だ。
廊下側はともかく窓際側の生徒にしてみれば燦々と降り注ぐ日光は「ねむくなーれねむくなーれ」と催眠をかけてきているようで、ほぼ全滅壊滅といってもいいくらいだ。
ただでさえの○太くん体質な綱吉はというと教室の一番後ろの席で窓際の生徒よりも素早く花畑の世界へ突入し(教科書を机の中から取り出して5秒後の出来事だった)その両隣を固める二人はというと一方は綱吉同様夢の世界へ、一方は綱吉の寝顔を堪能とどちらが誰なのか言う必要のない、そんな穏やかな時間が流れていた。

「邪魔するよ」

そう言って彼が授業中真っ盛りな時間帯に教室の扉を開けるまでは。

「うおっ!?ヒバリ、てめぇこのやろう!一体何しにきやがった!?」
「うわっ!?なに!?なに!?」
「・・・・ぐがァ」

一番最初に反応したのはやはり獄寺で、彼の大声に反応した綱吉が文字通り飛び起き(もう一人はそれでも起きなかったけれども)教室の前扉で飄々と学ランを風も吹いていないのにはためかせているヒバリの姿を視界におさめギョエーとささやかにおかしな悲鳴をあげた。
驚いたのは綱吉だけではなく磐田というヨボヨボの先生も同じく夢の世界に旅立っていたクラスメートたちも同様で。
ただ現れたのが泣く子も黙るどころか泣くヤクザも黙る雲雀恭弥だったため、驚きの声をあげることができなかっただけだ。

「ヒバリ、なにしにきやがったァ!?十代目、ご指示を!今ここでアイツをはたしてみせますッ!!」
「うえっ!?いやいやいやいや、そんな必要これっぽっちもないからね!獄寺君少しは落ち着こうよッ!?」
「綱吉たちには用なんてないよ。このクラスにキルア・ゾルディックって奴がいるでしょ?どいつ?」

恐らくヒバリは表情を変えたつもりはなかっただろうけれども綱吉にしてみればヒバリに思い切り睨まれた風に感じたのだろう。
顔面蒼白目じりに涙をたたえながら彼は自分の目の前で大口を開けて眠る転校生をぷるぷると震える指先で指し示した。
綱吉だけではない、他のクラスメートたちも顔面蒼白目じりに涙をたたえ先週このクラスにやってきたばかりの転校生をビシリと指さしている。
転校生一体お前は何をしたんだァ!?クラスメートたちの気持ちは今一つとなっていた。
ふうんソイツね、ヒバリはキラキラ光る銀髪の生徒にチラリと目線をずらすと袖口から愛用のトンファーを取り出しながら転校生の眠る机に向かって歩き出す。
ヒバリが歩く為に生徒達はガタガタと机を持って窓際と廊下側にモーゼよろしく移動をはじめ、思わずクラスメート、それもまだ何も知らないだろう転校生をついヒバリの怖さゆえに売り飛ばしてしまった綱吉はアワワとヒバリの動向を見守っている。
そう、見守っているだけだ。なにせそこから『ヒバリから守る』とか『ヒバリをとめる』といった行動にでることはない。
いや正しく表記するならば、することができない。なにせ膝が既にガクガクブルブルと震えてしまっている。

(ああああ!転校生くん、ごめんッ!!オレってばなんてことをぉ!?)

緊迫した雰囲気で満ちている教室の中で幸せそうにむにゃむにゃと眠る転校生の傍までやってきたヒバリはしっかりと準備万端とばかりに両手に握り締められているトンファを振り上げ

「うわぁぁぁ!!ヒバリさぁん!いきなりは駄目ですってぇぇぇぇ」

最早涙目どころか怒涛の涙を流している綱吉の目の前で転校生のキラキラしたシルバーの頭に思い切り下ろした。
途端教室にいた女のこたちからキャアという声があがり、男のこたちからもウワァとまるで自分が体験するかのごとく叫び声があがった。
ちなみに磐田先生は教卓の中に隠れてしまっていて誰も気にすらかけていない。
音にするならばガツンではなく寧ろドガン、人を殴った音ではなかった、後にクラスメートの一人はこう語る。
銀色の頭にエモノを振り下ろしたヒバリは衝撃に一瞬眉をひそめたが、キルアくーんと転校生の名前を必死に呼んでいる綱吉にはそのヒバリの一瞬の変化に気付くことはない。

「・・・・いってぇ」

大口をあけて幸せそうに寝ていた転校生は綱吉の目の前で殴られた箇所を右手でさすりながら夢の世界から強制的に現実の世界へと戻ってくる。
綺麗な銀色の眉はひそめられているが目から普段の綱吉のように涙がこぼれることもなければいつぞやかの獄寺たちのように気を失うこともなく。

「誰だよ、もっと優しく起こせよな・・・」

寧ろ平然として体を起こした。
あれヒバリさんのトンファーってコンクリートとか平気でバコバコのボコボコに壊せるようなもんじゃなかったっけあれオレの気のせいかなでもヒバリさんに限って手加減とかありえないよね―――綱吉はとりあえずさすさすと殴られた場所を自分の手で撫でている転校生の顔を唖然と見つめた。
クラスメートたちも唖然と何事もなく平然としている転校生の姿を見つめている。

「キ、キ、キルアくん・・・頭、だいじょうぶ?」
「へ?頭ァ?ああ、うん、知り合いのゴリラババアに殴られた時の方がもっと痛かったし全然平気」

心配そうに尋ねる綱吉に転校生はあっさりと『平気』、いや寧ろもっとすごいことをポロリと漏らした。

「ふーんそう、全然痛くなかったの・・・・」
「ぎゃあああ!ヒバリさん、お願いです!タンマ!タンマでお願いしますぅ!!!話し合いましょ、ね?!人間せっかく口がついてるんですから話し合いも大事ですよッ!?ね!?」

もう一度転校生に向かってトンファーを振り下ろしそうな気配を見せたヒバリに慌てて綱吉は声を張り上げた。
怖い怖い怖い、ただその一心で。

「・・・・ふん、まあいいよ。それより、君がキルア・ゾルディック?」
「アンタ誰だよ、人に名前を尋ねる前に自分から言えよな」

さようならキルア・ゾルディック。
再びクラスメートたちの心は一つになった。

「・・・・僕は雲雀恭弥、この学校の風紀委員だ。知らないわけ?」
「知らねー、だってオレ、先週この学校に来たばっかでなんも知らないんだもん」

なんてことを、キルア・ゾルディック。
再度クラスメートたちの心は一つになった。
綱吉はとうの昔に『ムンクの叫び』になっていたし獄寺はというとヒバリと綱吉の間に立ちいつでも受けてやるぜなんて余計な態度丸出しで、山本はというとようやく起きだして寝ぼけ眼のままヒバリの顔をぼんやりと見ている。

「僕は自分の名前を名乗ったんだ、さっきの質問に答えてもらおうか?」
「別にいいけど、確かにオレがキルア・ゾルディックだよ。なんか用?知り合いなんていないんだけど」
・ゾルディックを知ってる?君の姉だって書類には書いてあるんだけど」

そう言ってヒバリは両手に掴んでいたトンファーを袖の中に戻し、近くにあった獄寺の机を手元に引き寄せるとその上にどっかりと腰を下ろした。
途端「テメー!!はたす!!」とダイナマイトが教室の中を飛びかいそうになるものの、アハハと笑顔の山本と泣き顔の綱吉に後ろから抱きつかれて一応事なきを得る。
・ゾルディック、ヒバリの口から出てきたその名前にキルアはゲ!とばかりに顔をしかめ、ハァと特大のため息をつくとともにワシャワシャと自分の髪の毛を掻き毟る。

ちゃんがどうかした?また問題でも起こしたわけ?」
「ふーん、本当に知り合いなの・・・単刀直入に聞くけど君のお姉さん、一体何者なわけ?」

ヒバリの問いに転校生はハァ何言っちゃってんの!?と盛大に顔を歪め、実際「なんだよアンタ」と口にした。
クラスメートは全員こぞってキリスト教徒でもないのに十字をきり神に祈りを捧げ始め、綱吉はふぅと口から何かを吐き出しながら後ろへと倒れた。
群れてる人間が、いやヒバリ以外の人間がそのような言葉を言おうものなら即座にホトケ様になってしまうのだが当のヒバリがトンファーをしまったままで、彼はエモノを振るうでもなくどこからかファイルを取り出すとポンと転校生の机の上に放り投げた。
顎で中を見てみろとばかりにヒバリがしゃくれば、転校生は胡散臭そうな表情を浮かべながらもファイルの中身をドサドサドサと机の上にぶちまけた。

「なにこれ」
・ゾルディックに関する資料だよ。君のお姉さんは君と同じく先週から並盛高校に転校、今は高校三年生だ。知ってるかい、その並盛高校で先週末緊急生徒会役員選挙が行われ今までの生徒会委員がごっそりと入れ替わった」
「へぇ〜、それがちゃんと何の関係あんの?」
「その入れ替わって新しく生徒会長に就任したのが転校したばかりの・ゾルディック、君の姉だ。別にね、生徒会役員が入れ替わろうが僕には関係ないんだけど君のお姉さん、よりにもよって僕たち並盛中風紀委員に喧嘩を売ってきたんだ」

へえさすがちゃん!
目を輝かせて言う転校生にヒバリの眉がピクリと動くが、やはりまだトンファーは出てこない。

「手始めに並盛高校にあった風紀委員会が潰された、新生徒会発足日にだ。戻ってきたやつらは全員口をそろえてこう言うんだ、アレには逆らえませんって」
「ん、まあちゃんだし。仕方ないよって言ってあげて!」
「なんで僕が。そいつら全員お仕置きしてやったよ。それでだ、すぐに僕は草壁に頼んで・ゾルディックに関する資料を集めさせた。それがコレだ」

そう言ってヒバリは机の上に乱雑に広がる資料らしきものの中から一枚の写真を取り出し転校生の顔に押し付けた。
なんだこれとばかりに押し付けられた写真を見れば、人ごみの中カメラのレンズに向かって歩いてきている様子の制服姿の少女が写っている。
ただし、何故か顔の部分にだけまるでグッドタイミングとばかりにたまたま低空飛行したらしいカラスが写っていて少女の顔が見えない。
さらに一枚ヒバリは取り出し転校生に見せれば

「ありゃー・・・・」

今度は道路の脇から撮ろうとしたらしい写真なのだが、何故か今度はうまい具合に道行く人のリュックサックらしきものが少女の顔に重なっていてこれまたよくわからない写真に仕上がっている。
さらにもう一枚、さらに、さらに・・・・
ヒバリが取り出す写真はどれもこれも、・ゾルディックらしき少女の顔だけが見事に写っていないのである。
シャッターを押す瞬間に彼女の顔とレンズの間に必ずなのかたまたまなのかわからないが何かが邪魔をしているのである、はためく店ののぼり然り、これまた低空飛行の鳩しかり、何故か上から落ちてきている植木鉢然り、通りすがりの人の風にたなびく髪の毛然り・・・・

「ねえ、君のお姉さんって一体なんなわけ?」
「・・・・・・・・実はオレも知りたいんだよね、アハハ

転校初日同様、教室に乾いた転校生の笑い声が響き渡った。