最近ノブナガの様子がおかしい。
あたし限定でツンデレ、いやいや、ツンツンだった少しおかしな子供ではあったけれどどうにもこうにも意趣変えでもしたというのかノブナガがツンツンからツンデレへと変わりつつあった。
あたしの顔を見るや今まで悪態をつくばかりだった少年が、いまやあたしの顔を見るやいなや何故か真っ赤になって机の下やら椅子の後ろやらに隠れる始末。
個人的にツンツンであったノブナガはそれはそれでかわいいと思えていたので、最初人の顔を見るなり真っ赤になったノブナガに思わずこちらが唖然としてしまった。
真っ赤になるだけならまだしも手伝いなんてしたことないノブナガがさりげなく家の中のことを手伝うようになったのも、おかしな変化の一つである。
お手伝い率先組みはパクだったりフランクリンだったり意外な事にウヴォーだったり(ただこのガキはご褒美のオヤツ目当てなのだが)するのだが、ある日突然ノブナガが流し台に食べ終わった皿をみなの分を引っさげて持ってきたときにはこれまたあたしは情けない事に唖然としてしまったのである。
相変わらず人のことはババァと呼び超失礼なクソガキではあるけれど、ツンがどうにもこうにもノブナガの中から取り除かれようとしている、らしい。
一大事だ。

そう、そしておかしくなったのはノブナガだけではない。
ノブナガ以外の子供達もどうやら何かおかしいらしい。
ノブナガの変化にはさすがにミツヒデさんもそれとなく気付いてはいたようだったけれど、他の子供達には基本ノータッチでわかっていないらしい。
何がおかしくなったのかと聞かれるとはっきりとは答えられないのが親失格・・・といっても放任主義もいいとこだからあまり気にはならないのだけれど。
とにかくだ、ノブナガを含めた子供達の中で何かがあったことだけは確かなようだ。
食器棚からナイフとフォークだけがごっそりなくなっていたり(そしてその大半が刃こぼれした状態でノブナガのゴミ箱から発見される)
皆で一緒に食べる晩御飯時にテーブルの上に並ぶ皿の上には何故かノブナガのだけ皆の量より半分以下の料理が盛られていたり。

どうやらノブナガはイジメにあっているらしい、アーメン。

「ううーん、ノブナガだって成長期なんだからちゃんと同じように盛り付けてあげなきゃ駄目じゃないの、マチ」
「違うよ、ノブナガがいらないって言ったんだ」
「ええ?だってあの子、食べ終わった直後におなか思い切りならしてたんだけど」
「気のせいだよ。なんならパクにも聞いてみたらいいよ、クロロでもフィンクスでもいいよ。ノブナガがそう言ったんだから!!」

食べ盛りのはずなのに皆の半分のご飯と皆の半分のカレーをノブナガの皿に盛り付けているマチに試しにそう言ってみたところ、最後にはマチがむきになったように声を張り上げて終了。
何もないなんてことはありえないということはわかるものの、そもそもの原因がさっぱりあたしにはわからなかった。
マチに聞いても駄目、パクノダに聞いても駄目、クロロに聞いても駄目、良い子のシャルナークとフランクリンでさえも横に首を振る始末。
どないせえっちゅうねんと困りつつも、ノブナガ本人にどうしたのと一言声をかけてみればこれまた不可解なことに

「なんでもない」

と反抗期とまではいかないもののなんだかしっくりとこない反応がかえってきた。
以前のノブナガだったらきっとその後に「クソババァ」という単語がついてきたはずなのに、それさえもなかった。
あたしが思わず彼の額に手を当ててしまったのは仕方のないことだと思う。















「これって家族崩壊の危機かな、どう思う?キキョウちゃん」
「まあ、お母様。我が家は別の意味で私が小さい頃から家族崩壊していましてよ!オホホホ!」

生まれたばかりなのにサルではなく既に猫のナリをしているイルミを膝に乗せあやす必要もないのに(何故ならイルミは目を開けたまま寝ているからなのだが)あやしつつ、目の前で優雅にティーカップ片手にくつろいでいるキキョウに最近の家の事情とやらを話してみた。
話してはみたがコレだ。
別の意味で家族崩壊ってどういうことだ、いや、本当はわかってる。わかってるとも。

日本語が話せるからという理由だけでお荷物を二人も預かり養う羽目になったミツヒデさん(彼の人生は後に伝記として出版すればベストセラー間違いなしだ)
月日が経つにつれ全てにおいてどうでもよくなってきている『ゆとり教育最高!』世代のあたし(けれど宝石と男に関しては目がない)
白馬の王子様を探す為だけに広い世界に家族を捨てでも旅立っていった長女のキキョウ(結局自分の力のみで王子様を無理矢理ゲットしたが)

ここまでいくと何故ミツヒデさんがいまだ生きているのかとか不思議でたまらなくなってくる。
そう考えるとノブナガのイジメ問題は些細なことなのだろうかとさえ思えてくる。
家の人間は図太く、あつかましく、周りを見るな自分だけを見ろ、こうあるべきなのかもしれない。
目の前で優雅に羽つき扇で自分を扇いでいるキキョウのように。

「お母さん、キキョウが逞しく育ってくれて嬉しくて涙がちょちょきれそう・・・」
「オホホ、お母様ほどではありませんけど!イルミも逞しく育ってほしいですわぁ」

立派な猫には育つだろうがキキョウのような逞しく図太くあつかましく以下省略・・・のような人間には育たないはず。
ぶらーんと相変わらず目をガッシリ開けたまま眠っているイルミのふくふく腕を揺らしながら記憶に残る未来のイルミに思いを馳せていると、コンコンとあたしたちがいる部屋の扉からノックの音が聞こえてくる。

「奥様、ご歓談中申し訳ありません」

音を立てて開かれた扉の向こうで頭を下げたままゴトーが現れ、キキョウはなにかしらと首だけをゴトーのほうに向けた。
頭を上げたゴトーはちらりとキキョウの前に座るあたしの姿を視界におさめるとあたし宛にミツヒデさんから電話が入ってきていることを伝え、子機のようなものをすっと前に差し出してくる。

「ミツヒデさんから?」
「おじいさまから?珍しい、こちらからかけることはあっても向こうからかかってくることなんて一度もありませんでしたのに」

そりゃあお前の嫁ぎ先にいまだにびびってるから。
余計なことは言わずにあたしはゴトーの手から子機を受け取り、もしもーしと声をあげた。

『おい、!お前さっさと帰って来い!今すぐだ、ナウ!ナウだナウ!』
「ど、どげんしたとミッチー。あたしってば今パドキアでキキョウちゃんとイルミと」
『一週間の孫バカンスなんだろ?んなこたぁわかってる!わかってるがお前、ノブナガの野郎がぶっ倒れたぞ!?』
「はあ?ノブナガがぁ?元気だけがとりえの、っていってもそれは全員か、ともかくなんでまたぁ?あたしが出発する時は生きてたよ!?」

勝手に殺してやるなァと受話器の向こうからミツヒデさんの怒鳴り声が聞こえてくる。
聞こえてくるが、皆さんお忘れかもしれないがミツヒデさんの声はグリーンリバーライトなのだ、迫力がない。

『確かにお前が出発するまでは元気だったんだけどな、お前がいなくなってから急にガリガリやせ細っていってよ。今じゃビックリするくらいの枝人間』
「は?」
『だからな、栄養失調で倒れちまったらしい。エステメルダがカンカンにきれてたぜ、子供の本分は『寝る食う遊ぶ』だって』

その意見にはあたしも賛成だ、ただその『子供は寝る食う遊ぶ、そのほかどうでも良し!』を貫いた結果が目の前にいる貴族ルックの娘なのだ。
ただ、あのエステメルダがカンカンにきれているというのはいただけない。
そんなこと言われてしまったら

「ノブナガが心配っちゃあ心配なんだけど、帰るに帰れないっていうか・・・」
「まあ、お母様!拾ったものは最後まで面倒みるべきですわ!」

受話器から漏れるミツヒデさんの声をずっと聞いていたらしいキキョウは甲高い声をあげると、あたしの手から受話器を掴み取り

「おじいさま?ご安心なさって、お母様はわたくしが責任もって流星街までお連れするわ!おじいさまはまだイルミを見ても抱いてもくださっていないでしょう?ちょうどいい機会です、わたくしも里帰りいたします。是非かわいいイルミちゃんを抱っこなさって?」

甲高い声のままミツヒデさんの「ヒィ!」だの「やめて!」だの「それだけはぁ!」なんて悲鳴を耳に入れることなく声高々に宣言するや否や、電話をゴトーに放り投げカツカツとヒールの音を立てて一目散とばかりに部屋を飛び出した。
勿論、イルミを抱えたあたしの襟首を掴みあげたまま。
ドップラー効果であたしの叫び声は『イルミちゃんのお部屋』と書かれたかわいらしいプレートがかけられている部屋からキキョウの衣裳部屋へと移動していく。
すれ違う使用人なんて見向きもしない、ゼノに至ってはニヤリとばかりに憎たらしい笑みをすれ違いザマに見せてくる始末。

「ゼェェェノォォォォ、このやぁぁろォォォォォガフッ!
「んまあ!お母様!走ってる最中に喋ろうものなら舌を噛むに決まってますわ」
「注意する前にスピードダウンしてちょうだいよ!!」

一向に落ちることないスピードに意見してみるもののさっくり無視。
そう、それでこそキキョウちゃんだ。
部屋に到着するやいなやスーツケースの中にウォークインクローゼットの中から選んだ服を次々と詰め込んでいくキキョウちゃんをよそに、再びあたしの腕の中に戻ってきたイルミとあたしはドア脇の椅子にちょこんと腰を下ろしてキキョウの里帰り準備が終わるのを待つ。
この隙に逃げようものなら恐らく甲高い悲鳴をあげてキキョウが貞子顔負けに(ただしスピードは新幹線以上)追いかけてくるはずだ、それだけは勘弁してほしいので嫌々ながらも大人しくしている。
ふとイルミに視線を落とせば、あの新幹線並のスピードで屋敷の中を走りぬけたにも関わらずいまだ目をかっ開いたままスースーかわいい寝息をたてている。
果たして目は乾燥しないのかとか、寧ろなんで目は開いたままなんだろうとか、思うことは本当に思いっきりたくさんあるのだけど



「赤ん坊で かわいい奴だが ゾルディック 目を開けたまま 時速300キロ。」



一句詠んでみることにした。