結局あのあと痛い視線を浴びながらサジタリアスのパンドラボックスを背負い赤ん坊を腕に抱いてアテナ市内へとやってきた私は適当に選んだホテルのスイートをとって一息つくことにした。
お金はあとでムクロさん経由さらにヒエイさん経由桑原君の財布でなんとかなるだろう。
世界が違うといえほとんど変わらない地球なのだ、お金は一緒だ。
普通の人間が住んでいる地球にはいつになったら戻れるかわからないけど、とりあえずこの未来の女神様とパンドラボックスがある限り放り投げるわけにはいかない。
肝心の100人の子供を持つ絶倫じいさんに押し付けるまでは!!

「あむあむ」
「指ハムハムするのやめようよ沙織ちゃん、痛くないけどむずがゆいわ・・・」

キングサイズ並みの大きなベッドの上で赤ん坊と一緒にたわむれていると、キキョウにもこんな時期があったなぁなんて思い出が蘇ってきて・・・
ホロリと涙が出てきた。
あの子もあんなにかわいかったのにいつのまにかスクリーマー殺人鬼、シクシク。
いまだ人の指を口に突っ込んで歯のはえてない歯茎でモグモグしている赤ん坊に視線をおとすと、ぱっちりマツゲくるんの大きな瞳と視線が合う。
このぺたんこのぷにぷにの体があと13年もしたら、ぼんきゅっぼんになるのだ。
ふくよかな頬もスッと整った絶世の美少女の顔へと変貌していくのだ。
女神の神秘なのかDNAの神秘なのかはさておき、たとえ自分の腹を痛めて産んだ子ではなくともかわいいものはかわいい。
将来タカビーになろうがスクリーマーになろうがネコになろうが、小さいときはみな平等にかわいいのだ。
赤ん坊に触れる機会なんてカルトが生まれてから久しかったからか、それともキキョウのことを思い出したからか胸の内がポカポカとしてくる。
口の中からぺっと吐き出されたよだれまみれの指でプニプニした頬をつついてやると、大きな瞳が細められ笑みになる。
赤ん坊の笑う顔にこっちも自然と笑顔になる。

「・・・・はぅ、かわええのぅ・・・」
「ただでさえ崩れてる顔がさらに崩れてるぞ、

だが至福の時間は短かった。
念を使う側の私の意志なんておかいまいなしに現れるムクロさんがベッドの傍で腕を組み冷やかな目で私を見下ろしている。
あいかわらずドエスだ、女王だ、KYだ。

「KYなのはいつも貴様だったと思うが?ん?
「しょ、しょうでしゅね・・・ぐりぐりひゃめてぇ」

ムクロさんが笑みを浮かべながら靴をはいたままの足を顔にめり込ませてくる。
そしてそれを見てキャッキャッと喜ぶ赤ん坊、ちょっと将来が不安だ。
なんせ馬になりなさいと真顔で言うのだ、不安にならずにはいられまい。

「ガキの名前はサオリに決めたのか?」
「決めたというか沙織は沙織というか・・・ふぅ、あやうく鼻が陥没するところだった」
「ふん」

鼻どころか顔陥没に近かったのだけれど、とりあえず足形がついているだろうヒリヒリする顔を手でぬぐいながら改めてムクロさんを見上げてみると珍しいことに後ろにヒエイさんが控えているのが視界に入った。
そうしてもう一人。

「ヒエイさんおひさー。そっちの子はもう回復したの?」

ヒラヒラと手を振ってやるとヒエイさんはフンとばかりに顔をそむけたが、もう一人のあの瀕死状態だった少年はご丁寧にもペコリと頭を下げてくれる。
ただいまいち自分の置かれている状況が分かっていないのか、まぁ分かるはずもないだろうけれど、ソワソワというかキョトキョトというかビクビクというか・・・
まぁムクロさんのナリだけみたら誰でも驚くよなぁうんうんと一人心の中で思っていたのだが、何か感づいたのかムクロさんのかかとおとしが私の体スレスレに落ちる。
ベコと思い切りベッドが陥没破損して、タラリと背中を冷たい汗が流れていく。

「お、お金ないのに・・・器物破損!!!誰が弁償するとおもってんの!」
「なんかよからんことでも考えただろうが、せっかくこのオレがガキを連れてきてやったのにな」
「感謝しておりますムクロさま!にしてももう動けるくらい回復してんの・・・?まじで早くない?」

生まれて間もない赤ん坊をいつまでも柔らかいマットの上に寝転がしておくのは危険なので(ついでにムクロさんも危険なのだけれど)抱き寄せて足の上にそっと横たえさせると、ヒエイさんの後ろできまり悪そうにたたずんでいた少年が小さく「あ」と言葉を発した。

「ア、アテナ!」
「あー赤ん坊ならこの通り元気だよ」

そういってホレとばかりにベッドに近付いてきた少年に赤ん坊を渡してやる。
少年は目に涙を浮かべて赤ん坊を壊れ物を扱うかの如くそっと腕の中におさめると、よかったよかったと顔を赤ん坊に寄せた。
何も分かっていないだろう赤ん坊は自分の頬に少年の涙が落ちてくるのを気にすることなく、ふくよかな手を少年のひきしまってはいるがそれでもやはりどこかあどけなさを残す顔へと伸ばしペチとかわいい音を立ててそえた。
まるで良い子良い子とばかりに小さな手が少年の頬の上を動き、そうすればそうするほど少年の瞳から流れ落ちるものが次から次へとあふれてくる。

「うーん、感動のシーン・・・!この器物破損が背景でさえなければ・・・!!」
「もう一撃いっとくか?」
「遠慮しておきます・・・しかし困った、グラード財団がかすりもでてこない・・・このままじゃ星の子学園星矢で終わってしまうんじゃ・・・」

星の子学園星矢・・・
それは姉の星華と離れ離れになることなく、某お嬢様の馬になることもなく、親の顔を知らないながらもたくましくそして日々を楽しく過ごす少年のお話。

「チーン・・・って違うマンガになってしまう!!」

あああああとばかりに頭を抱えてベッドに倒れ伏したところで「あの」と遠慮がちに声をかけられる。
顔をあげれば赤ん坊を腕に抱えたままの少年がもう一度「あの」と口を開く。
涙はひいたようで少し目じりが赤くなっているが、それさえもこの年頃の少年だとかわいいものだ。

「怪我、治ってよかったね。どんな治療方法だったのかは聞きたくないんだけどサ」
「どなたかはわかりませんが行きずりの私の無茶な頼みを聞いてくださって本当に感謝しています。女神を御救いしてくださるだけでなくわたしまで・・・あそこで命尽きると覚悟もしていただけにどれだけ感謝の言葉を述べても感謝しきれません」
「子供が生きることを諦めるのを目の前で見てるだけだなんて大人のすることじゃないでしょ、君は気にしなくていいんだよ」
「生きてることに気づいてなかっただろう、オマエ」
ゴホゴホゴホ!!!!ちょ、それは黙ってるのがお約束じゃない??

途端ギロリとムクロさんの冷たい視線が突き刺さる。
ソウデスネ、スベテワタシガワルインデス。

「しかし一体どうやったらあれほどの傷がこうもすぐに治るのか。しかも先ほどテレポーテーションも使われてましたよね・・・あなた方が一体何者なのです?」
人間です
「妖怪だ」
「妖怪」
「・・・・・・」

ものすごく困っているのが手に取るようにわかる。
わかるけれど、本当のことなんだからしょうがない。ウソはついてない。

「あ、日本人ですって言ったほうが良かった?」
「いえ、そういう問題でもないような」
「まぁ詳しいことはおいおい教えるとして、これから君はどうするの?あんな辺鄙な場所で死にかけるほどの傷を負うなんてよっぽどの事情があるんでしょう?」
「・・・・・」

そういうと少年は腕の中の赤ん坊に視線を落とし眉をぎゅっとひそめる。
唇を噛みしめ悲壮感漂わせる少年にかける言葉は思いつかないわ、寧ろしょっぱなから話が思いきりこじれてることにこっちが冷汗ダラダラというか。
星の子学園星矢にならない為にも可哀そうだけれど少年達にはセイントになってもらわなきゃいけない。
その為のキーパソンである城戸光政とは必ず接点を持たなきゃいけないし、それからつい生き延びてしまった目の前の少年のこれからを考えてetc

「うん、寝よう」
「え」
「明日になったら何かいい案が浮かびそうな気がする!ってわけで、アイオロス少年、君も寝るといい」
「何故わたしの名前・・・」
「あっちの部屋にもう一つベッドがあったと思うから好きに使って。あ、勝手にいなくなったりしないでね、これ以上ややこしいのは勘弁勘弁」
「いやだから何故名前を」
「そいじゃオヤスミ!」

ひらひらと手を振ってやって私は半分壊れているキングサイズベッドにゴロリと寝転がると少年に背中を向けてしまう。
気づけば部屋の中からムクロさんとヒエイさんの気配が消えている。
少年はそのことにも気付いたのかきょろきょろと部屋を見渡していたようだけれど、何かを諦めたのか赤ん坊を抱き抱えなおすと私が教えてやった部屋に向かって歩き始めた。





とりあえず城戸光政はギリシャにいまだいるのだろうし夢枕にでもたてばいいや。

あ、我ながらナイスアイデアと一人心の中でサムズアップしてパタンとドアの閉まる音を耳にしてから目をぎゅっとつむった。
もう星の子学園星矢でもいいかなーなんて思いながら。