ミツヒデさんのところに居座れるだけ居座ってやろうと心の中で誓いをたてたところで、自分のおなかのあたりがなんだか湿っぽくなったことにほんのり気付いた。
赤ん坊は体温高いから蒸れてきたかなぁと思って、ミツヒデさんが台所に消えていったのを見送って赤ん坊の体を持ち上げてみる。
途端、赤ん坊に巻きつけてある布からポタポタと落ちる液体。

「・・・・・・ギャーー!!!この子、オムツしてないわけぇ!?私の服がおしっこでべちょべちょじゃないのさー!!
ぬわにぃ!?!?

私の叫び声に反応してミツヒデさんも台所からやかん片手に慌てて私たちのいる居間らしき部屋に飛び込んできた。
なんだかスッキリしたのかキャーキャー言って喜んでいる赤ん坊と、その赤ん坊のおしっこをベッタリと自分の服につけて呆然とする私と、そんな私たちと明らかに床にまで垂れているおしっことを見てハァと思い切りため息をついたミツヒデさんと。
ものすごく前途多難な生活の幕開けだった。








「とりあえずオムツやらは知り合いのところに俺が今から行って貰ってきてやる、お前はしばらく俺の服着て我慢してろ」
「シャ、シャワーかしてください・・・」
「廊下の突き当たりだ、ついでに赤ん坊も桶にお湯でもいれて風呂にいれてやれ。いいな?」
「へい、りょうかーい。あ、ミツヒデさん、ついでに赤ん坊用のミルクと哺乳瓶、それから大量のタオルとかガーゼもよろしくー!私たち二人にかかったお金は出世払いってことで!」
「もういい。お前には何も期待してねぇ」
「うっわ、ひどい。もしかしたら私ってばこの先、すんごい偉大な人になっちゃうかもしれないじゃん!夢がないねぇ、ミッチー」
「ミッチー言うな!勝手に略すな!もういい、俺は行って来るからお前は勝手にしてろよ」

私の顔を見てはため息をつくミツヒデさんに出会ってからまだ2時間も経ってないけれどなんか慣れてしまって、出て行こうとするミツヒデさんの背中に軽くプラプラと手をふっておいた。
バタンと閉まったドアを見て私は腕の中のおしっこまみれの赤ん坊をしっかりと抱えなおし、言われた通りにお風呂場へと向かう。
もうどうせ私の服もべっちょりだしなとポタポタとおしっこが垂れないように自分の服でも赤ん坊をしっかりと抱え込んで歩いていく。
楽しそうに笑う赤ん坊にかれこれ5時間以上も一緒にいるけれどこの子まったく泣かないなぁと今更に不思議に思ったりもしたけれど、それよりもシャワーだ。
なによりもシャワーだ。
景気よくおしっこでべっちょりの服を脱ぎ捨て先にシャワーの水の温度設定を調整しておく。
その間にグルグルと赤ん坊の体に巻きつけてある布を剥ぎ取っていき、赤ん坊も素っ裸の状態にさせる。
ふと、その布を剥ぎ取っているときに布の端っこになにか文字らしきものが書いてあるのが目に付く。
読むことなんてできやしないけれどなんとなく見たことがあるその文字は多分ハンター文字だと憶測をつけ、布に書いてある文字はそれだけだとわかるともしかしたらこの子の名前かもしれないなぁと思って後でミツヒデさんに見てもらおうとチョイと脇にどけておく。
素っ裸になった赤ん坊を抱えてちょっと冷える風呂場にもぐりこんだ私はまず一番に洗面器にたっぷり湯をはりそこに赤ん坊を降ろした。
体が思い切りはみ出してしまっているがまずは自分もお湯を被らないと肌寒くてやってられない。
すぐに浴槽にほんの少しだけお湯を張り、今度は洗面器ではなくそこに赤ん坊の体を下ろしてやる。

「あんれ、この子女の子じゃないのさ。うーん、流星街出身の女の子・・・つかマチちゃんとかパク様しか思いつかないなぁ。まぁそんなどっちかっていうことはないな、この子髪の毛真っ黒だし」

男の子ならついてるべきものがついていないことを確認して、浴槽に降ろしてやった赤ん坊はごろごろと転がりそうになりながらも少しだけ気持ちよさそうにお湯の中に体を横たえている。
テレビやらで見た赤ん坊の入浴シーンではたいてい赤ん坊がものすごい泣き叫んでたはずなんだけれど、この子はどうも違うらしい。
というか出会ってから本当に笑っているか静かに寝ているかのどちらかで、おかしいのかしらとちょっと思ってもしまうくらい泣くことをしない。
泣く事は赤ん坊の仕事じゃなかったっけーとタプタプ赤ん坊の体をお湯に浸らせながら考えてみるも、私にはどうしようもないことなのですぐに考えるのをやめてしまう。
まぁいえることは、女の子なので確実にヒソカみたいな子には育たないだろうと。
マチちゃんやパクみたいな思い切り原作にでてくるようなキャラではないだろうと。
ただそれだけだった。






―――のに。





お風呂からあがってちょうどたくさん荷物を抱えて帰ってきたミツヒデさんに先程脇にどけておいた文字の書いてある布切れを見せると、ミツヒデさんは「あぁ」と軽く頷いてこれは恐らくこの赤ん坊の名前だろうナァと口を開いた。
やっぱりと思いながらなんて書いてあるの?と尋ねるとミツヒデさんは「どうやら女の子の名前らしいな」と無精ひげが生えまくりの顎を一つ撫で。

「花の名前だ、キキョウ。うん、いい名前なんじゃねぇか?」
「キキョウ!おお、いい名前じゃないの!・・・・・・・・え?キキョウ?」

持ち帰ってきた荷物の中にオムツを発見して相変わらず笑っている赤ん坊に下手糞ながらもオムツを装着していっていた私の手が、ピタリと止まる。
キキョウ、良い名前なのは認める。
しかし、どこかで思いきり聞いたことはなかったか?よく思い出せ、自分。下手したら思いきり原作に関わってしまうぞと。

「おい、どうかしたか?」
「だぁ?あー?」

オムツをつける私の手が止まってしまったことでゴロンと横たわったままの赤ん坊が動こうとモゾモゾしはじめるが、それはミツヒデさんの手によってとめられてしまう。

「キキョウ・・・それはどこかで聞いたことのある名前・・・」
「そりゃ知ってるだろうがよ、花の名前だぞ?」
「違う、そうじゃなくて、キキョウ、キキョウ、キキョウ・・・・・ヒィ!もしやあのキキョウさんか!?

原作じゃあ名前がでてこなかったけどアニメのほうでは出てきた、あのヒステリック貴婦人。
その名も、キキョウ=ゾルディック

「ギャー!これはヤバイ!ひっじょうにヤバイ!ミッチー、すんごいヤバイ!!」
「何がだ!つか赤ん坊にヤバイって何だ!?」
「ハッ!でもなにも同じ名前なだけであって別に決して同一人物とは限らないよね、なんせここには800万人いるんだから。うん、大丈夫、あれにはならないはずだ、私も絶対にあんな風には育てないぞ!」
「自己完結か?もういいや、好きにしてくれぃ。どっちにしろお前が育てなきゃいけねえんだろ、とりあえずヤバイやつにならないようにだけ気をつけろよ」

それだけ言い残すとミツヒデさんはかったるそうに頭をぼりぼりかきながら仕事に戻っていく。
居間に残ったのはキキョウという名の赤ん坊を呆然と見下ろす私と、そんな私の視線に気付いているのかキャキャと喜ぶ赤ん坊。

「いや、まさか、ねぇ。お前、あんな貴族ルックの凄腕母さんにゃならないよね?」

人口800万人、いや1000万人ともいえるこの流星街でたまたま押し付けられた子供がちょろっとしかでてこない原作のキャラの一人なわけないよね、と無理矢理頭を切り替える。
切り替えざるを得なかった、だって恐ろしいじゃないか、自分の育てた子供が貴族ルック!じゃなくて暗殺一族に嫁入り。

「うん、絶対に違う。君はキキョウはキキョウでもきっと心優しいアルト声の女の子に育つんだよ〜

えへらと笑いかけてくれる赤ん坊に笑い返し、止まってしまっていたオムツの装着の仕上げに入る。
つけ終わった赤ん坊をよっこらせと抱き上げそのまま近くの椅子に腰掛ける。
私の髪の毛で遊ぶのがすきなのか抱き上げた途端本当に嬉しそうに私の髪の毛を掴んだ赤ん坊に癒されながら、私はハァとなんとなくため息をついた。









この先あの暗殺一族の家族の中に私の姿がありませんようにと祈りながら。