「おい、ミツヒデ!さん、いるか?」
その日俺のところに非常に慌てた様子で居候を呼びに来た男は確か議会の下っ端野郎だったかと思う。
「かぁ?いるとしたら今頃チビの勉強タイムだからゴミ山の方かもしれねぇなぁ。あぁ、家にはいねぇみたいだな」
「そうか、どこの地区かわかるか?」
俺にしてみればどうでもいいことなんだが、議会に逆らうのはあまりこの街ではよろしくないので仕方なく円を広げて家の中にアイツがいるか確かめてやる。
なにも円にはひっかからず家にはいないと伝えてやると、今度はどこにいるかと尋ねてきやがる。
俺は別にアイツとはなんでもねぇんだからそこまで知るかっつの。
「しらねぇなぁ。あぁでも、あいつらがよく行くのは第5地区の山だ。あそこは廃墟が多いからなァ」
「そうか、助かった!仕事の邪魔して悪かったな」
礼を述べると男は片手を軽くあげそのまま早足で第五地区へと続く道に消えていった。
別に仕事の邪魔はかまわねぇんだが(どうせそう人も来ないし)昼寝の邪魔だけはしてくれるな、と小さくなっていく背中をぼんやり見つめながらゆるゆるになっていた瞼を完全に閉ざした。
「ママ!いつになったらそのモヤモヤしたやつの正体を教えてくれるの?」
「えー、そうだねぇ。私がいいかなぁって思ったらかなぁ」
「だからぁ、それはいつなの!?」
「いつだろうねぇ・・・それよりもスピード落ちてるよー!はい、ファイトー!」
瓦礫の中で腰を下ろしてどこまで円を広げられるかを試している私の目の前で我が娘キキョウはブッスーと頬を膨らませて横切っていく。
腰に括りつけられた頑丈な鎖の先には一台の廃棄された車が固定されており、若干5歳ながらそれを多少汗をかきつつずりすりと引きずりながら歩き回っている様はさすがとしか言いようがない。
最近は買い物に連れて行ってもどんなにそういう系統のお店に近づかないようにしても、いつのまにか自分のお小遣いでゴスっぽい服を買ってきたり私を店にまで引きずっていったりで。
毎日お姫様ルックないで立ちで私との修行、もとい勉強に励んでいる。
そして、言葉遣いはまだ普通なんだけれど、ヒステリックなのはもう性格なのか、これだけは段々と激しくなってきている気がする。
我が侭は言わないのだけれど、ヒスっぽい。
本当勘弁してくれと今まで何度心の中で涙を流しただろうか。
アルト声の優しい子に育ってくれよとあんなにもお星様に願ったのに、ばっちりソプラノ声の時々ヒステリーなお姫様に育ってきてくださった。
私の育て方が間違ってたのかとがっくりきたのだけれど、そもそもキキョウにお姫様ルックを目覚めさせたのはミツヒデさんが原因だ。
あれだけフリフリヒラヒラの服は持ち込んじゃ駄目だと言ってきたのに奴はちまちまと集めていたらしく、それをたまたまキキョウが見つけてしまい。
あとは言わずもがな、ものすごくヒラヒラフリフリを気に入ってしまいそれ系統の服じゃないと今じゃ着てくれないのだ。
恨むぜ、ミツヒデさんとブスブスした感情を自分達の家があるほうに飛ばしていると、少し離れたところにいるキキョウが耳にキンキンと響くソプラノ声で
「ママ!殺気が駄々漏れ!!」
と鼓膜を破る勢いの声で注意を促してくれる。
いやもうお前の声はそれだけで武器だ、と軽くキキョウに向かって謝りながら内心親指をたてておく。
ズリズリと車を引きずりながら私の座っている廃墟のまわりを走っているキキョウを見守っていると、広げれるだけ広げた円の中に誰かがはいってきた気配がする。
まだかなり遠いところのようだけれどどうやらこちらに向かっているらしい。
ピョンと廃墟の上から地面に降り立つとちょうど一周し終わって戻ってきたキキョウがどうしたの?と首をかしげた。
あぁ、そうやって普通にしてるとこの子は可愛いのにと親ばかっぷりを発揮しつつ、なんでもないよと返す。
しかしすぐに誰かの気配を察知したのかキキョウはこちらに向かってくるお客さんがいるらしき方向に首を向けてじっと見つめている。
次第に見えてきた人影に二人して顔を見合わせたものの、お互い知らない人らしく二人揃って首をかしげる。
ぜぇぜぇと息をつきながら現れた男性は私とキキョウの姿を視界におさめると、ものすごく安心したようにフラフラしながらこちらへと歩いてきた。
「さ、さがしました・・・ゼィゼィ・・・さん・・・ゼィゼィ」
「え?私?なんか探されるようなことしたっけか?」
「ママに何の御用ですか?お名前、名乗ってください」
「ゼィ・・・すみません、議会のものです。長たちがさんをお呼びしているので、僕が呼びにきた次第です・・・ハァハァ」
議会という言葉に私とキキョウは再び顔を見合わせた。
一応これでも流星街に飛ばされてから五年、どういった機関があるのかくらいは知っている。
けれどその議会に呼ばれる理由なんてのが思いつかない、まぁやるこたやっているけれど所詮仕事の一環で議会は関係ないはずだ。
「ウッ、そう睨まないで下さいよ。僕も詳しい事は知りませんが、どうやら何か仕事を頼みたいそうです」
「仕事?議会が私に?えー・・・もっとちゃんとした適任者がいるんじゃないー?なにも私じゃなくていいんじゃない?」
「はぁ、しかしですね。議会は是非さんに、とのことでして。それにミツヒデさんの推薦で」
ミシと足元にあった土台となっていたどでかいコンクリートの塊にヒビが蜘蛛の巣状に走る。
ママ、足元に力入れすぎとキキョウの声が聞こえてきて慌てて足元に自然とたまったオーラを元に戻す。
「キキョウちゃん。いつものメニューこなしたら、今日は思い切りミッチーと遊んでいいよ。私が許す!」
「本当!?久しぶりにジィと遊んでいいの?なら頑張って今日のメニュー終わらせるね!!」
「壊すのならミッチーの部屋までねー」
「はーい!」
良い子のお返事を返したキキョウはそのまま早く特訓メニューを終わらせようとズルズルではなくザッザッと車を引きずりながら廃墟の影へと消えていく。
自分の腰にも届かない小さな女の子が目の前で車を軽々と引きずっていくその姿を見て、私を呼びに来たという青年は口をあんぐりあけていたが私が肩をぽんと叩くとはっとしたように姿勢を元に戻した。
「げ、元気でとっても良いお子さんですね・・・ははは・・・」
「あ、そう?いやぁさっきまで子育て失敗したかナァとか自己嫌悪してたんだけどねー。あの、お姫様ルックさえどうにかなればなあ」
「え?女の子らしくていいじゃありませんか。とても可愛いし、似合ってますよ?」
「それじゃあ駄目なのよ!!すんごい困るのよ!!わかってないわねぇ!!」
「ヒィ、すみません」
「まぁいいや、未来はきっと変えられない運命にあるんだわ。ゆくゆく私はあの銀髪ウェービーヘアーに母親呼ばわりされるんだわ。あ、それはそれで萌えだわね」
「銀髪ウェービー?・・・いや、あのさん、それで結局議会には・・・」
「あぁ!ごめんね、ミツヒデさんが推薦なんて面倒くさいことしてくださりやがってるんだったら仕方ないから行くよ。あとで覚えてろよダレダレ親父ボコボコのギタギタにしてくれるわ、オホホホホホホホホ!!!」
「ヒィィ!!」
高笑いもそこそこに青年を抱えて議会の建物がある中央広場にまで走りこんでいく。
ふと途中でさっき思わず高笑いしてしまったけれど傍にキキョウがいなかったっけ?と我に返るものの、全てが遅かったと気付いたのは議会に押し付けられた仕事を終わらせたあとのことだった。