たかが一ヶ月。

されど一ヶ月。





本当に二人はこの世界から消えてしまうのか。






どこか嬉しそうに元の世界の「漫画」の話をしている裕太とは裏腹にあたしは既にどこか寂しさを感じていて、そしてどこか疎外感を感じていた。
まったくあたしが感じる必要のない疎外感。

だって周助も裕太もここの世界の人間じゃない、元の世界に戻れば家族もいるし友達もいる、それこそ仲間もいる。
ここはある意味いつわりだらけの世界、二人の世界じゃない。

寂しい、寂しい、寂しい。
裕太の話じゃ恐らく二人が帰ってしまうのは3月か4月、まだあとそれこそ半年以上ある。
でも寂しいものは寂しい。

なんだか盛り上がっている裕太たちと同じように盛り上がるのは今のあたしにはなんだか無理っぽそうで、トイレと称してそのまま部屋にでも引きこもろうと立ち上がった。
案の定周助が「どうしたの?」と尋ねてきたので考えていた通りにトイレと答えて静かにリビングを出て行こうとした。
お母さんは相変わらず晴彦たちが漫画の住人、いやむしろ、この世界の話が漫画になっていると聞いて大興奮していて裕太に話を詳しく聞いている。
リビングに背を向けていても裕太の声はバッチリ耳にはいってくる。
三村と遼ちゃんとの間にあった確執(これは初耳なので後で晴彦に聞いてみようとは思う)とか岩本のツンデレ具合、晴彦の苦労話。
きっと普段の何も知らなかったあたしだったらお母さんと同じように裕太を質問攻めにしてたに違いないけれど、今はとてもじゃないけどそんな気分にはなれなかった。



のに。







「ねぇ、裕太君。ところでその漫画のタイトルは何ていうの?晴彦くんたちが漫画になってるのに興奮しちゃってうっかり聞きそびれちゃってたわ」
「あー…」
「………」








ちょっとそんな会話が耳に入ってきてドアの取っ手に手をかけたまま立ち止まった、いくらしんみりしていたってさすがにそれは私も気になる。
裕太が答えるのを渋っているみたいでなかなか漫画のタイトルを口にしない。
早く吐いてしまえ!じゃなきゃ私いつまでたってもて「トイレに行く」とか言いながらリビングのドアのところに立ちっぱなしになってしまうじゃないの!









「なんかこのタイトル言うの恥ずかしいんだけど」
「な、なに!?卑猥なタイトルなの!?








卑猥なのはそんなこと言って裕太を困らせるお母さん、アンタだよ!!
振り返らなくてもわかる、今の裕太はまっかっかだ。








「わ、わかったよ、言うよ、言えばいいんだろタイトル!」
「そうよ!ささ、言って頂戴」
「僕も知りたいなぁ。あそこでつったままのもきっと気にしてるよ、かれこれトイレに行くって席を立ってから2分以上経ってるけどいまだにドアの前で突っ立ってるからね」
「(知ってても言ってくれるな、周助!!)」
「………っていうんだよ」
「え?よく聞こえなかったわ」
「う〜…だから……ていうんだよ!」
「え?耳が遠くなってきてるのかしら…」







お母さんの新手のイジメなのか、それとも本当に耳が遠いのか、区別をつけるのが難しい。













バレーの王子様っていうんだよぉーーーーーーーっ!!!!!!












立ち上がってまるで叫ぶかのようにタイトルを言った裕太は顔を真っ赤にしてそのままあたしの横をすり抜けてダダダダと音を立てて階段をかけのぼっていく。
すぐにバタンとドアが閉められる音が聞こえてきたところを考えると、どうやら部屋に閉じこもったらしいけど。

「バレーの王子様?」
「ザプリンスオブバレー?」
バレプリ?排球王子?」

そのお約束すぎるタイトルにあたしはさっきまでのしんみり具合をすっかり吹っ飛ばされてしまって。
お母さんはわざわざ訳す必要もないのに英語でタイトルを言って、周助はテニプリ同様おそらくテニプリ世界の同人界で女子達の間で言われているだろう略仕方でタイトルを言って。
三人そろってまじまじと裕太が開け放していったリビングのドアの向こう側を見つめていた。