あたし達の世界のジャンプには「テニスの王子様」が。
不二兄弟の世界のジャンプには「バレーの王子様」が。

折角シリアスな雰囲気になってたのに、一気にギャグの世界へと舞い戻った家ではとりあえずテストを終わらせることが先決だという結論が出たため裕太だけではなくあたしと周助も部屋に引きこもった。
ただし、裕太のドッキリな話のおかげで今まで覚えてきた事がスポーンと頭の中から抜けてしまっていてテストが始まった瞬間あたしの顔が無残なほどに引きつってしまった事なんて誰も知らない。
周助に(ほとんど数分)教えてもらっていた古文なんて見事赤点で、返却当日どこからその情報が漏れたのか(考えるまでもなく原因はヤツだけども)いつもはちゃらんぽらんなお母様が般若になって玄関でおで迎えしてくれたのだった―――













そして今日は運命の日、ただし裕太限定。
噂の松坂飛翔くんとやらが我が学校三人目の転校生として裕太のクラスに転入してくるのだ(裕太の記憶情報とまたもや校長室に聞き耳をたてていた親友情報)
元の世界に戻れるきっかけになるのかどうかは今の時点ではまだはっきりしていないけど、そのバレーの王子様の原作どおりに話を進めようと思ったら何はともあれ裕太がその松坂くんと仲良しにならなければならない。
転校していくかもしれない周助と裕太。
そのとき二人に一体何が起こるのか誰もわからないけど、とにかくまずは一つずつ一ページずつ潰していこうっていうのが周助と裕太のだした結論だった。
バレー部に関してはあたしたちが関わらなくてもサクサク進んでいくだろうけど、日常編に関しては裕太次第なのだ。
そんなこんなで無駄に朝から緊張していた裕太はまず起きて一番にあたしに

「裕太、がんばって松坂君とお友達になるのよー?」

とプレッシャー1をかけられ次に洗面所で出会ったお父さんに

「裕太君、帰る方法が見つかりそうなんだってね?頑張ってその松坂くんとやらと仲良くなるんだぞー」

とプレッシャー2をかけられ今度はリビングで優雅にモーニングティーをたしなんでいた周助に

「裕太、おはよう

と外面だけは素敵なそれでいてその短い言葉の中に込められた意味は尋常ではない笑顔のプレッシャー3をかけられ。

「いい?裕太君。お友達を作る時はまず笑顔で自分の名前を言って握手するのよ?いい?笑顔だからね?挨拶がしっかりできて笑顔の素敵な子は絶対に嫌われないんだから!その点裕太君ならバッチリよ、お母さん保障しちゃう!でもしっかり笑うのよ?ニヒルな笑いとか仏頂面はダメ!キラリンって感じで笑うのよ。あーでも裕太君だもの、それは無理ね…まぁどうしましょう!!」

やはり最後はお母さんが「裕太くんのお友達大作戦」とでも勘違いしているのか、幼稚園児にでも諭すかのようにプレッシャー4を与えたのだった。
というよりもお母さんの発言はプレッシャーというよりも裕太をある意味不快にさせ落ち込ませるだけだったというのに近かったけれども。












「裕太、大丈夫かしらー…」
「大丈夫だよ、裕太だって転校生二回やってるんだし。友達作りくらいはできるはずだよ、きっと」
「あぁ!!心配だわぁ…ちゃんとキラリンって笑ってるかしら」
、おばさんにちょっと感化されすぎてない?」
周助君はお馬鹿な生徒会長に感化されすぎてると僕は思うんですけどねえ?」

周助と二人して上のクラスにいるだろう裕太を思ってハァとため息をついているとあたし達の真横にさっきまで教卓のところで延々と『平将門の呪い』を嬉しそうに語っていたキムリンこと木村先生が笑顔でポスポスと丸めた教科書で自分の片方の手を叩きながら立っていることに気付く。
キムリンはあたしたち中学の生徒会顧問でもあり、あたしたち中学の生徒会への悪意なき挑戦者でもあり、日本史の先生でもあり、呪いマニアでもある。
平安時代を題材とした授業では藤原一族や平安文化を習う以上に魑魅魍魎だの陰陽師だのなんだのと、寧ろ「平安?いやいや呪い時代でしょ」みたいな授業が約2週間続いた。

「さりげなくアタシの事馬鹿っていいましたね?馬鹿っていいましたね?」
「今は授業中ですよ、二人して喋ってないで少しは僕の話聞いてはどうです?」
「サラリとスルーありがとう。というか先生のお話はとうてい授業というモノからかけ離れていてですね、それに今日は我が弟のような従兄弟が試練を迎えていてそれどころではないわけですよ!もうあたし、心配で心配で」
「心配するのは君のその思考回路だと思うんですが。まぁいいや、喋るのならもう少し静かーにね」

先生としてどうなのよな発言だけを残してほとんどのクラスメートが眠りの世界に突入している中、再び教壇に戻ったキムリンは嬉しそうに平将門の呪いについて語りだした。
あたしのことを馬鹿だ馬鹿だとよく罵ってくれるけれど、うっとりと呪いについて授業で語るキムリンも相当な馬鹿だと思う。
この認識はあたしや他の生徒たちだけではなく他の教員の間にも広まっているってもんだから相当だ。

「まあなるようにしかならないよ。もし裕太がダメでもその子がバレー部に入るっていうなら中村を間に通してでもなにがなんでも僕が近づくし」
「頑張れ晴彦!!」

あたしたち窓側の席とは反対の廊下側の席に座っている晴彦の背中に向かって親指を突き立てる。

「いっそのこと僕がバレー部に入るってのもアリなんじゃない!?」
「木の葉落としならぬ羆落としをバレーでするつもり!?そのうち竜巻落としとかも習得しちゃったりするつもり!?」
、そのネタヤバイくらい古いから。多分誰もわかってくれないから」

でも考えてもみるとそのいわゆる「バレーの王子様」とやらはどうやらこの世界の「テニスの王子様」の所謂ミラー版というかまぁそんな存在に近い漫画なんだと思うわけ。
テニスの王子様で一番無難なところでツイストサーブとか、ありえないところまでいっちゃうと手塚ゾーンだとか風林火山だとかさ、そういう本当にありえない技がポイポイでてきたんだから下手をするとバレーの王子様でもありえない技がポンポンでてくるかもしれないという可能性がでてくる。
そうなると木の葉落としや竜巻落としは勿論ダブルアタックだの、東洋の魔女も真っ青な技がポコポコでてくるかもしれなくって。
しかもそれを自分の知り合いたちがやってのけるのかと思うと

「見学に行かなきゃね、周助さん」
「本当だね、さん」
「「木の葉落としする晴彦・中村を見て是非とも笑ってやらなくちゃ」」

笑いがこみあげてきて仕方がない。










ちなみに試練に燃えていた(無理矢理燃えるように火をつけられたともいうけれども)裕太は、家庭科部に顔を出した周助や生徒会の仕事に取り組んでいたあたしよりも帰宅が遅く。

兄貴ーッ!!ーッ!!俺、俺ッ!友達できたんだぜーーーーッ!!

なんて叫びながら玄関を潜ったのだけれど、どうにもその台詞が「俺はじめて友達ができたんだぜー」に聞こえてしまって、どこか物悲しい気持ちになったのは仕方ないことだと思う。
案の定お母さんなんかは裕太の『BLOOD』をリビングに大音量で流しながら赤飯をいそいそとテーブルに並べ、真っ赤になった裕太に部屋に閉じこもられてしまうという誰しもが予測できる行動を起してくださったのだった。

なにはともあれ、裕太は無事その「バレーの王子様」主人公の松坂飛翔くんにお近づきになれたようでまずは二人が元の世界に戻れるきっかけ第一弾クリアということになるのだろうか。
二人がいなくなってしまうと思われる3月終わりまであと5ヶ月、半年もない。
それでも、だからこそ、残りの期間を全力で過ごしてみようとみんなで赤飯をつつきながら心に誓う。





たとえ帰ってしまうのだとはっきりしてしまった今でも。












Dear My Sweet Cousins!