ちゃん、ちゃん」

11月にはいってからそろそろコートとか冬物出さなきゃねと考えるくらいぐんと寒くなった。
それにつられてかどうしても朝、布団から出るのも億劫になってきている。
まだ毛布を出すような寒さではないけれどまだ比較的薄いパジャマを愛用しているあたしとしては、微妙に寒いこの朝、布団の中がぬくぬくしすぎてどうしても出たくないのだ。
今からこんなんじゃこの先どうすんだ、とも思うけれどそのときはそのとき、どうにかなれだ。

「なんですかー着替えてる最中にドア開けるのやめてくださーい、まじで寒い!寒い!」
「まだ寒くないわよぉ、これで寒い言ってたら1月2月どうするの?もう!」
「わかったわかったから!んで、用事はなに?」

ブラウスのボタンをぷちぷちと順番にとめていきながらマイルームのドアのところで突っ立っている我が母親の方に顔をぐるんと向ける。

「今日、美那子さんがお夕飯に来るからなるべく早く帰ってきてね?」
「へ?おばさん、来るの?」
「抱えてる仕事が一段落ついたとかで時間ができたんですって!不二君たちにも会わせてあげなきゃだし、ちょうどいいでしょ?」

えへとばかりに微笑んでる母親につられてこちらもエヘとばかりに笑いそうになったがすぐにおや?となにかに気付く。

「ちょい待ち!もしやおばさんってば、まだ周助たちに会ってなかったりするわけ!?」
「そうなのよぉ、養子縁組組んだのはいいんだけど美那子さんお仕事忙しくてちっとも捕まらなくて。ようやく親子の感動のご対面よ!」

なぁにぃが、親子の感動のご対面だ、コノヤロー。
独身貴族だった叔母は(既に過去形)つい二ヶ月ほど前、うちの母親の陰謀によって二人の子持ち母親になってしまったわけだけれど。
まさか本人同士が対面していなかったとは思いもしなかったのだ。

「そんなわけなのでー、あんまり遅くならないでね!ついでに周助くんにも言っといて!裕太くんには家を出る前に言っておいたんだけど」
「お母さん・・・なんでそんなにゴーイングマイウェーイなわけ?!ふっ、もういい、わかった。周助にもいっとく」

これが今朝の会話。















「んでどうなの。新人戦、いいとこまでいけそう?」
「今回は優勝だな」
「ふーん、そ」

放課後の体育館。
今週の土日にはもう文化祭と学校全体が色めきだっている中で、体育館のバレー部コートだけすごく暑苦しい。
かわいそうなことなのか、幸いなことなのか、本人達に聞いてみなければわからないことだけれどバレー部男子の皆さんは今年に限って区の新人戦が文化祭と思い切り重なってしまい、あっけなく文化祭不参加となってしまったのだ。
女子部のほうは新人戦を先週に終え(勿論惨敗だったみたいだけれど)コートを全面的に男子に貸し出している。
折角の文化祭、ほとんどの生徒がよっぽどの熱血でない限り今週は恐らく部活よりも文化祭の準備に精をだすだろうと思われる。
クラス単位での出し物もあれば部活単位での出し物もあり、それなりに規模の大きい文化祭だと我が学校ながら思う。
けれど中等部の生徒会長としては仕事が山積みで、それこそちゃかちゃかと仕事を終わらせていきたいのだがそうもいかなかったりするのが現状。
今も実際、バスケ部の出店予定表が提出されてなくて何故か生徒会下っ端連中ではなくトップのがわざわざ体育館にまで出向いて取りに来てやってる始末だ。
まぁ勿論、あたしに仕事を押し付けてくれたわけだしぃ、と仲良し連中のいるバレー部のところで思い切りグダグダと小休止しているけれど。

「なんか反応軽くない?」
「いやいや、だっていつも区大会準優勝じゃん。優勝なんて3つ上の先輩たちだけだよ?ケケケ」
「うるさいよ、。つか、お前何しに来たの?」

岩本英寿、バレー部キャプテンの冷たい視線が突き刺さる。
何しにきたって聞かれると休憩しにきたとしか言いようがないよと応えると、さらに冷ややかな視線をよこして「好きにすれば?」と軽く流した。
岩本は賢くてスポーツもできて少しはその脳みそくれよといつも言いたくなる相手だけれど、なかなかに性格が悪くて困ったやつだ。
それでも基本的にはいいヤツなので今までの3年間、それなりに仲良くやってきている。

「いっこ下に転校生が来たの知ってるだろ?あぁ、お前の従兄弟じゃないほう」
「まぁ噂には」
「そいつがバレー部に入ってきたんだけど、これがなかなか人間離れしたやつでな」

バレプリなんだから当たり前だ、と突っ込みたくなるのを抑える。
ついでに、我が家にも二人ほど人間離れしたヤツがいるよといいたくなるのも抑える。
所詮、王子さまなんだからさ(半分やけを起こしてるのはちゃんと自覚している)

「俺、今までお前にもぼやいてただろ?いつも決定打に欠けるんだって」
「あー、三村だけじゃ足りないんだってね。晴彦のやつも言ってた」
「そーそー。ソイツ、別に身長も三村並にでかいとかそんなんじゃないんだけど、なんかすんげぇ飛ぶの」

そうか、飛ぶのか。

「あ、ほら、今アタッカー練習やってるだろ?三村がやってるやつ」
「おうおう、透ちゃんがトスあげてバチコーンと相手コートにひたすら打ってるやつね」
「三村の次に並んでるヤツがその転校生なんだけどよ、まぁ見てろ」

一つむこうのいつもは女子が使っているコートでレギュラー陣が各々練習に励んでいる。
その中で三村ともう一人、見かけない少年がネット前で何かギャーギャー言い合いながら並んで突っ立っているのが目に入る。
ネットの傍らにはボールを積み込んだ籠をそばに置いているセッターの透ちゃんがいて、ニコニコとなにやらジャンケンをしている三村ともう一人の少年を見つめている。
そのうち何か決着でもついたのか三村がネットから少し離れた場所に立ち、それを合図に透ちゃんもスッと綺麗なフォームでボールをトンとネット上にあげる。
三村の体がスっとネット前まで動くとまるで獰猛な動物が獲物に飛び掛ろうとするかのようにしなやかな動作でキュキュっと軽く膝を曲げしゃがみこみ、次の瞬間には軽く頭がネットの上に出るくらいまで飛び上がって。
気付けばバーンといい音をたててボールが相手側のコートに叩き込まれた。

「うーん、いつ見ても三村のフォームは綺麗だわねぇ」
「綺麗といえば綺麗だけど、あいつの技、ときどきエグイから相手がかわいそうになるときがある」
「そのエグイのを指示してるの、あんたじゃん?」
「あ、ほら、次だぞ」

さらりと無視される、が別に構わない、所詮あたしはいつも彼にこんな風にしか扱われない。
ボールを叩き込んだ三村の次に転校生らしき少年が同じようにネットから少し離れた場所にトントンとリズムをつけ飛び跳ねながら立った。
中学男子のネットの高さは230センチ指定だ。
三村は今185辺りなので軽く60センチ以上飛んでることになるが、別に全国平均が大体60センチなのを考えればいたって普通だ。
転校生だという少年は岩本が先ほど言ってた通り身長もそこまで高いようには見えない、まぁせいぜい170あたりってところだろう。
岩本と並ぶとかなり小さいようにすら見える。
なのに、なのに、だ。

トンと透ちゃんの手から離れてネット上にあがったボールは、三村がボールを捕らえた位置よりも少し上で転校生の手により捕らえられ。

呆然とするあたしの前で捕らえられたボールは軽く相手陣のコートに叩き込まれた。

「な、なに、今の・・・」
「すごいだろー、三村よりチビなのに三村より飛ぶ時あるんだ」

明らかに三村よりも飛んでいた、どこにそんなバネがあるのっていうくらいの高さだった。
ちょっと待て、中学男子全国垂直とびの平均は57〜60センチが目安だ。
今の転校生は明らかに90センチ以上、下手したら1メートルくらい飛んでなかっただろうか。

「な?アイツがいれば今回の区大会、目じゃないだろ?」

どこか嬉しそうに岩本があたしのほうに振り向いた。






ぶっちゃけ、飛びすぎだ。