もはやイジメとしか思えない程、こなしてもこなしても溜まっていく仕事にイライラしつつ今日は用事があるから先に帰ると生徒会メンバーに告げ、いつもよりは1時間ほど早く学校の校門をくぐる。
勿論増えていくだけの仕事はぎゅうぎゅうにカバンに詰め込んで。
文化祭まであとわずか、一週間もない。だって今週末の土日なんだから。
あたしが生徒会長で顧問のキムリンのせいでものすごく忙しいことは知っているはずなのに、よりにもよって今日おばさんとの夕食をOKした母親を心のなかで罵れるだけ罵る。
つか忙しいのよ、忙しいの。
やることたんまりありすぎて本当に忙しいんだよ、いやまぁ体育館でこっそりさぼったりはするけど。
多分今あたしの顔はすんごいことになってる、と自分でもわかっている状態ではあるけれどどうしようもないぞ畜生とカバンの内ポケットから定期を取り出して改札を通過する。
先月から毎日こんな感じだ・・・と習慣になりつつある帰ったら何をどんな順番でこなしていくかを考えながらホームに続く階段をのぼっていく。
いつも乗る車両の番号が書いてあるホームのところへむかっていると、既に人がたっているのがわかる。
普段のあたしなら「座れなくなるだろうがゴラァ」と内心暴言の嵐になるのだけれど、今日はそうはならない。
何故なら―――
「あれ、」
「周助、今から帰るところ?んじゃ一緒に帰ろうよ」
そこに立っていたのはいまやすっかりなんちゃってイトコが様になってる不二、いやいや、周助だったのだから。
あたしの通っている学校、白泉中学初の転校生としてあたしのクラスへ転入してきた彼は二ヶ月もしないうちに白泉中学イケメンベスト4に祭り上げたてられている。
それを大いに利用しようとクラスメートたちが『メイド&ギャルソン喫茶』なるものをクラスの出し物としてはりきって準備しているのだが、恐らく周助もギャルソンじゃなくて厨房がやりたいとまだブツブツ言いながらも準備を手伝っているんだと思う。
思うと他人事のようにあたしが言うのには理由があって、あたしもバレー部男子の連中と同じく生徒会の仕事が忙しくてクラスの出し物にまで手が回らないからだ。
「今日はクラスのほうでも手伝ってたの?」
「今日は家庭科部のほうにいってきた、数も数だし練習もかねて。あぁでも、みんながボクが作ったお菓子は家に持って帰れっていうから全部持って帰ってきたよ。夕食後に一緒に食べようね、」
「ごめん、私用事がいっぱいで・・・」
「なんでそこで顔をそらすの」
反らさずにはいられないでしょうが!
周助は料理はうまい、ものすごくうまい。
林檎もジャガイモもするすると包丁で皮をむいていくその様はなかなかに主婦だ、というよりもあたしと裕太とは雲泥の差がある。
けれど何故そうなるのかわからないけれど、周助のつくったものは全て尋常じゃない辛さになる。
たとえそれがケーキや和菓子のような甘いものであっても、食べると口から火を噴く、タバスコの味がする。
ありえないのだけれど、ありえないのを作ってしまう男、それが周助だ。
さすが、といえばさすがなのだ。
「きょ、今日はやめたほうがいいよ。美那子叔母さんも一緒だし、おばさん、辛いもの食べれないからさー」
「今日のパウンドケーキはそんなに辛くないよ?みんなが辛い辛いって文句言うからだいぶん辛さ控えめにしたんだ」
持って帰れってみんなに言われたのに?
「辛さ控えめ・・・ってどれくらいの辛さよ?」
「カレーでいうところの辛口?」
「うん、それちっとも辛さ控えめっていわないから。っていうかそもそも、辛口のパウンドケーキっていうのはパウンドケーキっていわないからね。ドッキリスイーツだよ、ドッキリ。食べたら心臓がドッキリ、ついでにぽっくりみたいな」
「ははは、うまいね!」
「誰のせいだ!誰の!」
絶対に夕食後のデザートに持って帰ってきたっていうパウンドケーキだけはださせないようにしないと。
あたしは勿論、裕太も叔母さんも死んでしまう!
心の中で決意を固めながらやってきた電車にあたしと周助は乗り込んだ。
「おっかえりぃーーーん」
「ゲフォッ!!!!」
周助とくだらないことをダラダラと話しながら玄関の扉をあけたところで、なにかが家の中から飛び出してきて思い切りあたしの腹にぶつかってきた。
内蔵が口から飛び出る!とまで思えるようなその力強さに口から飛び出したのは内臓ではなくて死にかけのヒキガエルのような音だった。
「可愛い可愛い姪っ子よー!久しぶりじゃーん!」
「ぐ、ぐるじ・・・」
「よしよし、今日はお姉さんがたっぷり可愛がってやるぞー。お小遣いもやろう!」
「じ、じぬぅ・・・・」
「あのぉ・・・が腕の中で死にかけてるんですけど」
ギリギリと締め付けられる腕の拘束から逃れられることなどできなくて頭から何かが抜けていっちゃいそうよぉとすら思えるようなところで周助の声がうっすらと耳にはいってくる。
それはもううっすらと。
「あら、君は・・・」
「はじめまして、不二周助です。あの、9月から弟共々ご迷惑かけてます」
「ロ、ロー・・・プ・・・」
「ああ!君がお兄ちゃんのほう!?ていうか私の子供!?」
「だと思います。あの、宜しくお願いします。あのところで、そろそろ本当に腕をほどいてやってください、本当に死に掛けてます」
完全に意識が途切れかけたところで首と胴体に巻きついていた腕がするっとほどかれる。
急になくなった拘束感にあたしは酸素酸素とばかりにあぐあぐと深呼吸を何回も何回も繰り返す。
一人そんなラジオ体操をしている傍らで、あたしにぶつかってきて尚殺そうとした(本人いわく愛でようとした)美那子叔母さんと周助がお互いにペコペコと頭をさげている。
異様な玄関だ、座り込んで酸素酸素言ってる女に宜しくこちらこそ宜しくと延々と繰り返しながら頭をさげている少年とおばさん。
そしてグッドタイミングなことに
「たっだいまーってうおぉっ!?に兄貴!?と知らない人?玄関で何やってんの!?」
裕太が帰ってきた。
「あらーん、みんな玄関で仲良しねぇ。お母さんも混ぜてちょうだいよー」
いらないのが台所から顔を覗かせて玄関にやってきたりしてそこまで広いとはいえない玄関がメチャクチャになる。
ついでに会話も入り乱れていてメチャクチャだ、最近こういうテンポに慣れてきてはいるけれど。
とりあえず、だ。
「玄関寒いから全員家ん中にあがってよ・・・なんで玄関大集合しなくちゃいけないのさ」
なんでもいいから漫画のノリから脱出したい。