「というわけで、こちら美那子さん」
「はじめまして、不二周助です」
「不二裕太です」

ダイニングルームの大きなテーブルにはいつもじゃあ考えられないほどの豪華な夕食が並んでいる。
といっても周助と裕太がきてから飛躍的に我が家の夕食メニューの豪華さはあがったのだけれど、でもそれ以上の豪華さだ。
久々に我が母親も腕を振るったらしい。
椅子は全部で五つ、お父さん、お母さん、あたし、周助、裕太の五人分だ。
それに今日は叔母さんが加わった事で椅子がもう一つ必要だったはずなのだが、いつもお父さんが座っている椅子には美那子叔母さんが座っていてお父さんはというとリビングの一人がけソファにあらかじめお母さんがわけていたのだろう一人分の料理がのった皿を膝にのせて寂しくテレビを見ている。
誰もそのことにたいして何も言わないので本当にこのままお父さんの存在はスルーの展開でいくのだろう。
哀れ、我が父。

「美那子さんはお父さんの妹で今は某百貨店のそれなりにお偉いさんをやってるの。で、君たちのこの世界での戸籍上で母親です」
「どうぞよろしくね。いきなり子供二人貰ってくれって兄さんに言われたときはビックリしたけど、君たちなら大丈夫そうね」
「色々とご迷惑おかけして本当に申し訳ありませんでした。ただこの世界にやってきた時、あまりにも何もかもが突然すぎて僕たち自身どうすればいいのか本当にわからなくて」
「いやぁいいわよぉ!ちょうど上司が不倫持ちかけてきててねー、本当に脂ぎった奴だったんだけど気持ち悪いったらありゃしない。まぁそれで困ってたんだけどね、ちょうどそんな時に養子もらってくれーでしょ。別に困る事なんてなかったから引き受けたんだけど、ちょうどいいからその男に言ってやったのよ。子供がいるので私に話しかけるのやめてくださいます?って。そしたら次の日から顔も見てこないのよ、アハハ助かってるわァ」

アハハハハ。
叔母さんの豪快な笑い声がリビングに響き渡る。
なんだ、そのぶっちゃけすぎな話は。
ていうか子供の前でそんな話を普通にするなよ。

「ていうか俺らって不倫予防?」

言うな、裕太よ。
確かに美那子叔母さんは若々しい。
お父さんの妹で、うちのお母さんよりも年齢で言うと上になる。
けれど今まで(いや、今もだけど)一人身で好きなことを好きな時に好きなだけしてきたからか肌はピチピチ、スタイル抜群、とてもピー歳には見えない。
まぁそんなこと本人の目の前で言おうものならあたしの体はコブラツイストの餌食になること間違いなしなのだけれど。


「あら、いやだ、美那子さんってば!不倫ですって!?」
「そうなのよ〜。ほら、うちの父さんが議員だって知ってたみたいでね、そっちが狙いだったみたいなんだけど。あんなデブの眼鏡のツルリンの脂ぎった男はごめんだわね、私はやっぱり爽やか〜な男の人がいいんだもの」
「いいんだもの〜って美那子さん、貴方の年齢じゃもう爽やかな男の人探すのはすっごい年下じゃない限り無理なんじゃない?」


―――カーン!!


どこかではじまりのゴングが鳴ったようだ。
うちのお母さんと美那子さん、基本的に仲はいい。
仲はいいけど会うと必ず毒舌対決にはいってしまう、まぁお互いにストレス発散になってるみたいだし回りに被害が及ばないから構わないといっちゃ構わないんだけど。
さすがに今日は親子の感動の対面の日でしょう、ちょっとは考えなさいよお母さん!

「お母さん、周助たちが見てるよ」
ハッ!あら、いやだ。なんでもないのよー、オホホホ。なんでもなーいなんでもなーいって歌昔なかった?」
「そんな歌あった?知らないわよ、私」

なんだその話のそらし方は。
そしてその間も一人寂しく仲間に入ることができずにリビングでお皿をつつくお父さん。
周助たちがやってきてから益々影が薄くなってしまった。

「とにかくね、周助くんたちもこれから美那子さんのこと、第三の母親だと思って接してちょうだい」

お母さんがこの話はここでおしまい、とでもいうかのようにお茶の入ったグラスを持ってテーブルの上で掲げる。
乾杯をするのかとあたしも同じようにグラスを持ち周助と裕太もそれぞれのグラスを手に持ったところで、美那子叔母さんのダメだしがはいった。
いい加減ご飯食べさせてくれ、このあと仕事がわんさかあたしを待ってるんだ!

「ちょっと、義姉さん!?私が第三の母親ってどういうことよ!?どう考えても母親は私になったんだから第二の母親でしょうが!不二くんたちのご両親は健在だってちゃんと漫画も全部読んで知ってるんだからね!」

全部読んだのか、テニスの王子様。
意外とミーハーなところもある叔母だから下手したら我が母親同様、あの映画も見てしまっているかもしれない、ヒィ。

「あら!どう考えても私が第二の母親でしょう!?二人はこの家で暮らしていてこの家を切り盛りしてるのは私なんですから。食事だって私がやってるし掃除だって私がやってるし」
「いやいや、掃除はあたしたちがやってるから。勝手に話を作らないでね、お母さん」
お黙りなさい、ちゃん。周助くんたちが現れてから今まで世話をしてきたのは私です!私が断固第二の母親なんですぅ!!」

ですぅ、っていい年したオバサンがなんちゅう言葉遣いで喋ってるんだ!
というよりも、周助と裕太の世話を今までしてきたのはお母さんというよりもあたしじゃない?
お母さんはどっちかっていうと二人に押し付けがましい愛を注ぎまくって迷惑かけてるだけだったような気がするのはあたしだけだとでもいうの!?

「ペンは剣より強し!なら戸籍だって時間より強いはずよ!わ・た・し・が!二人の母親なんですからね!!」
「ま!それをいうなら時間は戸籍より強し!わたしのほうが母親にふさわしいぁ!!」
「モテモテだね、二人とも」
「喜ぶところなのか!?ていうかあれどうやって止めるわけ!?俺無理だぞ!?観月さんと兄貴のよりもこわ」
「何か言った?裕太」
「いえ、何も言ってません」

というよりも、だ。
ペンは剣より強し、ここまではいい、リットンの残した素晴らしい成句だ。
ただそこから戸籍と時間にどうやって結びついていくのかがあたしの頭では理解できない。
恐らく裕太もわかってない、周助もわかってない。
ただ手持ち無沙汰にもっているグラスを見て三人揃ってため息をつくだけだ。

「あの二人放っておいて先にご飯食べようか」
に賛成。なんか逆におじさんが羨ましくなってきたなぁ」
「確かに。みろよ、おじさんテレビの料理番組一人で笑いながら見てるよ。キャベツの千切りのどこに笑う要素があるんだろうなぁ
「「裕太、それは言っちゃいけないよ・・・」」

三人だけでカチーンとグラスを合わせて乾杯する、なんとも寂しい音だ。

「なら義姉さんが二人の授業参観に行くとでもいうの!?がいるじゃないの!」
は別に行かなくてもいいのよ!今まで散々見てきたんだから、もう今更見ることなんてないわよ!」

別に参観日なんて来なくていいとは思うけれど、見ることなんてないってはっきり言われるとこれはこれで無性に腹がたつ。
ポムポムと周助が肩を叩いてくれているけれど、ひきつった頬を元に戻すのはちょっとまだ無理そうだ。

は義姉さんの子供でしょ、見に行ってあげなさいよ。二人は勿論、私の子供ですから私が見に行きますしね!」
「まぁ!美那子さん、そう言って他のお母様から『おたくの息子さん、素敵ね〜』とかって言われまくるのを狙ってるんでしょ!私、負けないから!」
「なにが負けないからよ!義姉さんは二人にとってただの叔母さんじゃないの!家系図書いたら、一滴たりとも血が繋がってないのがバレバレじゃない、オホホホホホ!!

母さんが悔しそうに机の上で両手を握り締めている。
傍らではオホホホホホと高笑いを続ける美那子叔母さん。
けれど二人とも忘れてないだろうか、周助も裕太も不二一族の人間であってお母さんは勿論、叔母さんとも一滴も血のつながりなんてないことに。