学校がお休みの日はゆっくりと眠っていたい。
いつもならそういって10時くらいまで絶対に起きてこなかったあたしだけど、ここ最近は自分でも呆れるくらいゲンキンでお休みの日も早く起きるようにしている。
早寝早起き、この習慣をつけるようになった原因は。

「おはよう、

あたしの家に居候することになったなんちゃって従兄弟の不二周助と

「おっす、さん」

これまたなんちゃった従兄弟の不二裕太。
まぁ今は二人とも姓を名乗ってるけども。
二人ともこっちの世界に来てからも部活のクセがぬけないのか、それとも早朝ランニングのためか平日も休日も朝がとっても早い。
二人がバタバタするから五月蝿くて起きるわけじゃない。
ただ、二人はちゃんと起きてるのにあたしは10頃までぐーぐー寝てるのが恥ずかしいなぁと思ってのことだ。






この日も私が起きて顔を洗った時には既に二人ともランニングにも行ったあとのようで。
シャワーもちゃんと浴びたのかホコホコとしている。
Tシャツからのぞく二人の腕はなんだかんだでやっぱり逞しくて、あぁ男の子なんだなぁって思う。
周助なんかは特に顔だけ見てればすごく綺麗だから、最初はドキっとした。
今ではすっかり慣れたけども。
朝ごはんをゆっくり食べてテレビを見ていたあたしは時計が9時半を過ぎた頃になってソファから立ち上がった。
今日は欲しい本の発売日。
駅前にある本屋までは自転車で行くと10分ほどだけど歩いていくと30分くらいかかる。
自転車はさっき裕太がテニスコートに行くのに借りると言って恐らく乗っていってしまったに違いないから、駅まで徒歩でいかなければならない。
歩くのはそこまで嫌いではないからいいかと自分の部屋から財布と携帯もろもろの入った小さなショルダーバッグを肩からかけて玄関に向かっていると。

「あれ?もどこかに行くの?」

とひょいと周助がリビングから顔を覗かせて言う。

「本屋さんにね。この辺にはないから駅にまで行かなきゃいけないんだけどさ」

リビングから出てきた周助に靴を履きながら答えてやると、僕も行っていいかい?と周助が尋ねてくる。
一人で出かけたいわけじゃなかったあたしは、勿論と答えるとすぐ用意してくるからちょっと待っててと言い残し周助は慌ただしく階段をのぼっていく。
玄関の扉にもたれかかって降りてくるのを待っているとそんなに時間をおかずに周助が降りてくる。

「お待たせ」
「お待たされました」

笑いながらそう言うと周助もおかしそうに笑ってくれる。
裕太がテニスをするために一人でよく出かけることもあってかあたしと周助が二人でいる時間がここ最近とても多い。
勿論あたしはそんな時間がイヤじゃない。
周助は確かに漫画のキャラクターだけど、私にとって今はキャラクターとかそんな次元そのものが違う相手じゃない。
温かくて、優しい。時々怖いけど、欲目無しでも素敵な人だと思う。

「周助も何か買い物?言ってくれればあたし、一緒に買ってきてあげるのに」

家を出て大通りに向かって歩いていく。
少し前まではお母さんに言われるまで気付かなかった、周助が必ず車道側を歩いていることに。
今も車道側を周助は歩いてる、あたしはそれに敢えてお礼を言わないし周助も何も言わない。

「僕は別にないかな。散歩のつもり、っていうのが一番近いかも」
「裕太みたいにテニスしに行かないの?」
「クス。裕太のはある意味病気に近いかもね。僕はやらなきゃいけない時とかで今はいいかな」

そう言って周助は小さく笑う。
元の世界に帰る方法が見つからない、どうやって見つければいいのかもわからない。
それでも二人はテニスを続けている。
元の世界で毎日どれくらい二人が練習してたのかなんて漫画には載ってなかったし私も知らない。
裕太は時間があればすぐにラケットを持って飛び出していくけど、周助はそれがない。
練習しなくていいの?なんて聞けやしない。

「ところで何の本を買うの?漫画?」
「あ、あはは…漫画です、すみません」

月の初めはどっさりと新刊が出るからお財布が大変なことになる。
今月は特にピンチで、なんでいつも買ってる漫画の新刊が五冊も同時で発売されちゃうのか!!
どうせお母さんも読むんだから後で半額請求しよう、と心に誓っている間も周助はクスクスと笑ってる。
なんでそんなに笑うかなぁと軽く右腕をパシンと叩いてやると、ごめんねと返してくれる。

「顔が笑ってたら意味がないと思います」
「これ、地顔だからね」
「え!?やっぱりそうなの!?裕太にもちゃんと受け継がれてれば良かったのにね」

うんうんと頷きながらそう言うと、裕太が聞くとすねちゃうよ?と周助が相変わらず笑ったまま呟く。
でもあのちょっと目つきが悪そうなところが裕太の場合は「カワイイ」のだから別にいいのだ。
同じ家にいるのに話が尽きることはない。
まぁあの母親がいる限り我が家ではそれが当たり前だったけど、こうして周助といてもお互い口が閉じることがないっていうのはある意味素敵なことだよねと思う。
気がつくともう目的の本屋の近くで、あたし一人だったらきっとここに来るまでの間ひたすらウォークマン聞きながらちんたら歩いてたに違いない。

「じゃああたし本買って来るね」
「僕は一階の雑誌のコーナーにいるから。ゆっくりしておいでよ」

立ち読みできないのについつい長い時間漫画スペースに居座っちゃうあたしの性格をよく把握している周助はニッコリ笑顔でそういって階段の前で別れた。
早々に階段を上っていき新刊コーナーで目的の漫画を一冊二冊と左手に積み上げていき、全部つみ終わるとそのままレジへ向かいドンと置く。
カバーかけますかと尋ねられいらないと答えさっさと財布からお金を取り出し店員さんに渡す。
ビニールに詰められた本を受け取ったあたしは、普段ならこのまままた漫画コーナーに戻って無駄に時間を過ごすんだけど今日は特別。
カバンの中にビニールを詰め込み、行きと同じようにたんたんと階段を降りていく。
広い広い雑誌コーナーの中をきょろきょろしながら周助を探す。
日曜日だからか、それともこの本屋がかなり大きなものだからか。
とにかく人が多くてなかなか前に進めない。
立ち読みしている人と人との間をすみませんすみませんと小さく言いながら進んでいく。


あの鳶色の髪の毛が見当たらない。


あのいつも優しく笑みをたたえている彼が見当たらない。


大きく人とぶつかって、上からチッという舌打ちの音が聞こえてくる。
舌打ちしたいのはあたしなのに。
それでもすみませんと謝って、また前へ前へと進み歩いてる列にいなかったら隣の列に。


いない。


いない?


駄目、絶対に考えちゃ駄目。
二人はちゃんとあたし達に一言なにか言ってから、笑いながらアッチに帰るの。
急にいなくなったりなんかしない。

「――どこ?なんで見つからないの…」

次の列も人の間を謝りながら前へ前へと進んでいく。
この列で最後なのに、見当たらない優しい人。

「いない…」

気付けば本屋の外。
出入りの激しい入り口付近でどうやら流されるようにして出てしまったみたい。
目の前でしまっていく自動扉がまるであたしと周助の世界とを隔てる壁のように見えて、緩くないはずの涙腺が少し緩むのがわかる。
ツンと鼻の奥が痛くて。
なんでこんな感傷的になってるんだろうと勝手にでてこようとしてくるものをこらえようと顔を下にさげる。

たかが本屋で見つけられなかっただけ。
すれ違っただけ。

それなのにどうしてこんなに胸が苦しいのか。
いつかの時、笑って見送ってあげられる?

目から水がこぼれない様にぐっと目をつぶる。
その瞬間誰かに手首をつかまれぐいっとひっぱられる。

「なんで外にいるの?一人で帰るつもりだった?」
「しゅ、うすけ」

周助の手に掴まれてる右手首が熱い、あったかい。
そこからじんわりと熱があたしの体全体に広がっていく。
指先、首、頭、胸、おなか、太ももそして足のつま先へ。
じんわりとじんわりと広がっていく。
それはまるで、そのあたたかさはまるで。

「雑誌のところにいるって言ったじゃん、うそつき」
「ごめんね、あまりにすごい人だからあの後すぐにのところに行ったんだけどいなかったから心配したよ」
「すれ違い?」
「かな。でも僕を置いて帰ろうとするなんてちょっとひどくない?」

ひどくない、あたしはひどくない。
だって、いなかったんだもの。

「なんてね。買い物終わったんだったら帰ろうか?拗ねてないでさ」

そう言ってくしゃっと髪の毛を撫でられる。
あぁ、やめて、やめて。
そうやって、こうやって、この日常がいつか積もり積もって。

そして消えるんだから。

「――拗ねてなんか、ないよ」
「そう?だったらいい加減顔あげてほしいな、
「今は、ちょっと、無理、かも…」

唇を噛む、目をぎゅっと瞑る。
でも、右手からあの熱は離れていかない。

「もう少しどこか寄ってから帰ろう?お昼も食べていってもいいしね」

あたしのとは違う熱をもつ右腕がゆっくりと引っ張られる。
腕が動いて、身体が動いて、足がゆっくりと前へと動き出す。
あげることのできない頭とそしていまだつぶったままの目。

「あたし、スパゲティがいい。たらこ食べたい」
「スパゲティ?この辺にあったかなぁ…歩いてみるかぁ」
「たらこじゃなきゃイヤ!スパゲティー!スパゲティー!!」
「我が侭だなぁ、お姫様は」

クスクスと前を歩く優しい人から笑い声が漏れる。
見つからなかった鳶色の綺麗な髪は目の前にある。
右手を掴む手からは温かい熱が伝わってくる。
舌打ちやザワザワと五月蝿かった音しか聞こえなかった耳には君の心地よい声。

「スープスパもいいかも!とにかく、スパゲティー!スパがいい〜!」







だったらこの目を開けても君はいるんだよね?