お風呂からあがってフラフラする体のままベッドにダイブする。
ジンジンと湯あたりしたときのあの独特な痛みが頭を襲う中、ひんやりと冷たいシーツが肌に当たって気持ちがいい。
しばらく痛みが遠のくのを待つように目を瞑って静かに横たわっている。
そんなに長い時間ではない、5分もたっていない筈だ。
すっかり痛みの取れた頭を起し、すぐ傍のクローゼットから下着とパジャマ一式を取り出しのろのろと身に着けていく。
とにかく頭痛はおさまったものの未だ湯気が体から立ち上るほど体は熱を発していて、上のボタンはとめずにまるで軽く羽織るかのように着ておく。
ペタペタとフローリングの上を裸足で歩き再び水分補給とばかりに冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出し、今度は片手を腰に当てゴキュゴキュと飲み干していく。
ブハァと全部飲み干すとポイっと空になったゴミ箱(燃えないゴミ用)に突っ込み、そのままグダーっとだらけた格好でパソコン前のイスに腰を下ろす。

「あー…あっつい……」

腕も足もだらーんとだらしなく伸ばしきって首もゴテンとばかりに後ろへ落として目を瞑る。
暑いと言葉にしてしまえばどうしてか本当に暑くて暑くて仕方ない気になってしまうのは、言霊とやらの力なのだろうか。
クセになってしまった肩をゴキゴキと鳴らすとパソコンの上に放り投げた封筒を手に取る。

「通販のカタログとー…給与明細と、ん?なんだこりゃ。有限会社T.D.T?」

ビリっと封を破り中に同封されているものを取り出す。
私の頭の中にT.D.Tなんて会社はインプットされていないし聞いた事もない。
けれどしっかりと封筒には私の名前と住所が書いてあって、どっかで情報が漏れてるんじゃないかと不安になる。

「なになに?夢紀行企画へのモニターのお願い…って旅行?なになに?旅行にタダでいけるの!?」

ついさっきまで胡散臭いとか思ってたくせに旅行モニターという文字につられて、つい次のプリント次のプリントと目を通していってしまう。
この夢紀行企画ってのはどうやらこのT.D.Tって会社が新しく創り上げたシステムを導入した旅行システムをまずはモニターの人に体験してもらおうとかいう企画らしい。
旅行に新しいシステムって必要か?と途端胡散臭さが倍増したけれど、まぁ一応どこぞにおいておいて先を見る。
まぁ新しいシステムってのもきっと交通機関がちょっと変わってるとか、ホテルじゃなくてキャンプみたいなところに宿泊したりとかそんな感じなんじゃないの〜と勝手に解釈もしておく。
一番最初に思い浮かんだ無人島生活は多分ありえないだろう、うん。


「モニター登録へのやり方は簡単です。まずは水色の封筒に入っている白いプリントを取り出してください…あん?水色の封筒?」

そういって茶封筒の中をもう一度のぞくと確かに水色の封筒がもう一枚入っている。
それを取り出して更に中から白いプリントとやらを取り出してみる。

「次はー…プリントに書かれてある質問事項にお答え下さい。ご希望に沿ったプランをご提供させていただきます、ね」

ピラっとひらいた白い紙に黒いインクの文字が印刷されてある、見た目は普通のアンケート用紙だけれど紙はというと普通のどこででも手に入る薄っぺらい紙ではなく何か特別なとても値段の高そうな紙である。
押し印とでもいうのだろうか、紙の土台にはなにか不思議な文様が浮かび上がっていて紙だけでもとても神秘的なものである。
偏に面白そうと思ってしまった私はすぐにボールペンを手に持ち、上から順番に質問事項の答えを埋めていく。
名前や年齢、メールアドレス、簡単な自分のプロフィールのようなものを書き込んだ後次の質問事項を見て私は「はぁ!?」と思わず声に出してしまう。

「行ってみたい時代、ってなにそれ…タイムスリップでもさせてくれるわけ?」

質問事項の意味というよりも、何故そんな質問があるのかいまいち理解できなかった私は更にその下に続く質問事項を見て益々首を傾げてしまった。
行ってみたい時代、行ってみたい国、行ってみたい世界、行ってみたい本、行ってみたいアニメ、行ってみたいゲームに始まり、会ってみたい人(登場人物)、希望する貴方専用のオプションやらなにやら。
これじゃあまるで

「夢のトリップネタのモニター募集みたいじゃない、馬鹿らしい!」

とか言ったくせに

項目全部埋め尽くして書いてる私が憎らしい…!!!

ボールペンを持つ手はスラスラと紙の上を進んでいく、しっかりと文字を書きながら。

「別に恋愛がしたいわけじゃないのよ、出会いがほしいわけでもないし?別にこの間ふられたのを根に持ってるわけでもないし!なによ、幼馴染の方が大事だって言うなら最初から付き合わないでよ、っていやいや、もうグチグチ言わないって決めたじゃん私。ちょっと今とか親父に飢えてるだけ、うん、そうよ。別に夢見るくらいはいいのよ」

どこか、
そう、どこか自分にこれは別にやましいことじゃないって言い聞かせながら文字をつらつらと書いていく。
でも心のどこかでこんな非現実的な話があってたまるかと冷静という言葉とは程遠い心底馬鹿にしたような思いもある、すごくすごく冷め切っている。

ほとんどの項目を書き終えて最後の項目に目を落とす。

「モニター登録してくださる方々に感謝の気持ちを込めて、ミニオプションを無料でサービスさせていただくことになりました。つきましては三つオプションを用意させていただきましたのでお一つお選びになって番号をご記入下さい…」






1 : 気持ちを落ち着けるためにもまずはプチ体験オプション
2 : 絶対に損にはならない、ド派手な演出オプション
3 : 逆境から這い上がりたい人向けオプション







「馬鹿にしてるよね…とくに3番のオプション

なに、逆境から這い上がりたい人向けって。
いきなりバイオレンスな場面に飛ばされたりとか牢屋行きとかそんな感じだろうか、絶対に受けたくないオプションだ。
誰が好き好んで逆境に落ちていくんだって話だ(でもきっと世の中に物好きは少なからずいるに違いないのだけど)

「私は普通でいいの、普通で」

そう零すと欄の中に1と大きく書き込んだ。
質問事項はそれで最後だったのだが、全部書き終わってからなんだか急に恥ずかしいというかいたたまれない気持ちになってしまう。
夢の世界は所詮夢の世界、こんなものを書いても二次元の世界に飛び立てるはずがないのだ。
某青狸の設定された時代の技術にですら追いつけないのだろう、私達の世界の技術は。

「できるわけない、できるわけ。さーてと、明日は授業も午後からだしゆっくり寝よう」

そう独り言を零すと全て書ききった白い紙を掴むとくるくるっと丸めて燃えるゴミ専用ゴミ箱に突っ込んだ。
そのままパソコンの電源をシャットダウンし携帯のアラームをセットしながらリビングの電気をパチンと消し私は自分の寝室へと向かった。

















――――このお客様は2番を希望
















声が誰もいなくなったリビングに静かに響き渡る。
白い紙がつっこまれたゴミ箱から淡い光が漏れ始めているなんて、ゴミ箱に放り込んだ本人は勿論誰も知らない。