イカロスは蝋でできた羽で太陽へと向かって飛び立った、と神話が残っているけれど。
どうやら私、は羽もなにもない状態で、あーお腹に白いポケットがついているけれど、パラシュートなしの空中スカイダイビングを実行中らしい。
(あーこのまま気絶してそのまま叩きつけられて、ってのが一番いいというかいやよくないというか)
バサバサバサと風に煽られて私の着ているやけにヒラヒラした服が音を立てている。
いや、服というか最早ただの絹だ絹。もしくは衣。
なんでこんな服になってんの?と考えていると、なんだか下の様子がようやく少しずつはっきりと見えてくるようになった。
先ほどまでは水分の集合体、人はそれを雲と呼ぶけれど、それに邪魔されていたのもあったし遠目に緑と黄色しか見えなかったのだ。
ぐんぐんと少しずつ大きくなっていくその様はまるで飛行機に乗っているみたいなんだけれども、明らかに私は今鉄の塊に守られているわけでもないし(というか生身だし)なんかいつ死んでもおかしくないって状況で段々と思考がおかしくなってきているのかもしれない。
(だんだんと私ってばラピュタになってきてる。ここで歌うべき?)
なにやら下には大きな建物が一つあるらしい。
あーやばい、私あれにぶつかって死ぬんだわ、とぼーっとその建造物を見つめながら落ちていると突如頭の中に声が響いてくる。
(嬢!嬢!なにボサーっとしてるんですか!?)
(あー俗に言う高山病とやらです、ハイ)
(馬鹿なことを言ってないで、なにかポケットから道具を取り出してみてはいかがです?)
頭の中に響いてくる大塚明夫さまの声にもう驚く事もしないで淡々と答える。
これも高山病の一環の幻聴とかそういうのに違いない。
(高山病の症状のなかに幻聴っていうのはありませんからね!しっかりしてくださいよ!)
大きくなってくる建造物は周りの様子からみてかなり大きな建物のようらしい。
(ちょっと!嬢!?起きてます?このスピードだとなんというかこのままぶつかるとグシャどころか全て塵に帰っちゃいますよ!?)
(あー…寒い。これがいわゆるシベリアの寒さ…)
(訳わからないこと言ってないで!下にあるのは、嬢の大好きな親父満載の国ですよ!!)
親父満載の国ですよ!
親父満載の国ですよ!
親父満載の国ですよ!
親父満載の…エコーエコーエコー…
――――は復活した!
(大塚・アントニオ・明夫さん!それは本当ですか!?なにそれ、天国!?)
(このまま下に落下していけば確かに天国には確実にいけると思いますけど?)
(こうしちゃいられん!なにか空を飛ぶ道具を!はっ、タケコプター!!)
目の前に広がる建造物の姿がより鮮明なものになっていく。
何か広大な土地を囲むようにして柵のようなもの(といってもこの高度で見える柵なんてのはありえないので言うなら城壁みたいなものだろうか)が存在して更にその中に一際大きな建物とチビチビと見える黒い粒は恐らく民家なのだろうか。
そしてなにか広範囲に広がっている黒い部分。
(あそこは一体なんでしょうねー…)
(どうでもいいですけど、早くしないと本当に激突しますよ?)
(はっ!そうだった)
ゴソゴソとタケコプターを手に入れるためお腹にあるスペアポケットに手をつっこんでかき回す。
こうやってゴソゴソとかき回していればこのポケットの先にあるドラえもんは今頃ギャハハと笑い転げているのだろうか。
手に当たった感触におおと期待をこめて、ずいっとポケットから引き抜く。
(チャララン、タケコプタァ……)
(……に見えますか、それ?)
出てきたのはかなり大きい石器時代のお金みたいな石。
輪の形をしているその石造物は明らかに手のひらサイズのタケコプターではない。
両手で抱えてよいこらしょーなサイズだ。
(なんでしょ、コレ)
(あーそれはあれですね、風火輪。ナタクの足元にあった基本オプション宝貝)
(ナタクつうと、太乙真人殺ス、が口癖のあのナタクさんですか…そうですか…それは私にこれを足につけて飛べということでしょうか?)
(それしか方法はないと思うんですけどね。ホラ、下を御覧なさい)
そう言われて下の風景に目を凝らしてみる。
気付けば建造物は石造のものだとわかるくらい大きくなっている上、先ほどまで何だったのかわからないあの黒い波打っていた部分は大量の人だということがわかるほどの高度にまで落下済みだったようだ。
ゴーゴーとたたき付ける風の音でどうやら下はなにやら騒がしいようだが全く耳に入ってこない。
が。
(あの中に激突するのも駄目だよね、死ぬよね)
(だから選択肢は最初から一つですって言ってるじゃありませんか)
(くそー。親父王国のためだ、背に腹は変えられない)
よし、と決意すると私は両手で抱えている石の輪をぐぐぐと体を曲げて足の裏に装着する。
といっても近づけただけでバシンとまるで磁石のように足にくっついてしまったけれど。
(これ、どうやって動かすのさ…)
(しばらくは私に任せてください。まだド派手なオプションの方は終わっておりませんから、最後までしっかりと面倒みさせていただきますよ)
下に広がる群集の姿がより鮮明なものになっていく。
バサバサと風にあおられる衣が時々顔の前にくるが面倒くさくてそのまま手でバシっと軽く横にはたく。
誰だって空から人が振ってくればその人に向かって指差したりするのだろう、実際今私は思い切り下の何人だかわからないとにかく大量の人間に思い切り指差されている。
人を指差してはいけません、なんて言ってられるような状況でないことは確かだ。
ぐぐぐっと近づいていく人、人、人、建物、地面。
あー本当にこの風火輪ってやつは動くわけ?
そう思った瞬間バシュンと足元から音がしてグンっと体が持ち上げられるような感触が私を襲った。
えてして言うならば、高速エレベーターに乗って一気に最上階までのぼった時のような、内蔵ごともちあげられるような浮力感。
(さ、叫び声すらもあげられない…っ!)
黙っててとは言われたけれど声を止められているなんてのは聞いていない。
が、多分アントニオ・バンデラスのあの姿ですまないとか謝られたらコロリと許してしまうのだろう、私は。
足元から起こる風。
ゆっくりと人々の上で止まる体。
ふぅと息が口から漏れる。
私の足元に群がる人々は口をあんぐりと開けて相変わらずポカンと私を指差している。
なんだかそれに一瞬むっとしたもののすぐにゴゴゴと風火輪が音を立てて動き出し、ワワワとバランスをとる。
勝手に動く風火輪に全てを任せていると風火輪は人々の遥か先にある一際大きな建物へと向かって動き出した。
まるで舞台のような石造りの大階段。
まるで舞台のような荘厳な宮殿。
まるで舞台のような人々の服装。
―――そして
私を射殺すかのごとく見つめる曹操の姿。