知らない人にはじめてご対面したときの挨拶は、ほぼ世界共通の『ハロー』?
それともここは日本語で『はじめまして』?
でもでもここは一応中国が舞台だから『ニーハオ』?







ファイナルアンサー、私アントニオさんのせいで声がだせない。







「………」
「………」

私と曹操の目があってからまるでお互い一歩もひきませんとばかりにジーっとお互いに穴が開くくらいみつめあっている。
私としては一応憧れの一人でもある親父の一人に出会えたので半分くらいは万々歳なのだけれども、どうやら向こうは違うらしい。
ここであったが親の敵!とばかりにものすごく睨みつけられている、私何かしただろうか。
いや確かに空から変な物体に乗って落ちて飛んではきたけれど、それだけで別に危害を与えようとかそういう行動はかけらもとっていない筈だ。
まさか曹操が『濃の見せ場を奪いおって!!』と普通じゃない怒りでいっぱいだとは知りもしないのだ(そのことをあとで聞いた私は思わず打神鞭を握り締めてしまったけれど悪くないと思う)
何か言わなくちゃと、何も言ってくれない目の前の曹操に私の方が内心ワタワタとしてしまいかけそうになったそのとき。




―――曹孟徳



どこかにスピーカーでも仕掛けてあるの?とばかりにかなり広範域で大塚・アントニオ・明夫さんの声が目の前の親父の名前を呼んだ。
この腰にくる素敵な声はどうやら先ほどまでの私のように頭の中に聞こえてきている声ではないらしく、なにか不思議な力で声だけが耳からしっかりと聞こえるようになっているようだ。
私が空から落ちてきた時からものすごいたくさんの人がいるにもかかわらず芭蕉の句が読めるくらい静かだったこの空間が、バンデラスさんの声が聞こえてきた直後人々の慌てふためく声でいっぱいになった。
私はある意味もうなんでもこい状態にまでなっていたけれど、普通の人にはそうもいかない、ましてここは一応西暦200年代の世界だ。
人の声が広範囲で聞こえてくるなんてありえないのだ。
妖術だー妖かしだー仙道だーなんだの、一般人だけではなく兵士たちの間でもざわめきと不安は広まっているようで皆が皆隣の人と手を取り合ったり頭を抱えたり。
それはそれはものすごいおかしい光景が私の後ろに広がっていた。
かくいう宮殿のほう、曹操の後ろに控えていた兵士や文官、武官たちも一般人ほどではないにしろかなり落ち着きをなくしている。





―――曹孟徳




「濃の名を呼ぶのは誰ぞ?」

再び聞こえてきたバンデラスさんの声に曹操が私の目の前で初めて口を開いた。
曹操が姿の見えない声に返事をしたことで一瞬にして広場と宮殿に沈黙が落ちた、一瞬でだ。
これがこの男の持つカリスマ性とやらの一面なのだろうか、誰も彼もが天からの声と曹操の姿に注目している。






―――魏の王、曹孟徳よ。そなたに頼みたい事がある





サラリとバンデラスさんは曹操の質問を無視した、これだけものすごい人が注目してるのに普通にスルーした。
微妙に曹操も気に食わなかったのか眉を少しだけひそめている。





―――我が娘をそなたにしばし預かって欲しい




「娘?天なる声の娘というのは濃の今目の前に浮いている娘のことだろうか?」

ちらりと曹操の視線が私に向けられる、と同時にものすごい数の視線が私に集まってくるのがわかる。
ストーカー被害にあわなくてもわかる、これだけ人に見られていたらものすごく視線という存在が浮き彫りになって手にとるようにしてわかる。
ようは落ち着かない、だいたい私はいつからバンデラスさんの娘になったのだろうか。





―――我が娘は天界人でありながら人というものに興味を覚えて仕方がないようだ、しばしの修行期間ということで預かってもらえないだろうか?




「何故濃に頼む?天界人を我ら人間が面倒をみるというのか?」

なんだか話がものすごく大きく、とんでもないことになってきている気がする、いや気がするんじゃなくて本当になってきているらしい。
突っ込みどころ満載な二人の会話なんだけれど生憎私の声はでなくて、突っ込む事はおろか二人の会話をとめることもできない。
バンデラスさんの声は今この宮殿と広場に集まっている人間全てに聞こえている、その状況で私を天界人(恐らく天女とか天帝とかそういった存在なんだと思う)と言うことや預かってくれと頼む事や。
ぶっちゃけこれはもう魏という国だけの問題だけではすまなくなるような気がする。






―――それは無理だということだろうか。魏の王、いや、人の王





濃にどーんと任せろ!!

安請け合いしちゃったよ、このおじさん。そんなに人の王と呼ばれたことが嬉しかったのだろうか。
柱から飛び出してきた男がもーとくもーとくと怒髪天つく勢いで叫びながら般若の形相でこちらへ向かってきているのが曹操の体越しに目に入る。
私の間違いでなければあれは夏侯惇じゃないだろうか、テレビの中の彼もなかなかだったけれどやはり動く彼は最高だ。
口から発せられるもーとくコールさえなければ。

「お前は、一体、何を、考えて、いるんだッ!!!!」
「わわわ濃は、人の、王ぞ〜!!」
死ね、この阿呆!!

ガックンガックンと曹操の胸倉をつかんでシャッフルしまくっている夏侯惇は最後に思い切りゴインと自分の君主の頭をよりにもよって大人数の前で殴り倒すと、ギンと誰もいない空を睨みつける。

「得体も知れぬ娘を得体も知れぬ声に頼まれて預かると思っているのか!?」
「と、惇兄ぃ……殿が床で死んでるんだけどよ…」
ぬぅぅ……犯人は、夏侯…惇……ガクッ」

犯人もなにも目の前で誰もが一部始終を見ていたんだから、なんて突っ込みを入れる人はこの場にいない。
なんて殺伐とした国なんだろう、とボーっと風火輪で浮いたままその様を見ている。することがないのだ。






―――娘がここが良いと申したのでな。得体も知れぬとは、豪胆なり人の子よ





バンデラスさんの声と同時に今まで雲ひとつなかった真っ青な空に暗雲がたちこめはじめる。
静かに動向を見守っていた兵士や人々の間に動揺が広がり始める、ゴロゴロとイカヅチの音も近づいてきている。
なんだか、ちょっといろんな意味でおかしな展開になってきてやしませんか?アントニオ・明夫・バンデラスさん。

「もうよい、夏侯惇」
「孟徳!?」
「この娘をしばし預かればよいのだな、天帝よ」






―――お願いします、人の王よ。何か困った事があれば娘に頼むといいでしょう、手を貸せる範囲内で貸してくれるはずです





空一面を覆っていた暗雲がスルスルと嘘みたいに消えていく、広がるのはただどこまでも青の世界。
先ほどまでの空が嘘のようだ、もうなんだかここまでくると私もどうにでもなれという気分になる。
曹操が預かるといったことで夏侯惇はまだ何か言いたそうだったけれど一応だんまりを決め、ズカズカと宮殿の中に入って行ってしまう。
ようはこれで私の衣食住問題は安心していいみたいだけれど、なんだか先ほどバンデラスさんがサラリと問題発言をしてくださったような気がするのだ。

(さ、嬢。これで安心して魏の国にトリップできますよ!)

頭の中に先ほどまで天帝とやらになっていたバンデラスさんの声がはいってくる。
どことなく初めに会った時の声よりも満足感が漂っているような、そんな声だ。

(……あ、安心?つか私、手を貸すなんて一言も)
(またまたー。宝の持ち腐れじゃなくて宝貝の持ち腐れになってしまいますよ、それでは。しっかり働いてくださいね)
(……危険がつきまとうってこれですか?)
(さて、これにて無料オプション『ド派手な演出オプション』は終了です。どうでしたか?素晴らしくド派手でしたでしょう?
(ちょ、ちょっと待ってよ。なに、まさか私ここで本気で暮らさなきゃいけないわけ!?)
(何を今更。さぁ、ここまでが私の仕事です。あとは嬢、貴方次第ですよ。是非魏生活エンジョイしてくださいね!!)

段々と明夫さんの声が遠のいていく、言いたいことだけ言ってやりたいことだけやって。
ものすごい放任主義というか、いや、それどころじゃない。
かろうじて最後、消え入るような声で『アデュー』と頭の中に響く。





待ちなさいよぉッ!!アントニオォォォォォ!!!




声がでるようになった私の最初の一言は魏国民が集まる広場で盛大に響き渡った。