最近、魏の本拠地ともいえる許都ではやっている挨拶があるという。
宮殿の中だけではない、市井でもいまや誰もが知っている挨拶だという。
意味としては英語のハローに近い、おはようございます、こんにちは、こんばんは、やぁ、エトセトラエトセトラ。
とりあえずいつでもどこでも使える素晴らしい挨拶だという。
「それもこれも様がいらしたおかげですわね」
「いや、まったく意味わかんない」
自室に入ってくるなりニコニコと顔に笑みを浮かべてそう言った自分付の女官に私は速攻で口を開いた。
部屋にはいってきて私のおかげでとか言われてもわからない、というか話の脈絡がまったく見えない。
「もーまたまたぁ、様がいらしてから許都は大賑わいですのよ」
「そうなの?」
「えぇ、天女様が降り立ったと宮中は勿論、お城の外でも様のお話を耳にしない日はございませんのよ。大勢の人々の前に様は神々しく降りたたれましたからよもや作り話だの幻覚だの言う人間もおりませんしね」
「私の意志はどこにもなかったけどね」
「なにより我らが曹操様は様のお父上、天帝と言葉まで交わし人間の王とまで!あぁ!これで魏の国は安泰ですのね!」
「いや、アントニオは別に私の父親じゃ・・・」
「そう!そしてそのお言葉、様のお話といいましょうか、お言葉といいましょうか。とても不思議な響きのものがありますわよね、神秘的でちまたでは大人気ですのよ。女官は勿論、城の外の女たちも様を目指して語を特訓中だとか。わたくし、様のお傍に仕えるようになってから先生と女官達に呼ばれるようになりましたの」
「うん、どうして君はいつもいつもいつも私の話を聞いてくれないんだろう」
「さ、さ、お話はこれくらいにしてお召し物をかえましょうね〜」
「もう好きにしてくれ」
私がアントニオ・明夫・バンデラスに誘拐されて、ゲーム『真三國無双』の世界の魏という国に無理矢理連れてこられてからかれこれ2日が経った。
たった二日というなかれ。
されど二日というなかれ。
ぶっちゃけこの二日間、人生で一番濃い、もうなんというか今まで私が生きてきて20年と少しの時間を一気に濃縮したような、そんな濃さの二日間だった。
アントニオとは最初に会ったというか脳ジャックされてから一度も連絡をとれていない。
どれだけ名前を呼ぼうが(といっても大塚さーんとかアントニオォだけども)助けを呼ぼうが(声に出したら衛兵がわんさか駆けつけてきて困った)大塚・アントニオ・明夫さんは現れないし声も聞こえてこない。
いつかは元の世界に帰れると言っていたような〜とぼんやり思い出していたのだが、アントニオのその台詞に確かものすごい含みのある部分があったような気もしないでもなく。
つまり私は元の世界には帰れない、と早々に諦めをつけたほうがよさそうだということには気付いた。
天女だ天女だとおおはしゃぎする曹操様やら国民やら宮中人は放っておいて、唯一私のことを認めたくナーイというかここであったが百年目親の敵!みたいな恨みがましい目で見ていた夏侯惇が
「いつ帰るのだ?」
さっさと帰れ、今すぐ帰れ。
そんな含みのある部分まで聞こえてきそうな声で私に尋ねてきて思わず私は「さぁ」と答えてしまったのだが、いまとなっては永久就職するつもりですくらいのことを言っておけば良かったと後悔している。
まぁそう言えばそう言ったで曹操様たちは(私が珍しいイキモノだから)喜んで、夏侯惇は(早く帰れとばかりに)憎らしげに私をにらみつけたんだろうけども。
とりあえず、だ。
私の突拍子もない登場で一年で一番最初の大事な行事である舜典の儀は即刻中止となり、曹操様に手招きされて宮中へと連れて行かれありえないほどでっかい貴賓室をあてがわれた。
なにもかもが突然で慌ただしいので天女を迎える体制が整うまでしばらくその部屋で過ごしていてくれと言われ、別にいいのにと思いつつも縦に首をふっておき。
そこで今私の頭を鼻歌交じりにいじっている女官を紹介されたのだ。
頭の上でお団子二つ、白い布でお団子はしっかりと隠されている。
「春麗(チュンリー)と申します、天女様」
営業マンよりも腰が低いよ!?と驚けるほど腰をおったまま名前を名乗った彼女に対する最初の感想はいうまでもない。
「ストファイキタァ━━━(゜∀゜)━━━!!」
頭の中で音楽が流れる、いぃとぉしぃさぁとぉせぇつぅなぁさぁとぉこころづぅよぉさぁとぉ〜・・・・
ついでに「しょーりゅーけーん」とかいう飛びアッパーも思い出す。
なんだこれもアントニオの仕業か!?とぎょっとしたままの私に春麗は切れ長のちょっときつめの目を細めて
「それは天上界でのお言葉ですか?意味は・・・はじめまして、かしら」
と微笑みながら尋ねてきた。
そう、その瞬間から私と春麗のおかしな関係ができあがっていったんだと理解した。
「さぁ、御髪のほうも整いましたよ。さすが私、様、とても綺麗ですわ。うん、自画自賛」
「自分を褒めてるの?私を褒めてるの?」
「さて今日はどうなさいますか?午後からは曹操様に呼ばれていらっしゃいますのでそちらに向かうとして、それまではお時間、たっぷりあいていますよ?」
「そんな人の話を聞かないところも好きだよ、春麗」
「まぁありがとうございます。春麗も様のこと、愛してますわ」
ちょっと引いた。
「とりあえず、昨日もほとんど探索できなかったからせめてこの部屋の周りだけでもいいから歩いてみたいんだけど」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
ぺこりと頭をさげると春麗はそそくさと私の部屋を退出していく、他の女官だか女官長だか文官だかに今から出かけてきますよーとかきっと言わなきゃいけないんだろうと勝手に想像しておく。
春麗の後ろ姿を椅子に腰かけたままぼーっと見ていた私の頭の中ではただ一つ、薄い桃色の衣の下にあるきっと素晴らしいのであろうおみ足から百烈キックやらスピニングバードキックが繰り出されるのだろうか否かだけだ。