物語のはじまりはマンションの郵便受けに入っていた一通の手紙から。



手紙の差出人に私はどうもありがとうねとお礼を言えばいいのか、
それとも何してくれんねんと関西人でもないのにつっこめばいいのか。



どちらとも判断がつかない。
それはまさしく











to be or not to be










生きるべきか、死ぬべきか

























とまぁ、
そんな大げさな事を言ってはみたけれど、別に死ぬような状況におかれてるわけでもなけりゃ生きていかなきゃいけないって訳でもない。
シェイクスピアの翻訳だと大概to be or not to beは『生きるべきか死ぬべきか』って訳されるけど、ここではどちらかというと『感謝すべきかつっこむべきか』とでも訳しておいたほうが無難な気がする。

午前で授業が全て終わる今日は午後からバイトを目いっぱいいれていて、夜の10時になろうとしている今現在私は疲れた体を引きずって自宅のマンションまでだらだらと歩いていた。
本来なら大学三年生になっている筈なのだが、私の今の肩書きは大学二年生。
最初の一年を終えてしばらくやりたいことが見つからず、かといって大学でダラダラ面白くもない授業を受けるのにも嫌気が差し思い切って大学を一年間休学しその丸々一年を使って世界一周旅行なんてものを体験した。
一年生の間にも必死にバイトして溜めていたお金はその一年でパーっと使い果たし、勿論行った国の先々で仕事を見つけてはなんとか凌いではいたもののなかなかハードでスリリングな決して退屈ではない一年を過ごせたと我ながら思う。
その一年の体験を生かして、という訳ではないけれど将来的には日本を飛び出して働きたいなぁと常々思っていてその未来のためにこうして今スーパー勤労学生をしている。
疲れきった足にミュールは『上履きのなかに押しピンが知らずに入っていて思い切り踏んじゃった』みたいな感覚で、とにかく足の指の付け根がジンジンと痛い。
帰ったら一番にシャワーだと心の中で深く決意して、マンションの入り口のガラス張りのドアに手をかける。
最上階にエレベーターが止まっているのを確認してボタンを押すと、その間にすぐ傍の郵便受けの鍵をガチャガチャとまわし届いている郵便物を取り出す。
よくわからない広告や地域雑誌をゴミ箱に突っ込み、おいそれと簡単に捨てる事のできない名前と住所が書いてある封筒は全てカバンに押し込みちょうどいいタイミングでやってきたエレベーターに乗り込む。

「ただいまー」

誰もいない真っ暗な部屋に肩をゴキゴキ言わせながら向かいカバンをポンと放り投げるとすぐさま浴室へ向かいお風呂の準備をする。
設定温度は45度、これだけは譲れない。
人間って本来は42度か43度のお湯じゃないと低温火傷を負ってしまうのだと人に聞いた事があったのだけれど、46度といっても熱いのとピリピリするのは最初の1分ほどですぐに体に馴染んで快適な温度に感じるのだ。
ザッとお湯がはれるまでの間にカーテンを閉め、冷蔵庫から冷たい水のボトルを取り出すとそのまま口に含んでゴクゴクと飲み干していく。
多分今日は午後のバイトのせいで一日1.5リットルは飲めてない筈だ。
再び肩をゴキゴキ言わせながら服を脱いでいき、その間にパソコンのスイッチをつけ自分としては完璧なそれでいて合理的に寝るまでの準備を進めていく。
下着姿のままパソコン前のイスに腰掛け、冷蔵庫の中からあらかじめ作っておいて保存していたトマトサラダを取り出しシーザーサラダ用のドレッシングと粉チーズをぶっかけてパクパクと口に運ぶ。
パソコンは既に起動済みでタイで友達と一緒に撮った写真がデスクトップを飾っている、けれどこれもそろそろ飽きてきたので違う画像に替えなきゃなぁとおなざりに考えるだけ考える。
フォークを口に銜えたまま右手でカチカチとマウスをいじくってメールの画面を開けばメール受信中の文字が画面に浮かび上がり、しばらくするとピコーンなんて音とともに受信箱に新しいメールが3通はいってくる。
差出人の名前は海外で仲良くなった友達の名前で、これは週末にでも返そうとすぐにメールの窓自体を消してしまう。
そのままパソコンの電源を落とす事はせずに、床に落ちているカバンを取り上げ中に入っていた先程突っ込んだ封筒を全て取り出す。
けれどちょうど封筒を取り出したところでピーピーとお湯がはれた事をお知らせするアラームが部屋に響き、私は封筒の差出人だけチラっと確認するとその封筒をパソコン横にポンと放り出してそのままお風呂場へと向かうことにする。












   ――――有限会社T.D.T








放り出された封筒はパサと音を立ててキーボードの上に落ちた。