「すみません、きっと開ける部屋のドアを間違えたんだと思います」
「お、おい。箪笥の精!?」

ペコリと頭をさげると素敵筋肉さんが何か言う前に部屋のドアを素早く、それはもう目には見えぬ速さでバタンと閉めた。
目の前にあるのは白い壁と白いドア、毎日毎日目にしているいつもの何の変哲もない部屋のドアだ。
決して『いつでもどこでもドア』ではない。

「さっきのは私の夢か、幻覚か、蜃気楼か。まぁそんなんでしょ、うん」

一人勝手にうんうんと頷くとくるりと右向け右をして廊下をぺたぺたと裸足の足で歩く。
そのままキッチンの冷蔵庫をあけて水の入ったペットボトルを取り出してごきゅごきゅと飲み干していく。
ぷはぁ…と風呂上りかよってなくらい息をつくともう一度寝ようと思って首をごきっとならすとリビングのすぐ隣にある自分の部屋兼寝室に足を向ける。

「いつでもどこでもドアよりもスペアポケットの方がいいっつの。そうしたら便利道具全部使い放題!ほんやくコンニャクで世界中の言葉がペラペラ〜、透明マントでいつでもどこでも入り放題!ミニどらを愛でまくってそれからそれから」

ひっきりなしに頭の中に浮かんでは消え浮かんでは消えていく便利道具に思いを馳せる。
さて目覚ましが鳴るまでもう一回寝ようとばかりに部屋のドアのノブに手をかけたその時

「箪笥の精の部屋は見たことのないもので溢れているな!それに狭いぞ」

後ろからそんな渋いお声が聞こえてくる。
一人暮らしの家に人が入り込んだこととか聞いた事のある声だとか、もう何もかもひっくるめたことにギョっとしてノブに手をかけたまま後ろにグリンと振り返ると、リビングの真ん中で仁王立ちしているオジサマが視界にはいってくる。

何してんの人の部屋で!と怒鳴ればいいのだろうか。
不法侵入!!と怒鳴ればいいのだろうか。
さっきみたいにドロボウ!!と叫べばいいのか。
それとももう本能の赴くままに、素敵筋肉!!と叫べばいいのだろうか。



――――でも











「さっきの夢じゃなかったのォ!?!?」












朝っぱらだというのに頭を抱えて大声を張り上げてしまった私は意外と現実主義者らしい。














「はい、お茶どうぞー…」
「おぉ!すまんな。それにしてもこの椅子は座り心地が最高だな、このようなやわらかい椅子に座るのははじめてだ」
「はぁ、そうですか…それはソファーっつうもんです」
「そふぁー?椅子ではないのか。おお、箪笥の精の淹れてくれたお茶は器が変わった形をしているな。強く押せばへこむところをみると玻璃ではないようだが。ん?これはどうやって飲むんだ?」
「器でもなけりゃ玻璃でもなくてペットボトルですけどね…蓋をこうまわして取って口でもつけて飲んでください、その容器ごとあげますから」

お気に入りの三人がけソファーに始終キラキラした目で座っている素敵筋肉、改め素敵なオジサマ、改め呉の初代王サマ孫堅様にグラスにはいったお茶ではなくてペットボトルに入ったままの新品な烏龍茶を渡してやるも、飲み方もといボトルの開け方が当たり前だがわからないらしく逆さまにしてみたり振ってみたりするものだから仕方なく目の前でキャップを外してやりズイっと無言で彼の前に突き出した。
おお、すまんなとこれまたキラキラした目で感謝の言葉を述べられ、あぁいえ…とこっちがどもっている間に王サマは心底面白そうにペットボトルの入り口から中を覗いていたが意を決したかのように口をつけ飲み始め――

ゴフッ!ゲホッ…ゲホゲホッ…!!!」

どうやら勢いよく喉に流し込んでしまったらしく盛大に噴き出してくださった。
いや、しかし、良い男が悶える姿(性格には単に咳き込んでいるだけだけれど)は眼福としかいいようがない。

「お茶もしたたるいい男……たまりませんな
「た、箪笥の精…それはいいから何か拭くものを貸してくれ。零してしまってすまん!!」
「あぁ拭くものね、はいこれ使って」

そう言ってカウンターから布巾を放り投げてやると、片手でシュパっと綺麗にキャッチしてくれありがとうと笑顔をこちらに向けてくれる。
布巾をシュパっと取った一連の動作がたまらなくカッコイイ。
所詮いい男は何をしてもいいのかもしれない、たまらない。

「ああ、それにしても本当にすまん!」
「いや、別に孫堅サマのお召し物に零れただけですので私は別に構わないんですが?」
「なに!?茶を零してしまったのだぞ?!こんな高級なものをあろうことか俺は零しただけではなく噴き出してしまうなんて…っ!」

悔しそうに布巾を塗れた着物の上に宛てていくその様子を見ながら、あぁそういえば茶って超高級品なんだっけかと思い出す。
ハァとため息を零しながら服を拭いていくその姿がなんだか哀れで、ちょっと待っててとこぼすとキッチンの戸棚をあけて中から2リットルサイズのペットボトルを三本取り出してくる。
勿論ラベルは烏龍茶、どっちかというと苦手な(すぐに味に飽きてしまうのだ)烏龍茶なんだけれどもしもの為にと大安売りをしていたときに箱買いしておいたやつだ。
三本を腕で抱えて孫堅サマが座っているところの隣にボスボスボスとそれを投げ置いてやる。

「お、おお!?なんだ、これは」
「それもお茶。孫堅サマがさっき飲んでたヤツ。うちにはまだあるからそれ欲しいんだったらあげるよ?」
「なんと、くれるのか?箪笥の精は太っ腹だな、我が国にはそなたほど太っ腹な人間はおらぬぞ!」

再びキラキラした目で見つめてくる孫堅サマにうっと一瞬たじろいだものの(しかもこの人自分の国に心の狭い人間ばかりだと言わなかったか)すぐに蓋があけられたままのボトルに蓋をしてやる。
そうでもしないと零しそうで怖いのだ。

「感謝する、箪笥の精。この茶は俺が今まで飲んだどの茶よりも多少ぬるいがうまいぞ!」
「それはどうも有り難う、製造元が聞いたら大喜びでしょうよ。それはそうと孫堅サマ?」
「ん?なんだ?」

早速嬉しそうにボトル三本を抱えこんでいる孫堅サマの前の床に座り込んでニコっと笑いかけてやる。
孫堅サマも素敵な笑顔を私に、私だけにかえしてくれる。
あぁ、なんていい男なのかしらと恋する乙女かのごとく心の中でフゥとため息をつく、三児の父とは思えない。

「なんで孫堅サマが私の家にいるんでしょうかね?」

孫堅サマがいい男だってのも重要だけれどもそれよりも本題に入らないと私の貴重な睡眠タイム諸々がこのままではなくなってしまうということに気付き直球勝負とばかりにゲームの無双世界のキャラクターがここにいる理由を問いただす。
さっきのあのナルニア国物語もどき事件は夢ではなかったのか!?というか夢で片付けたかったのに、早々にぶち壊されてしまったのだ。
本当に色々ありえない。

「あぁ、やっと聞いてくれたか!」

が、孫堅サマはとても、えぇ、とてもとてもとてもカッコイイ笑みを浮かべて嬉々として口を開いてくださった。

「箪笥の精が消えたあとを追ったのだ。箪笥の奥にさらに扉があってな、そこを開けたらここだったのだ。それにしてもいきなり消えてしまうから俺は驚いてしまったぞ!」
「それはすみません、って何で私が謝らなくちゃいけないのさ!?」

寧ろいきなりリビングに現れた私の方がビックリしたんですが!?
そ・れ・よ・り・も・だ。








私の客室(物置)のドアはいつから『どこでもいつでもドア』になって孫堅サマの箪笥は『ナルニア国物語もどき』になってしまったのか。








―――トイレに行くまでに見ていたあの不思議な夢のことを、私はすっかり頭から消し去っていた。