「さァ、さァ、さァ。ゴチ並におみやもお渡ししたことですし、孫堅サマ?そろそろお帰りになっては?」

ペットボトル3本をバスバスバスと孫堅サマの腕の中に無理矢理押し込んで、ソファでものすごく自然体でくつろいでいたところを服を引っ張って起き上がらせて、よいしょよいしょとばかりにその背中を押しながら自分の家の客室、今はナルニア国物語(正確に言うと呉国物語だけれども)の入り口に向かう。
孫堅サマはというと私に背中を押されて時々訳がわかっていないのかなにやら声をあげているが、そんなの無視だ無視!

ギブミーマイ睡眠ターイム!!

客室のドアを開ければやっぱりそこは真っ暗な空間で、その先に光が見えるからまだ孫堅サマの箪笥と繋がっているのだろう。
繋がってなかったらなんてことは考えていなかったので安心するような事もなく、とにかくその中にグイグイと筋肉ガッシリの体を押し込んでいく。
箪笥の中はやはり高さ的に小さくて孫堅サマは頭をさげるようにして箪笥の中を通り抜けると、ぴょんと軽く飛び降りた。
なんだなんだとそこでようやく彼は私のいる後ろに振り返ったけれど、私は既に箪笥の扉に手をかけていて。

「た、箪笥の精!?もう帰るのか!?」

慌てた様子で孫堅サマの手が閉まりかけの扉にかかるが、ペチペチとそれを払い落とすと私ははじめて孫堅サマに向かって笑顔を見せた。

「箪笥の精はもうオネムの時間です。箪笥の精は布団を必要としています。箪笥の精は我が家の布団をなによりも愛しています」
「・・・は?」
「ということでさらばだ、お土産はしっかり渡したからそれで我慢してくれたまえ。ではアデュー!!

そういってバタンと箪笥の扉を閉める。
急いで箪笥の奥にある自分の家と繋がっている扉をくぐって廊下に出、客室のドアをしめるとリビングから椅子を持ってきてドアの前にドーンとおく。
そこまで重い椅子ではないけれど狭い廊下でこの椅子を間に挟んだまま客室のドアで人が通れるほどの隙間をつくることは不可能だ。
目の前には白い壁と白いドア、そして廊下にポツンとある椅子。
けれどそれを見ているとなんだか思わず笑いがこみ上げてきて

ふはははは、私の勝利よ!!ふはははは

どこぞの顔色の悪い軍師のように高笑いをあげたのだった。












その後、言うまでもなく私は布団の中にもぐりこんで携帯がピピピピと本来起きる予定だった時間にアラーム音をならすまで至福の時を過ごした。
短い時間(人は4時間を短いとは言わないかもしれないけれど)しか眠れなかったものの、それなりに頭はスッキリしている。
くわっと口をあけて伸びを一つするとよっこらせとばかりにベッドから足をおろし、寝起きの一杯とばかりに水を飲みに行こうと思い立ち上がろうとした。
そのときふとベッドサイドにあるローテーブルに一枚の真っ白な封筒とガラス製の砂時計が一つポンと置かれているのが目に入る。
ローテーブルの上には普段眼鏡だとか寝るまでに読んでいた小説だとかしか置いていない。
今眼鏡はのびた君でもないからしっかりと顔にかけているし、昨日はなんだか疲れて帰ってきたらすぐにバタンキューだったから本も読んでいない。
ローテーブルの上には何もないはずだ、自分の記憶を思い起こしてみても寝る前にこんな白い封筒はなかったはずなのだ、勿論砂時計などこの家に引っ越してきてからこのかた買った事も貰った事もない。
気味が悪いなぁと思いつつも立ち上がることなく足だけぶらんとベッドから投げ出しローテーブルに手を伸ばす。
掴んだ白い封筒を顔の前でピラピラさせてみるけれど、いたって普通の封筒だ。
中からカミソリがでてくることもなけりゃ、呪詛めいた紙がでてくることもない。髪の毛もでてこない(でてきたらでてきたで、多分私はマジ泣きするだろうけど)
わけがわからんとばかりに首をかしげるものの、それでその中身が何かわかるわけでもないので諦めて封をきり中に入ってるものを取り出す。
パサと音をたてて出てきたのはこれまた白い便箋で、その紙面を走る文字は手書きではなく明らかに機械的なものだ。






拝啓  


このたびは夢紀行企画へのご参加、まことにありがとうございます。
今回参加していただく様には、初回限定サービスとして特典をご用意させていただきました。
アンケート用紙を拝見した限り様はオプション1をご希望のようでしたので、お客様の夢紀行計画に沿ったオプションをご用意させていただきました。
昨晩担当の者がご挨拶にうかがわせていたかと思います、その際手渡された砂時計が今回の特典オプションと夢紀行自体の制限時間を示すものですので紛失しないようお気をつけ下さい。

砂時計は二重になっておりまして、中の小さな砂時計がオプション専用になります。
そちらの砂が落ちきった時オプションは終了し、自動的に夢紀行専用の砂時計、すなわち大きな砂時計の砂が落ち始めます。
と同時に様の夢紀行もスタートいたしますので、環境が自動的に様お望みの場所へと変わります。
時間には充分にお気をつけくださいませ。

さて、基本的なことは担当のものから聞いたと思われますのであとは簡単な事項だけ確認のため、筆記させていただきます。

夢紀行参加者 :  
年齢 : 21歳
旅先 : ゲーム真三國無双の呉国 (目的は女性キャラ)
希望オプション : ハリーポッターのような魔法使いになりたい魔法使いサリーの杖

尚お客様のオプションは只今在庫切れの為、こちらで新たにご用意させていただきました。

特典オプション : 孫堅様と今の間に仲良くなっちゃおうぜ!企画
様の客室と孫堅様の箪笥とが期限が切れるまで繋がっております。
様の客室にあった物は全てこちらで保管していますのでご安心ください。
尚お繋ぎしている空間ですが我が侭なため時々消えます、ご注意ください

特典オプションは一週間、夢紀行は3ヶ月お楽しみいただけます。
なお、特典オプション中は様の世界と向こうの世界との時間軸は同じものですので、同じように時間が流れます。
夢紀行中は向こうの世界の時間軸だけが稼動しますので、様本来の世界の時間はまったく動きません。
どうぞ安心して楽しんでいってください。

なお、質問等ございましたら下記の番号にご連絡下さいませ。
それでは、よい旅を!!


有限会社T.D.T    ×××-×××-××××









「な、なんじゃこら・・・」

紙一面に広がる文章に思わずポカンと口が開いてしまう。
馬鹿みたいな夢みたいな話だ、ゲームの世界に旅立とうだなんて。
けれど、馬鹿にできない何かが自分の頭というか記憶にひっそりとある。
昨日、夢の中で部長と自ら名乗る変なおじさんに出会ったばかりだ。
それだけじゃない、確かに夢の中でけちょんけちょんに馬鹿にされた記憶もあれば逆さまにしても砂が起きてこない不思議な砂時計を受け取った記憶もある。
ただし、夢の中で、だけれど。
でも、と私はローテーブルにあるもう一つの置物、砂時計に手を伸ばした。

「夢みたいな話なのに、夢じゃない・・・?まじ?」

掴んだ砂時計は確かに夢で見たものとまったく同じデザインのもので、それで普通ならありえないことに逆さまになっている状態にも関わらず砂が上から全く落ちてこないのだった。
重力の法則はどこへいった!?