「孫堅に孫策?」



寝室のドアをあければなぜかリビングで我が家のように寛いでいるありえない人たちの姿。
そもそも二次元の人物なわけだから立体的なはずがないのに何故かいる男二人。
呆然とドア付近で立ち尽くし、彼らの名前を音にのせる。
それはどちらかというと確認の意味合いをかねての無意識の行動だったのだけれど、私の声はしっかりと二人の耳にはいったらしい。
聞こえてきた言葉に私同様二人は目を大きくひらくと

「・・・・・・しょ、尚香?父と呼んでくれないなんて」
「・・・・・・しょ、尚香?いつもみたいに兄様って呼ばねえなんて」
「「反抗期かっ!?」」

そこまで取り乱さなくてもといいたくなるほど取り乱しながら、私の目の前にあわててやってくる。
ファミリータイプマンションといっても所詮は日本の家、狭くて彼らの歩幅だとほんの2,3歩で、それはもう本当に一瞬の事だった。
目の前にがっつりとはいってくるダンディーな親父の顔と、歳の割にはアゴヒゲのせいか老けて、いや、とても実際の年齢よりも上にみえる顔。

「しかもなんだ、その格好は!薄っぺらい布きれ一枚羽織っただけではないか!はしたないぞッ!!」
「俺が尚香の気に入っていた衣を破ったことを根にもってるのか?それともアレか、次の戦に連れて行くってのを忘れてたことか!?いやそれとも」

がっしりと人様の肩をつかんでパジャマの上着をベロンとめくろうとするダンディに、本来の孫尚香にたいして後ろめたいことがどっさりあるらしいマッスル野郎。
朝(といっても昼に近いけれど)からの大きな声に耳をふさぎたくなるが、どうにもこうにもダンディの腕のあまりの強さに自分の腕をあげることができない。
右から左からやいのやいの、いい加減腹が立ってくる。
そうだ、尚香なんて姿をしてるからだと今更に気付く。さんざん目の前の二人が尚香の名前を言っているにもかかわらずだ。







変身呪文は「ゴナトゥ カラク デトデナル」







「ゴナトゥ カラク デトデナル。元にもどれ」

二人がわぁわぁと見当違いなことをくっちゃべってる間に小さく呪文を呟けば、少し前に呪文を唱えたように自分の後ろの床に転がっていた杖から光があふれだし私の体を包み込んでいく。
息を呑んで呆然とする二人の目の前で、きらきらと輝く光のベールは私の体を細胞レベルから変えていく。
ボンキュッボンな身体からペチャキュ?ボヨヨンな身体へ。
綺麗に整った美しい顔は至って平凡ちょっぴり日焼けした顔に。

「しょ、尚香!?おい!」
「待て、策。これは・・・」

少しずつ光のベールが私の身体から薄れていく、それにつれて視界がはっきりとしてくる。
まぶしくて見えなかった私の目の前には驚きに目が飛び出そうなほど見開いて口をポカンとだらしなくあけた孫策と驚いているのだろうけどどこか嬉しそうに口のはしが上にあがっている孫堅の顔。

「だ、誰だァ、お前・・・」
「箪笥の精、お前だったのか」
「親父?なに言って・・・だってついさっきまで目の前に尚香が」
「箪笥の精、先程まで俺たちが見て喋って触れていた尚香はお前なのだな?俺の娘の尚香じゃなく、姿を変えたお前だったんだろう?」
「だから親父ィ・・・」

今度は一人でペラペラペラと親父さんが口を開く。なんだか悦にはいっているように見えるのは私だけ?

「ああ!箪笥の精!会いたかった!ここは俺の部屋よりも居心地がいいんだ」
「・・・・ドアのところに開かないように椅子を置いてたはずなんだけど」
「どあ?ああ扉のことか、押しても押してもびくともしないから壊してみた。箪笥の精の棲家に繋がっているか不安だったが杞憂だったようだ、こうして再びお前に会えた」
ギャーーー!セクハラァ!

ダンディさんはニコリと惚れ惚れするような笑みを浮かべた後両腕を伸ばし隣に立っていた相変わらず呆然としたままの孫策の身体を押しのけると私の身体をその腕の中に抱え込む。
がっしりとした腕、程よい温かさ、たくましい胸筋、腰にくる素敵な声。
あふんと膝が笑いそうになり床に沈み込みそうになるが、逞しい二本の腕が私の身体を支える。
自分は結構面食いだとは思っていたけれど、いきなり抱きかかえられてうっかり昇天してしまいそうになるほど落ちぶれてはいないはずだ。
なのになんだ、このザマは。
このダンディからはなにか怪しげな親父フェロモンでも出ているとでもいうのだろうか。

「箪笥の精・・・・」
「・・・・・はっ!いかんいかん、親父フェロモンに危うくノックダウンされるところだった!んーんー、この思わず頬擦りしたくなるような腕を外して、孫堅サマァ」

蓑虫のようにたくましい両腕の中でもぞもぞと動いてみるがびくともしない。
さすがだ、さすがナイス筋肉。
しかしそうも言ってられないしウットリしてる暇もない、なぜならフェロモン親父は私を筋肉の虜にする前にとんでもないことを口走ったから。

「人ンちのドア壊したんだろ!?不法侵入、器物損害、恋ドロボウ、いくら王サマでも見逃せないわ!ただでさえあの部屋の中身がっていうか、部屋自体が行方不明だっつうのにドアなんて壊しちゃったらもう常にエンジン全開ナル○ア国物語じゃないのさ!」
「はっはっは、恋ドロボウか。そうか、俺もまだまだいけるな!」
「うんうん、まだまだこれからよってそうじゃなーい!部屋のドア勝手に壊しちゃったらこの家を出て行くときにわざわざ自費で直さなきゃいけないのよ!?ていうよりも出て行くときもまだ孫堅サマの箪笥に繋がってたらうっかり出て行くこともできないじゃん!」
「扉を直せばいいのか?ふむ、箪笥の精の棲家だからな。華美な扉を職人に作らせよう」

暖簾にうでおし、ぬかにくぎ。
何をいっても通じない、むしろ会話がかみ合わない。
私を閉じ込めたままの腕もびくともしない。
マイワールドに突入しているブルジョワ階級もいいとこの現職王様な孫堅サマと、行方不明の部屋と壊されたドアに頭の中のそろばんをはじきまくっている私。
そして―――

「親父ィ、ついていけねえんだけどよぉ」

頭の回転が非常に遅い、すっかり存在を忘れられていた若様な孫策と。
狭い狭い部屋の入り口で三人そろって突っ立ていた。




現状を打破する方法が思いつかない、どうしよう。