コンコンとノックをすると返事よりも先にがちゃと音を立てて扉が勝手に開いた。
勝手にというのは語弊があるだろう、部屋の中にいたネムが開けてくれたのだ。
たいちょう、ネムの口がそう呟いたような気がした。
彼女がそう音にするよりも早くは部屋の中に体を滑り込ませてしまっていたけれど。
「マユリさんが液体になったって聞いたもので、うふふ、笑いに来ました」
『本人前にしてよくそんな口がきけるものだネ!!このバカ女が!!』
「あらあらあらぁ、本当に見事に液体になってらっしゃるわ。ネムさん、この液体は酸性かしら?」
ちゃぷんと揺れる液体を見下ろしながら口元に手をやって笑みを浮かべるの言葉に質問をされたネムは質問の意味がよくわからなかったのか戸惑いを見せた。
さんせい?と首をかしげるネムには人の悪い笑みを浮かべると懐に手をやりなにかごそごそと取り出した。
「ほら、リトマス試験紙。ついでだからマユリさんは酸性かアルカリ性か調べてさしあげるわね」
「た、隊長・・・マ、マユリ様はそんな酸性だとかアルカリ性だとかでは」
「まあ!ネムさん、青色リトマス試験紙が赤色に変化したわ!マユリさんてば酸性なのね、どうりでしょっぱいわけだわ」
『こんのクソ女!一体どういう意味だネ!?失礼にもほどがあるんじゃないのかネ!?』
はぁと納得したように頬に片手を当て赤色に変化したリトマス試験紙を見つめるに液体化したマユリはキンキン声をはりあげるものの、いかんせん液体。
どこかたまにボココボココと空気の混じったような音がする。
の差し出したリトマス試験紙をじっと見つめるどころか凝視しているネムはマユリがぎゃーぎゃーと喚きたてていても微動だにしない。
赤色以外なにものでもないリトマス試験紙をただ呆然と見つめている。
「酸性・・・それはアレニウスによると水に溶けてプロトンを放出し、ブレンステッドによると塩基にプロトンを与え、ルイスによると塩基から電子対を受け取るといわれている性質。そして舐めると目をぎゅっと瞑ってしまいたくなるほどの酸っぱさを感じる事ができる」
『ネムゥ!!化学の勉強はいまさらいいヨ!さっさとこのバカ女はここから追い出せ』
「隊長、マユリ様は本当に酸性なのでしょうか?中性には変化しないのでしょうか・・・」
『ネムゥ!?』
「そうね、マユリさんはかわいそうにもしょっぱいのよ色々とね。きっとこれで苦かったらアルカリ性になれたのでしょうけど、マユリさんは周りを苦くさせることに関しては天才的だけど本人は苦くないんですもの。生まれてから死ぬまで酸性なのよ、リトマス試験紙が赤色にかわることはないの。ああ、マユリさん!!」
「マユリ様、そんな・・・」
ちゃぽちゃぽ揺れる液体の傍で顔を覆ってこの世の終わりみたいな声で自分の名前を叫ぶ女二人に液体人間はひくひくさせる米神も見当たらずひくひく引き攣らせることのできる頬も見当たらず、ただマユリマユリと連呼する二人の声を嫌でも聞きイライラしながら揺れるだけである。
「ええい!!腹の立つメス豚どもだネッ!!!」
ザバーっと音を立てて液体からもとの人間もどきへと急ぎ再生・・・いやむしろ再製だろうか、とにかく人間形態に戻ったマユリは服を着ていないことなど気にもせずドスンドスンと元に戻った足を床に下ろした。
ベチョベチョと水なのかマユリ液なのかわからないがとにかく何かしらの液体が床にじんわりと広がりすぐにじゅわっと気化してしまう。
「私が酸性だのアルカリ性だの中性だの、そんなことがあってたまるか!!ネムッ、お前もそこの虫ケラ以下の馬鹿に付き合う必要などないヨ!さっさと私の服を持ってこいっ!!」
「は、はいマユリ様」
「そこのバカ女も用事がないならさっさと仕事にでも戻ったらどうだネ!?私はもうお前のぶんまで仕事なんてしないヨ!せいぜい阿近たちをこき使うといい、私の研究の邪魔だけはするな」
「真っ裸でそう大々的に言われても締まるところも締まらないわ、マユリさん。だいたい仕事仕事仕事・・・嫌になるわ、もう筆なんて持ちたくないの。あれ以上重いものは持てないわ」
バタバタとマユリの服をとりに部屋をでていくネムと違い、はマユリの前で堂々と手を組んで仁王立ち。
真っ裸で突っ立っているマユリもマユリだが恥ずかしがろうともせず寧ろ堂々とマユリを正面に構えるもである。
お互いにしてみれば色んな意味で「何を今更・・・」なのだろうけれども。
「ふざけたことを言うんじゃないヨ、今度は私が引き篭もってやるからナ!お前はせいぜい今までの私のようにヒィヒィ言えばいいんだヨ!」
「ひーひー」
「キィ!!棒読みで言われても嬉しくなんかないんだヨッ!!」
「ついでにヒッヒッフー、ヒッヒッフー」
サイボーグメイクをしていない状態のマユリの顔がメイクを施しているときと同じくらい歪んだかと思うと彼の両手が脇にあった薬棚の中につっこまれすぐさま剛球も剛球、ナイスピッチングとばかりに手に掴んだものを目掛けて投げつける。
ギュンと音を立てて横行する髑髏マークのラベルが貼ってあるビンはタイミングよく部屋の扉を開けたネムの顔面すれすれを通りすぎ目掛けて飛んでいくものの、ひょいひょいと首の動作だけでビンを全て避けてしまう。
投げつけられたビンはことごとくに避けられどうなったかというと後ろの壁という壁に全てぶち当たり、デロデロデロと壁伝いに劇薬という劇薬が流れ落ち。
「あら、煙」
「隊長、それは煙ではなくて有毒ガスです。化学反応を起こしているようです」
「あらまあ、じゃあこんな危険な部屋の中で少しでも火花を散らすとボカーンですね。まあマユリさんのお部屋ですし、構わないんですけど」
そう言っていつの間にかネムを脇に抱えてマユリの部屋から一歩外に出たところに立っているは困ったように頬に空いている手を当て、そしてエイと声をかけて近くにあったビンのカケラを蹴り上げた。
カツンとマユリの部屋の壁にカケラがぶつかった音が聞こえてきた次の瞬間
ドカーーーーーーーーン!!
マユリの私室兼研究室は見事に吹き飛んだ。
「マユリ様・・・」
「綺麗に爆発しましたね、バカ女と呼ばれるのは気にならないのですけどお前とマユリさんに呼ばれるのだけは耐えられないんですもの。マユリさん、永遠に・・・」
「なにかおかしい気がします隊長」
「気のせいです、全て気のせいですよネムさん」
脇にかかえられたまま崩れ落ちていく部屋を見つめながらネムはどこか釈然としないものを感じながらも隊長が気のせいといえば気のせいなのだろうと素直に頷いておく。
ガラガラガラと色々なものが燃え尽きていく中にマユリの姿が見受けられないが、きっとマユリだから大丈夫だろう。
ただ余りの高熱に気化しているかもしれないという不安がかすかにあるのだけれど。
「そういえば隊長、先程一番隊のほうから伝令が」
「伝令?」
「はい、処刑の日取りがいくばくか早まったそうです。隊長、副隊長は出席するようにとのことですが」
そこまで言ってネムが言葉を区切る。
二人揃って静かにいまだゴウゴウと炎をあげながら崩れていくマユリの研究室を見つめた。
「処刑に出席したら何年分の仕事に換算してもらえるかしら・・・」
「さぁ、見当もつきません隊長。どうなさいます、出席なさいますか?」
「・・・・・・・マユリさんはもしかすると空気と一体化しているかもしれないですね、酸性だったことを考えると今頃二酸化炭素か一酸化炭素でしょうか。とりあえずネムさんが副隊長に昇格かしら・・・」
ふっと首をあげれば空は雲ひとつなく真っ青で。
「深呼吸したらマユリさんを取り込んでしまうことになるのかしらね、ネムさん・・・って言ったそばから呼吸するのをやめないでちょうだい!息をするのよ、息!」
「隊長、さっきの爆発音はなんで・・・って副隊長の研究室が・・・また予算が・・・」
「ギャーーーー!!やっぱり技術開発局暗黒時代の到来じゃねえかァッ!!」
「コケシさん、お黙りなさいな。とにかくネムさん、呼吸!!ほら、ヒッヒッフーヒッヒッフー!!」
旅禍が来ようが災いが降りかかろうが十二番隊は十二番隊で
騒がしい出来事のおかげではほんの少しだけ旅禍の中に四楓院夜一がいることを忘れることができた。
ただ、ほんの少しだけ。