少しお時間いただけますか、朽木さん。
そう言って誰も寄ってこなかった四深牢に見知らぬ女性がやってきたのは私が処刑される日のちょうど前日だった。














「隊長副隊長と揃ってない隊が多いっスねぇ。ところで隊長、オレさっきからすっげぇ悪寒がするんスけど」
「黙れ、大前田。貴様に悪寒が走ろうが嗚咽がでようが私は知らん」

バッサリスッパリ。
某八番隊の三席ならば涎ものの台詞も大前田にしてみれば鼻血ものの台詞だ、興奮してではなくもれなく裏拳が飛んできて仕方なくオプションが鼻血になるだけなのだが。
さすがに処刑場には油せんべいなるものは持ってきてはいないが、どうにもこうにも確かに大前田の顔色は他の人間から見ても悪い。
気付かぬは砕蜂のみ、いや眼中に1ミクロンも入れる隙間がないということか。

「大前田さん、本当に大丈夫ですか?お顔がどことなく青いですけど」

卯ノ花が小さいから頭ごなしの会話になってしまうものの勇音が心配そうに尋ねる。
大前田は勇音の心配そうな声に返答するでもなく、ただブルリと無駄にでかい体をふるわせた。
処刑はもうすぐ始まってしまう、罪人朽木ルキアはそろそろこの場へとやってくる段取りだ。

「あの、本当に・・・」
「たたたたた隊長、やつが!やつが来ます!!オレのシックスセンスがそう告げてます!!」
「・・・・・・奴だと?」

ガタガタブルブル。
図体のでかい男の貧乏ゆすりも腹が立つが、図体のでかい男が自分の両腕で自分の体を抱きかかえながら震える様も腹が立つ。
本来ならここで砕蜂がバッサリスッパリ、言葉ではなく何かしらの凶器(はたまた彼女の場合体全体が凶器にもなりうるのだが)をもってしてバッサリスッパリいっていたに違いないのだが。
大前田の『奴が来る』という台詞にピクリと彼女らしくない反応を砕蜂は返した。

「奴です、絶対に奴です!オレのレーダーが!!」
「黙れ、大前田。あいつは一昨日再び引き篭もりはじめたはずで」
「それは私のことかしら、不細工」

うふふ。
そんな笑い声が大前田の耳元で聞こえてきたと同時に処刑されるわけでもないのにこの世の終わりのような叫び声を大前田はあらん限りの声で張り上げた。
すぐに砕蜂の半端ない踵おとしによってプツリと消えたが。

!?お前、一体何故・・・」
「あらいやだ、梢綾。隊長副隊長はお呼びなんでしょう?仕事をまっとうしにここへやってきただけですよ」
「その名前で私を呼ぶな!!だいたいお前の隊はいつから副隊長が阿近に変わったのだ!?そもそも引き篭もってばかりで仕事なぞ涅に押し付けてばかりだったお前が何を今更!」
「あん、ひどい梢綾。マユリさんは今空気になってそこかしこを漂っているんですもの、ネムさんは呼吸不全を起こしているし。仕方なく阿近さんで代用してみました」
「だからその名で呼ぶなと」

突然大前田の後ろからウフフと笑いながら現れた見知らぬ女性に勇音は先程の大前田以上に驚いてしまい、思わず隠れきらないのをわかっていながらも条件反射で卯ノ花の背中に隠れてしまう。
二番隊隊長である砕蜂を梢綾と呼び見間違いでなければ技研のチーフ阿近を連れている彼女はいつもマユリが肩におざなりにかけている白羽織を羽織っていて、そしてその白羽織の下は今度こそ見間違いでもなんでもなく死覇装を装っている。
え、え、と戸惑う勇音と同じような戸惑っている反応をする七緒を傍目に現れた女性に心当たりがありまくりの京楽と白哉は驚きで目を大きくして砕蜂に詰め寄られている彼女を見つめた。

「うっそぉ、ちゃん?」
「お久しぶりです、卯ノ花隊長とそのほかの皆さん、ついでに総隊長。知らない方もいらっしゃるみたいですけど」
「・・・今ボクと朽木くんってその他で一緒くたにされた?でもついでの山爺よりマシかなぁ」
「たいして変わりませんよ、隊長」

『その他』と『ついで』、そうたいして変わらないくらいに相手の眼中にはないってことをさりげなく七緒が京楽に指摘する。
やっぱりぃとか言いながら笠をぼりぼりと触る京楽にハァとため息をつきながらも七緒は改めて十二の紋章の入った白羽織を着こなす女性の姿を視界におさめキュと眼鏡を指で押さえた。
どうやら彼女のことを知らないのは自分と勇音だけらしいということはわかった、そして京楽をはじめ隊長たちは皆彼女のことを知っているらしいということも。

「おぬし、!!今頃のこのこ現れおってからに・・・!!」
「血圧上がりますよ、総隊長。もう御歳でしょう?引退なさっては?」
「だまらっしゃい、だいいち涅はどうした!?おぬしの隊はいつから阿近が副隊長に昇格したんじゃ!!」
「もう、お耳が遠いのかしら。先程梢綾にも説明したとおりマユリさんは二酸化炭素に変わってネムさんは心不全」
隊長、呼吸不全ですよ」
「ああ、そうでした。ネムさんは呼吸不全、副隊長も三席も不在ですから仕方なく阿近を。いけませんでした?」

しゃあしゃあと言ってのけると呼ばれた女性に山本はピクピクと額の血管を浮き上がらせ両手で掴む杖にも力が篭りビキと嫌な音をたてた。
おろおろと山本の横で慌てる雀部をよそに山本は我慢ならんとばかりに阿近の名前をはりあげた。

「・・・うちの隊長が副隊長の研究室を副隊長ごと爆破しまして。現在総員当たらせて副隊長の痕跡を探している最中です。三席は言うのもバカらしい理由で自ら呼吸を止めてしまいまして只今仕方なく人工心肺で無理矢理生かしてる状況です」

と呼ばれた女性同様にしゃあしゃあとトンデモナイことを山本に向かって説明する阿近にその場に居合わせたものは唖然としながらパチパチと瞬きをして。
そして、ゆっくりと女性に、いや、十二番隊の隊長らしい人物にそろって視線をずらした。

「ま、まさか、彼女が・・・」
「昼行灯!?十二番隊隊長の!?」

口に手を当て驚きの声をあげる勇音と七緒に卯ノ花と京楽が肯定の意味をこめてポンと彼女達の肩に手を置いた。

「まあそういうわけですので、たまにはお仕事をしましょと思いましてやってきた次第です。ああ、ほら総隊長、朽木さんがやってきましたよ」
「仕事をする気になったのならばもう少し早くなってほしかったのぅ、おぬし藍染がどうなったか知らぬわけではあるまい?」
「ネムさんから話は聞いてますよ。でもつい先日ですもの、どうしようもありませんわね。その頃私は秘密基地でどうやって隊長職をマユリさんに押し付けようか次の算段を考えていましたもの」

うふふ。
そう綺麗に笑う彼女の笑い声に卯ノ花よりも空恐ろしいものを感じてしまうのはどうしてだろうと勇音はチラリと卯ノ花に視線をよこした。
パチリと合う筈がないと思っていたのに卯ノ花とばっちり目があってしまい、勇音は背中に冷や汗を流しながらもなんとか頑張って顔に笑みをはりつけその場をやりのがした。

「・・・くっ、おぬしへの説教はまた後で嫌って程してやるわい、楽しみにしておれ!とにかくは今はすぐに自分の持ち場へ戻らぬか!!」
「また後で?楽しみにしてます、総隊長」
「って言っておるそばから・・・おぬしの控えるべき場所は大前田の上ではないっ!おとなしゅう伊勢の隣で立っておれ!」

誰も気にも留めなかった地面に倒れている大前田の腹の上に遠慮なく立ったに山本は杖を地面にドコンと打ち付けて声をはりあげた。
えーと大前田の上から足をどけるのを嫌がるに砕蜂がただ一言、そこからどけと言えばは素直に大前田の腹から足をどけ地に足をつけた。
ただ足をどける際にさりげなくギュルリと足を腹にねじ込んではいたが。
いい度胸じゃとギリギリと杖を両手で雑巾を絞るかのごとく握り締める山本をサラリと無視すると、は我関せずの態度を貫き通している阿近を連れて仕方なく足を動かしはじめる。

・・・」
「なあに、梢綾?できれば私も下の名前で呼ばれたいわ・・・」
「お前が梢綾と呼ばなくなったら考えてやってもいいが、それよりもだ。お前の場所は伊勢の隣だと総隊長殿も何度も言っておるだろう、何故私の隣に堂々と立っている!?」
「・・・・・・梢綾の隣がいいんですもの。それに私、伊勢さんって方知らないわ」
「阿近!!」
「へいへい、申し訳ありませんでしたー・・・ほら、こっちっすよ、隊長」

あーん!梢綾!梢綾!シャオリーーーン!!!
両腕を砕蜂に向かって伸ばし彼女の今となっては誰も知らないはずの幼名を何度も何度も口にするの首根っこを掴み、ズルズルと阿近は砕蜂の立つ場所とは正反対の場所へと引きずっていく。



処刑はまだ始まらない。