ひとめぼれ。
漢字になおすと一目惚れ。

一目惚れが起こる理由というものを心理学的に考えると三つあげることができるという。

一つ目、相手が自分の理想していた人物そのものだったとき。
なんでも自身の理想像に出会ってしまうと否が応でも親近感を抱いてしまうもの、らしい。

二つ目、顔を識別するパーツが自身と似ているとき。
これまた自分と似ているということが親近感を抱かせてしまう、らしい。

三つ目、自分の遺伝子と大きくかけ離れた遺伝子を持っているとき。
後世により良い遺伝子を残そうと人間としての本能が働く、らしい。
遺伝子なんて肉眼で見えるものどころか光学顕微鏡でも見えるか疑わしいものを、人は一瞬にしてどうやって見分けるのかというと阿呆らしいことこの上ないが『匂い』で区別をつけるのだという。

本当かと疑いたくなるような心理学だといつだったか誰かにそんなことを聞いたとき馬鹿にしたものだ。
流魂街をさ迷っていたときに知り合った妙齢の女性に一目惚れをすると音がすると言われたこともある。
その音はドキューンだったりズキューンだったりドゴーンだったりするのか、それはわからないがとにかく音がするらしい。
それすらも馬鹿馬鹿しいと思いさえしたのに、だ。








リーンゴーンゴーンゴォンゴォォン……







最初はチャペルのようなかわいらしい音だったのに段々その音は低音になっていき最後には寺の鐘のような音になった。
寺の鐘、大晦日に聞くあの物悲しい音だ。
そんな音が本人だけではなく後ろに控えていた僕、綾瀬川弓親にまで聞こえてきたのは彼の自他共に認める友人が自分から吹っかけた喧嘩でみすぼらしくもズタボロにされてそのズタボロにしてくれた相手の後ろからひょっこりと顔をのぞかせたピンク色の髪の女の子を視界におさめた瞬間だった。
喧嘩(とすらも言えなかったかも知れないけれど)に圧勝した男の肩にへばりついていた小さな小さな赤子と変わらない女の子と同じピンク色の髪はくるくるとウェーブをえがいていてとてもかわいらしい。
可憐な女の子の隣に佇む強面の子連れ狼、絵面としては大変微妙だ。
微妙どころかお互いの可憐さと強面っぷりが強調されてしまうような組み合わせだ。

(一目惚れの瞬間なんてはじめて見た、かな?)

岩に腰掛けていた僕の視界には段々と蛸よろしくツルツルの頭を真っ赤にしていく斑目一角の姿があった。


















「ね、一角」
「・・・・・・・」
「おーい、一角。乙女座りなんかしちゃってる一角くーん」
「・・・・・・・」
「ハゲ」
ダレがハゲじゃぁぁあああああ!!!!

思考回路が桃色一色になっても頭、むしろ頭皮といったほうがいいのか、とにかくソレに関しては触れてほしくないらしい。
いっそあっぱれと言ってしまったほうがいいような過剰反応である。

「なんだ、起きてるんじゃない。人が名前呼んでるんだから返事くらいしてよ」
「お、お、お前なあ!人がちょっと物思いにふけってるっていうのに・・・」

理不尽だなんだと地面にのの字を書き出した一角の姿からは少し前までの漢らしさというものが見るも無残に影に隠れてしまっている。
真っ赤ではなくなったもののピカリと光る頭はいまだピンク色で、少しグロテスクだなんて僕は思っちゃいない。
あまり視界にいれたくはないと思っているけれど。
ただ、一角のこんな何かに打ちのめされてしまっている姿なんてのははじめて見るわけでワクワクしないと言えば嘘になる。
いや、正直に言おう。
ワクワクどころか面白くてたまらない。

「あのピンク色の髪の子、かわいかったよね。小さくって、ふわふわして、守ってあげたくなるような」
「バババババ、んな、白くて俺の手にすっぽりおさまっちまいそうな手だとか、くるくるの髪がわたあめみたいで可愛いとか、花をあげたら喜んでくれるかなとかなんて考えてねえぞっ!!」

なんて正直なのだろう、この男は。
むしろあの一角が、そんな桃色思考回路を持っていたことに驚きすら覚えてしまう。
喧嘩一筋喧嘩上等戦闘狂三度の飯より喧嘩と戦闘。
一角といえばそんな単語がずらずらと出てくるのにだ、いまではすっかり桃色、いや、自分で地雷を踏んでしまって再び蛸のごとく真っ赤になっている。
あのピンク色の女の子一人を思い返して、だ。

「うん、あの男の肩に乗っかってた赤ちゃんみたいな子のことを言ってるんだけどね僕」
「・・・・・・・プツン」
「ぷつん?あ、一角大変。頭から血が吹き出てるよ」

噴水のごとくぴゅーと噴出す血を一角から毟り取った着流しの一部でおさえ、血管が切れてしまうほどあの子の姿が忘れられないのかと横になっている一角の顔を覗き込めば頭同様顔も真っ赤になってしまっている。
気持ち悪いなんて言いやしないが、可愛いともお世辞にも言えない。

「別にオレは、そんな、あの子が気になる、とかじゃ、なくて」
「あーうん、はいはい。ほらまた興奮すると血がピューって、ピューって」
「あへぁ・・・・・」

今更男につけられた傷や切れてしまった頭の血管のことを痛みとして認識したらしい鈍感なタコ頭の男は奇妙な声をあげるとそのまま気を飛ばしてしまった。
この汗まみれの男をこの僕が看病しなくちゃいけないのかと思うと憂鬱だったが、この鈍感男の恋くらいは応援してやってもいいかなぁとは思うのだ。





ただ、あの子連れ狼にこの先いつ会えるのかなんてわからないだけで。