子連れ狼との再会は意外と早かったように思う。
目指せ子連れ狼!という目標を掲げてからの一角と僕は死神とやらになるのに忙しかった、というのもあるのかもしれない。
忙しすぎて時間に切羽詰ると時間が経っていくのはとてもはやいもののように感じる。
実際はそんなことはないのだが、一年が一日のように、二年が一日のように、しまいには十年が一日のようにすら感じられるのだ。
自分達と同世代の(ような見かけの)連中や上にも下にも明らかに年齢が離れている(ように見える)連中の中に混じって退屈な授業を受けているさなかに突如行われた再会。
こちとら二人揃って白い装束の一端の生徒で、子連れ狼は白い羽織を羽織った一隊を率いる隊長となって。
口だけの授業ばかりで体を動かすことが極端に減っていて一角のイライラはピークに達しようとしていた、まさにバッドタイミング、いやグッドタイミングだった。
子連れ狼は一角の姿を視界におさめると一応覚えていたのか(単につるっぱげが印象深かったのか)一角の顔を見てニヤリと人の悪い笑みを浮かべ、羽織を翻し踵を返すとどこかに消えてしまった。
後にどうして学園内で隊長ともあろう人間がいたのかという理由は隊長が極度の方向音痴であるということを知り納得したのだが、僕はともかく、一角なんかは子連れ狼に再会できたことで頭がいっぱいで『護廷の隊長学園に現る!』という謎に関しては不思議にすら思わなかったらしい。
隣にちらりと視線をやればフルフルと小刻みにふるえる蛸の姿があり、思わず口元を両手でおさえなければきっとそこら一帯に僕の笑い声は響き渡っていたに違いない。
「カーーッ!!見たか、弓親!?あのオッサン、やっぱりすげえんだよ、隊長の白羽織を羽織ってやがった!」
「あーうん、見た見た」
「よっしゃ!ぜってぇ卒業したらあのオッサンの隊に入るぞ!!目指せ、えーと、何番隊だ?」
「知らないよ、そんなこと」
一角が子連れ狼を追うように、僕も一角の後ろを追うだけなんだから。
それは口にはしなかったけれど僕の正直な感想で、そして誇りだった。
「それよりさ、一角の想い人は一緒にいなかったね」
「・・・・ババババ、ゆ、弓親クン!?」
「一角に弓親クンとか言われると気持ち悪くて鳥肌立っちゃった。ほら、見て」
そう言って袖をめくりあげてブツブツと毛穴の目立つ腕を懐かしいピンク色の蛸になりさがった一角に見せつけてやる。
子連れ狼の肩の上にはあの時と同じようにピンク色の女の子がへばりついていて、その子は確かに一角の想い人と同じピンク色の髪をしていたけれど全くの人違いだ。
きっとあの小さな赤ん坊のような女の子が成長した姿なんだろうと、ヒトゴトの域に達している僕はどこか近所のお兄さんのようなことを考えていられたのだが一角はそうもいかない。
なにせ一目惚れしてしまった、想い人の姿が見当たらないのだから。
僕たちと子連れ狼が出会ったのは流魂街のさびれた地域だ、なにがあってもなにが起きてもおかしくないほど危険な場所だった。
あの子連れ狼が一緒にいたのだからまさかということはなかったはずだけれども、小さい女の子は一緒にいたというのに一角の想い人が一緒にいないというのはどういうことなのだろうか。
「あの小さい子と同じピンク色の髪だったからてっきり姉妹だと思ってたんだけどなぁ」
「誰が?」
「誰がってだから、一角、君の一目惚れの相手・・・ってあれ、いつから一角ってばそんなキンキン高い声になっちゃのさ」
「ハァ?お前こそいったい誰と喋って・・・」
二人揃って顔を見合わせすぐさま自分達の足元に視線を下ろす、まるでコントのような動きだったと思う。
僕たちの足元には小さなピンク色の髪の女の子が僕たちを見上げてちょこんと腰掛けていて、二人揃っていつの間にと驚愕するばかりだった。
先程出会った子連れ狼の片割れらしい女の子は驚いた表情を顔に貼り付けた俺たちを見て楽しそうにケラケラと笑っていて、よくよくその子を見れば僕たちとは違う黒装束に身を包んでいて脇には小さいながらもしっかりと斬魄刀がささっている。
「おま・・・っ、一体いつのまに」
「ねーねー、誰の話してるの?あたし?あたし?」
「なんでテメーなんかのゴフゥッ!!」
「はいはい、ちょっと黙っててねー一角。ねえ、君さ、お姉さんとかいるかな?」
一角の口の悪さを知ってるだけに余計な事を口走ってしまう前に一角の口に一角の斬魄刀を差し込んでおく。
喉奥まで差し込んでしまったような手ごたえがあったけれどきっと気のせいだろう。
「オネエサン?オネエサンはいないけど剣ちゃんとちゃんはいるよ」
「そう、そのちゃん。一緒にいなかったけど今は一緒にいないの?」
「ちゃんはおうち!ちゃんはあたしや剣ちゃんと違うからおうちでお留守番してる!」
片手をひょいっと上にあげてにこにこ笑いながら一角の想い人情報をペラペラと尋ねもしていないのに、この小さな死神は教えてくれる。
白目をむいてしまっている一角の代わりに僕がフムフムとばかりにその『ちゃん』とやらの情報を記憶の片隅に焼き付けていく。
好きなものはなんでいつも一緒に寝てくれるとか怒らせると怖いけど滅多に怒らないとか作ってくれるご飯はほっぺたがおちちゃうとか、それはもうたくさんの情報を提供してくれた。
あとでこの情報を一つ一つ一角に売りつけてやろうと後ほどの算段をつけているところで、ようやく一角は喉にぐっさり刺さった斬魄刀を引っこ抜いたようで隣で盛大に咳き込んでいる。
「でもなんでちゃんのこと知ってるの?ちゃん、滅多にお外に出ないんだけどなァ」
「ああ、それは一角が」
「弓親ァァ!!テメェ、なにしやがるっ!?」
「キャハハ、怒った!怒った!ツルツル頭がまっかっか〜」
「んだとぉ、ごのガキャア!!」
僕が止めるよりも早く一角が大声を張り上げて女の子の襟首を掴もうと右腕をのばす。
けれど、ひょい、っとその腕をすり抜け女の子は僕の後ろに隠れ再びキャハハと声をあげて笑い始める。
その笑い声にとうの昔に頭を真っ赤に染め上げていた(原因は一時的な窒息だと思われる)一角はさらに湯気を立ち上らせるかのごとくキレると唇の端をひくつかせながらコノヤロウと唸り声をあげながら女の子に狙いを定める。
間に挟まれた僕はどうすることもできなくてやれやれとばかりに呆れて突っ立っているしかできず、止めるとするなら女の子ではなく一角のほうになるんだよなぁと先が思いやられるとばかりため息が自然と口から漏れる。
ため息は美容の敵だというのに、だ。
「ピカピカが怒ったあ!ツルツルが怒ったあ!キャハハ〜」
「こんのぉ、ガキィィ!!!!」
「ピッカピカ!ツッルツル!ピッカピカ!ツッルツル!」
「このやろう、ぜってぇ許さねえ!!!」
腕を伸ばしてはひょいと避けられ、腕を伸ばしてはこれまたひょいといとも簡単に避けられる。
段々と本気になっていく一角と相変わらず笑い声を絶やさずに動き回っている女の子、そろそろ次の授業が始まってしまうというのにだ。
まあ別にこのまま一角を置いて自分だけ授業に出てもいいのだ、どうせ鬼道の授業で一角は鼾をかくだけなのだから。
「やちるっ!!」
永遠に終わりそうにない二人の鬼事に水を差したのは僕でもなく、子連れ狼でもなく
「あ、ちゃん」
「ちゃんだァ!?・・・・・ヒッ!!」
一角の想い人であるピンク色の髪の女の子だった。
視界に彼女の姿をおさめるやいなや一角はヒッなどと男としてどうなのよな声をあげ、カチンとやちると呼ばれた小さな女の子に腕を伸ばした姿のまま固まってしまっている。
なんて情けない姿だとは言わない、惚れたもんの負けというのとは少し違うけれど似たようなものに違いない。
「また迷子になってたの?どうしてこう二人揃って方向音痴なの、隊の方から二人が戻ってこないってあたしのところに苦情がきたのよ?」
「えー!ちょっと遊びに出かけただけだもん」
「遊びに出かけるのなら誰かに言ってからにしましょう、毎回毎回迎えに行かされて大変なのはあたしなんだから。ね?」
小さな女の子の両肩に手をおきしゃがみこんで話しかける一角の想い人はふわふわの髪型にたがわず性格もふわふわしているのか喋り方が少しおっとりしているように思える。
ふわふわとした雰囲気を漂わせたままの彼女はやちるという女の子の体に向かって不躾にも伸ばされている両腕を視界におさめると、綺麗な形の眉をひそめ。
「・・・・・誰です、このオトコは」
「ピカピカツルツル!あたしのこと捕まえようとするの、クソガキィって言いながら」
ひそめられた眉がさらに一層ひそめられる。
きっと固まったままの一角にはわかりやしないだろうけれど。
「やちるに向かってクソガキですって?」
「そうだよ、ちゃん!大声出して追いかけてきたんだよ」
「・・・・・・・・こんな小さな子に手を出そうとするなんて、変態!!ロリコン!最低!!」
ガンガンゴワン。
一角の上に変態と書かれた大岩が、続いてロリコンと書かれたさらに大きな岩が、とどめとばかりに最低と書かれたとんでもない大きさの岩が落ちてきた。
やちるという女の子を自身の腕の中に抱え込むと一角の想い人は冷たい視線を一角に注ぎ、すぐさまきびすをかえすようにこの場を離れていく。
それも、駆け足で。
「あーあ、行っちゃった。折角会えたのにね、って一角ぅ!?」
やれやれと振り返った僕の目の前で一角は真っ白に燃え尽きはらはらと炭化しつつあった。
こうして僕は親友の一目惚れの瞬間だけでなく盛大に失恋、それも誤解という形で、してしまう現場を見てしまったのだ。