統学院を卒業してからの僕たちは至って順風満帆、描いていた道をなにものにも阻まれることなく歩いてきた。
一角の『鬼道はてんで駄目』のせいで卒業が危ぶまれるかと思ったのだが、それを補えるだけの剣に関する力量、技術、根性、そしてなにより更木隊長からの口添えがあったお陰でクリアはできた。希望していた子連れ狼、もとい更木隊長の下にも配属され、二人揃って着実に席もあげていく。
端から見ればそれはもうまさしく『順風満帆』な『出世街道』を歩んでいるように見えただろう。
ただその二つに当てはまっているのは僕のほうだけで、一角はというと何年も前の統学院での出来事をいまだに引きずっていたりしちゃったりなんかして順風満帆ではなかった。


変態、ロリコン、最低。


一目惚れの少女に三連続で言われた言葉だ。
しかもそれが初めての会話だったにもかかわらず。
あれから3週間、一角は使いものにならなかった。あの一角がだ。
へこたれない、ただでは転ばない、まるで起き上がりこぼしのような一角がだ。
今でこそ本来の、僕が出会ったときの一角に戻っているように見えるけれどたまに副隊長の姿を視界におさめてはため息をついているところを見かける。
あの小さい少女が副隊長という地位についていたことには驚いたものの、まあいいかと二人揃ってどうでもよさげに呟いたのはそう過去のことではない。
僕にしてみれば一角と一緒にいることが大事であって取るに足らないことだ。
そして、一角にしてみれば更木隊長はさておき、唯一一目惚れの女の子の情報源でありそして恐らく近親者なのだ。
一角にとって副隊長に関して大事だと思えることはきっとその点だけのような気さえする。

「つるりん」
「クソガキ」

どっちもどっちなのだが、今では二人にとってコミュニケーションの一環になってしまっている。
恐らく副隊長は笑うだけだろうけれど、一角にとっては不本意なことだろう。
それでも副隊長にそれ以上の暴言を吐かずそして震える右腕を振り下ろさないのは、何回も言うように彼女が唯一の情報源でそして媒介者となるべき人だからなのだ。

つまりあの統学院での会合以来、一角は一目惚れの女の子の姿を一度も見ていないのだ。

ロマンスなんて程遠い、一角の半ば崩れかけの恋はがけっぷちのところでギリギリまだ保たれているのだ。
生きていた頃の記憶なんてのは、お互いとっくになくなっている。
生きていた頃どんな女と出会いどんな風に付き合ったのかなんて、記憶のどこを探しても見つからない。
それは一角にも言えることで、まして流魂街に落ちてから僕たちの周りに女が2日以上付き纏ったことなんて一度もなかった。
一角があのという少女に一目惚れしてからは、それはもうストイックに、あの一角がと今でも言えるのだけれども、とにかくストイックに片思いに長い時間を費やしてきた。
変態、ロリコン、最低、まるで三種の神器ならぬ三種の悪言に地獄のどん底まで突き落とされてもいまだに彼女のことを想い続ける一角の片思い歴は両手の指を足しても足らないのだ。
きっと足の指を足しても。

「副隊長のせいですからね、一角がちょっとだけかわいそうじゃないですか」
「なんのことかわかんないよ、弓っち」
「またまた、本当はわかってるくせに。ちょっとくらいはいいじゃないですか、あれでも副隊長が覚えてないような頃から一途ぅに想ってきてるんですから」
「ちょっとだけとか言っちゃう弓っちもひどいよ!でもなぁ、ちゃんとつるりんかぁ」

縁側に副隊長と並んで座りちょっとだけ文句を言ってやれば、口に流し込んでいた金平糖の袋を両手で抱え込んで副隊長はハムスターのごとく両頬を膨らませた。
お互いどうにも一角をなめているような発言ばかりだが、これでも一応親愛くらいはちょろっとだけ含まれているのだ。

「なにか問題でも?」
「だってちゃんなんだよ?」
「そりゃちゃんでしょうよ、副隊長のお姉さんでしょ?性格はどうか知りませんけどそっくりじゃないですか」
「違うよ、ちゃんなんだよ!?お姉さんじゃないよ」

口の端がヒクつきそうになる。
副隊長のという人物に関しての話は今まで何回か尋ねたのだがいつも要領を得ない、というよりも理解ができない。
姉ではないと言い張るのだがどこをどう見ても姉妹としかいいようがないほどそっくりで、なのだと哲学のての字も知らないだろう副隊長に哲学らしきことを言われるのだ。
更木隊長に尋ねてみればお互い離れようとしねえんだから放っておけとこれまた解答には程遠い返事がかえってきたものだ。

「ようはヤキモチってやつですか?ちゃんが一角にとられちゃうかもって」
「むっ!ちゃんはつるりんのことなんとも思ってないし、その前に会わさせないもん!!」
「あ、やっぱり副隊長が一角とちゃんを会わさないようにしてるんじゃないですかぁ」
「・・・弓っちのバカァ!!

副隊長はキンキン声で叫ぶと大好きな大好きな金平糖を袋ごと僕の顔に向かって投げつけ廊下をとんでもない速さで駆け抜けて行ってしまった。
確かに一角の想いが成就するかどうかなんてわからない、寧ろあの容貌だ、否定的に考えるかよっぽど特殊な女じゃないとイエスの返事はもらえないのではとさえ思う。
そこのところは副隊長もわかってはいるようなのだけれど、理性と心は相反するものということなのだろうか。
廊下に散らばった色とりどりの金平糖の中から一角の隈取を思い出させる赤色のものを一つ摘み上げ目の先にかざしてみる。

「人の心ほど難しいものなんてないよね。美しいか美しくないか、それだけで僕はいいのになぁ」

口の中に放り込むとガリっと奥歯でそれを噛み砕いた。
















一角に転機が訪れたのは僕と副隊長が縁側で話したその次の日だった。
一角と二人そろって何故か更木隊長の家に呼ばれたのだ、たまには飲みに来いと。
たまにはと言われたものの隊長の家に呼ばれたのはこれが初めてで、一角に至ってはそれはもう酒が飲めるということ以上に嬉しそうな様子が手に取るようにわかる。
誘いに来てくださった隊長の肩ごしには副隊長の姿は見えず、一瞬もしかして昨日の会話を隊長に聞かれてでもしたのだろうかとヒヤリとしたのだがすぐにこの暑苦しい霊圧が近くにいて感じ取れないはずはないよなと思いなおし二つ返事で了承した。
二人で土産となる酒と副隊長用のお菓子を、それから一角は別腹でさらにお菓子を買っていたようだけれど気付かないふりをして隊長の大きいような小さいような家にお邪魔させてもらう。

「いらっしゃいませ、剣八から話は伺っています。どうぞあがってください」
「どうもお邪魔します、これ僕たちから。つまらないものなんですけど」
「まあ、ありがとうございます!早速お酒のほうは熱燗にしておきますね」

出迎えてくれたのは予想通りとでもいうべきかさんで、彼女が姿を見せてから隣の一角から以前のようにヒッ!という情けない声が耳に入ってくる。

「ほら、やちるも。折角お土産もらったんだから、お礼くらい言えるでしょう?挨拶もしないで…」
「あ、いえ。お気になさらず」

さんの着物の裾を握り締め彼女の背後に立っている副隊長の両頬は面白いほどにパンパンに膨れ上がっている。
どうやら僕たちが来るということを隊長から聞かされていなかったらしい。
着流しに既に着替えてしまっている隊長が奥からてめぇらあがれやと声がかかり、かちこちに固まってしまっている一角の耳を掴んで引きずるように僕は家の中へとお邪魔することになる。
下のほうからは睨みつけてくる副隊長の視線をビシバシと感じられたが、僕にはどうすることもできない。
自宅に来いと誘ってくださったのは隊長で、一角にとってはたまたまその家に片思いの女の子がいて、副隊長にとってはちゃんをもしかするともしかされちゃうのかもしれない野郎が来て。








そして巻き込まれる僕と何もわかっていないさん。







ロマンスには程遠い。