酒を飲む雰囲気とはいかなるものか。
ひたすら機嫌よく杯を重ねていく隊長とせわしなく皆の世話(特に副隊長)を焼くさん、ひたすら拗ねモード全開の副隊長に緊張のあまりカチンコチンのままロボのような動きしかとれない一角。
いったいこれのどこが酒を飲む雰囲気だというのだろう。
僕はまだいい、ご機嫌な隊長の傍で酒を楽しめるのだから。
問題は残りの三人だ、いや正しくは二人。
「やちるのことなら放っておけ。おい、それより、酒がたらねぇ」
「あ、はい。ならお二人が持ってきてくださったお酒用意してきます」
徳利をぷらぷらと揺らせながら口を開いた隊長にさんは文句一つ言わずに返事をかえすとすぐに部屋を退出していく。
なんだか家族みたいだ、隊長が父親でさんが母親、それから副隊長が子供。
確かに三人は家族できっと役割分担もそれぞれ想像したものと大差ないのだとは思う。
ああ一角、お前にはやっぱり厳しいかもしれないと漢マックスな隊長の姿を視界に納めながら僕はため息を一つこぼす。
「お前も気苦労が足えねえなァ、弓親。あいつらのことなんざ放っておきゃあいいんだよ」
ぐいっと杯をあおった隊長のその言葉に僕は思わず小鉢をつついていた箸を止め顔をあげた。
まさかとは思うけれど、あの隊長が
「気付いていらっしゃったんですか?」
周りの人間模様に気付いていたとは。
「やちるがウルセェんだよ、毎日毎日一角のヤロウがどうしたこうしたが危ないだの。いやでもわからぁ」
「・・・・・それは、そうですね・・・」
「やちるもやちるだが、一角も一角だ。よりにもよってのやつなんか」
とぷりと杯一杯に再び注がれた酒をぐいっと仰ぐ。
隊長の喉仏が飲み下ろされる酒と連動するかのように動いていくのを見つめながら、さきほどの言葉に眉をひそめる。
まるで一角がさんに惚れたことが間違えてる、もしくは間違えているのはさんそのものか。
仮にも一緒に暮らす人間に「なんか」なんて卑下する言葉を使うだろうか。
いや、この隊長ならばありうる。ありうるけれどそれは隊長とそう関わりのない人物に対してだ。
この人は自分の懐に入った人間は何が何でも守ってくれる、一角の言葉で言うなら『デカイ』人だ。
それがどうして、さんに『なんか』なんて言葉を使うのか。
たぷんと自分の杯いっぱいに入っている酒がゆれる、きっと自分の手が一瞬とはいえ震えたに違いない。
隊長の言う意味を問うべきなのか(すぐ傍に一角がいるというのに?)それともいままでと同じように一角のがけっぷちの恋を静かに見守るべきなのか(あんなにも意味深な言葉を隊長が吐いたというのに?)
そうして一角の片思いに僕はかれこれずっと付き合い、そして巻き込まれていることを今更ながらに理解する。
(結局僕はどうしたらいいわけ?)
どうもしないのが自分にとっても周りの人間にとっても一番だとわかっていても、もう充分巻き込まれている。
ああとため息をこぼしかけ、しかしそれをなんとかこらえるとぐいっと杯をあおる。
空になった杯に隊長の徳利を掴んだ手が伸びてき再びたぷんと酒が満たされる。
ありがとうございますと視線をあげればニヤリと笑ったその顔が視界におさまり、やはりこの人は何もかも見透かしてるのではないかと思ってしまう。
なぜだか気恥ずかしくなり慌てて感謝の言葉だけ述べ視線をそらしたちょうどその絶妙なタイミングでさんがパタパタと足音をたてて戻ってくる。
かわりの徳利がその手にはなく、どうやら違う用件でもあるらしい。
「剣八、一番隊の副隊長さんがおみえになってる」
「あぁん?今日はもうあがりだ、家まで来るんじゃねーって追い返せ」
「ダメ!やちる、あなたもよ。二人揃って何回定例会議をサボったの!?上の方を困らせたら駄目だって何回も言ってるじゃないの、聞いてるのやちる!」
「だって難しいのわかんないもん」
「だってもなにもありません。せめて顔出しくらいはしなさい、その後金平糖食べようがお昼寝しようが構いません。剣八も聞いてます!?」
そういうや否やぐいっと副隊長の耳を引っ張り隊長の手から杯と徳利を奪い取ったさんは二人を立ち上がらせると玄関の方へと追い立てていく。
その間、一分もかかっていない。あの隊長と副隊長の、梃子摺らせコンビをだ。
ドタドタバタバタガタンゴトングワッシャン。
暴れる音と何かが壊れる音、ついでに叫び声も聞こえてきたけれど軽くそれはシャットダウンするとして。
静かになったと思ったら申しわけなさそうなさんが再度部屋に戻ってきて僕たち二人に向かって頭をさげた。
「折角いらしてもらっているのにすみません。きっと早々に抜け出してはくると思うんですけど」
「あー、ありうる」
「特にチビ・・・あ、いや、副隊長」
いつものようにクソガキ、もしくはクソチビと言わなかっただけマシなのかもしれないがよりにもよって想い人の前でチビなどと口走りそうになった一角は慌てて自分の口を押さえて本来正しい呼び方で副隊長のことを呼んだ。
たださんはそんな一角の姿にくすくすと笑いだし、恐らく隊長から一角と副隊長のやり取りが日常茶飯だということを聞いていたのだろう。
笑い出したさんの姿を一角は呆気に取られてだらしなくも口をポカンを開けてみている。
まあそりゃあそうだろう、かれこれ片手の指の年月、彼女に言われた言葉(それもはじめての言葉)に落ち込み続け嫌な想像ばかりしてきた男なのだ。
自分を見て、自分を視界にいれてくれるなんて思いすらしなかったのだと思う。それほどに一角の落ち込みようはひどかったから。
「あ、あの」
「笑ってしまってごめんなさい。毎日やちるがあなたの話をするものだから、つい」
「あ、いや・・・」
ぶっちゃけ今の一角は気持ち悪い。
縮こまって、女の顔色を伺って、らしくもなく頬を染めて、戦闘時とはまた違った緊張感を漂わせ。
「ねえ、さん。僕、お手洗い借りたいんですけど場所教えてもらえます?」
「はい、こちらになりま」
「ああ、場所だけ教えてもらえれば。その間、一角の話し相手にでもなってやってもらえます?尊敬する隊長の家だからか緊張しちゃってるみたいで」
そう言ってチラリと一角に視線を流せば眦をギリギリとつりあげている男の姿。
怒りでもなく、緊張でもなく、それはどちらかというと羞恥だろうか。
彼女の前だから声も張り上げない、一角の声はよく通るいい声なのに(多少音量がでかいが)
ああやはり一角らしくない。そして気をつかって部屋をでていこうとする僕も僕らしくない。
「あら、そうだったんですか!あまりお酒もすすんでないみたいだったのでお好きじゃないのかと思ってたくらいで」
「まさか!一角ほど酒好きな男はいませんよ」
一角に変態、ロリコン、最低と声をはりあげた彼女は一角のことを覚えていないのか、そんなことはどうでもいい。
でもこれは明らかに一角にとって、一角のがけっぷちの恋にとっての分岐点になるはずだ。
行き着く先は崖下か、それとも新たな道の発見か。
いつまでもおとなしい蛸でいられたら困るのだ。