それぞれ背中に漢数字の書かれた白羽織を羽織った死神がズラリと並ぶ様を山本はうっすらと目を開けて見て、そして大きくため息をついた。

「涅、今日もおぬしか…今日という今日はのやつを呼んだはずなのじゃが?」
「フン、そんなこと私じゃなくあのバカ女に言ってほしいもんだネ。今日も今日とてあのバカ女は秘密基地とやらに引きこもって出てきやしない、ドア越しに声しか聞こえてこない顔すら見せない。私がでてきただけありがたがってもらいたいものだネ、ちなみに今日の欠席理由は『クロネコが目の前を横切ったから』だそうだヨ!!」
「引きこもっておるのにどうやってクロネコが横切るんじゃ」
「夢の中でだそうだがネ!だいたい私に文句を言われても困るんだよ、総隊長!!」

真っ白な指先をひらひらと山本に向かって振るサイボーグ、いやいや、死神は十二の数字を背負った羽織をおざなりに肩にかけているだけで周りの死神達のようにしっかりと羽織ってはいない。
それもそのはず、その羽織のサイズは小さく175センチに近い男が羽織れる大きさではない。
どちらかというと女性向きの大きさだ。

「けどねぇ、いくらちゃんでも今日は流石に…だって旅禍だよ、旅禍。しかも数百年ぶりの、ヤバイんじゃないのぉ?」
「京楽隊長、その台詞是非あのバカ女に言い聞かせてやってほしいネ!直に!私はまだ研究が残ってるんだよ、毎回毎回なんで私が隊首会に参加せねばならんのだネ!?え!?」

あのサイボーグよりも強烈な顔でズモモと攻め寄られた京楽はすみませんと小さく謝ってスゴスゴと自分よりも小さい日番谷の背に隠れるが、どうにもこうにも下半身程度しか隠れていない。
自分よりも大きな人間が誰よりも小さい自分の後ろに隠れた事に腹を立てているのか、マユリと京楽の間に無理矢理立たされた日番谷は青筋を額に浮かべ自身の羽織を握り締めている京楽の腕をバチンと叩き落した。
斜め前でグッジョブとばかりに親指をつきつけている浮竹の姿を綺麗さっぱり無視して(なぜなら浮竹の表情がまるで良いことをした子供に向けるようなユルイ笑顔だったからなのだが)山本のほうへ小さな体を向ける。

「総隊長、どうでもいいがさっさと隊首会をやってくれ。オレは十二番隊の隊長を見かけたことは一度もないがこの隊首会に出席するのもいつも副隊長の涅だ。ただ今日もそうだっただけなのだからさして問題はないだろう、どうせいつもと同じだ」
「バカ言うんじゃないヨ、日番谷隊長!私にいつまでもこんな茶番劇に参加しろというのかネ!!」
「だったら何百年も昼行灯しちまってる手前の上司に文句言えよ、大体今はそれどころじゃねえんだろうが」

小さいながらも迫力満点、きゅっと目を細めた日番谷の視線と人間の目とは思えない眼球から発せられる視線とがぶつかりあいバチバチと火花を散らす。
誰も何も言わないが涅が自隊の隊長の代わりに隊首会に出席するのも日番谷と涅が意味もなく火花を散らすのも『いつもと同じこと』だ。

「ぺいっ!!いつもいつも、おぬし達はほんに成長という言葉を知らんのかっ!!」
「そりゃ山爺じゃないの」
「なぁにか言ったか、京楽?ん?」

ギロリと睨まれた京楽はヤダナァと引き攣った笑みを浮かべながら今度はこそこそと白哉の後ろに隠れようとして日番谷よりも容赦ない裏拳を喰らう。
痛いと鼻を押さえる京楽を見てチラリと日番谷は視線を浮竹に向けたが、彼は先程の日番谷のように親指を白哉につきつけるでもなくポケっとあらぬ方向に顔を向けていてその態度が自分と白哉の違いを見せ付けられているような、そんな理不尽な思いに駆られる。
今度見舞い代わりのおはぎの中にイナゴの佃煮をいれてやろうと思うほどに。

「して砕蜂、おぬしはを見ておらんのか?」
「・・・・・・先週我が隊の業務に加わっておりましたが」
キィ!!あのバカ女、自分の隊のことは何もしないくせに毎度毎度・・・今度あの秘密基地から出てきたら劇薬を頭からぶっかけてやる!!」
「一応あれでも役に立つのでこき使うだけ使って一昨日熨斗をつけて十二番隊のほうへ返しました」

言外に『二番隊は全く関係ありませんっていうか関わりありませんから』と言っているようなものだ、それくらい砕蜂の言葉はアッサリバッサリしていた。
そんなことを言われたマユリはというとキィキィ高音を発しながら地団太を踏んでいて、いつしかあの秘密基地を爆破してやるヨだの硫酸硝酸じゃ物足りんヨだの念仏の如く自隊の隊長暗殺計画がマユリの口から漏れ始める。
隊首室にいる死神誰一人その暗殺計画のことを気にしていないのは、これもまた『いつもと同じこと』だからか。

「もうよい、涅は放っておくのじゃ。砕蜂、あとで隊首会の内容をに伝えておけ」
「それこそ副隊長である涅の仕事では?もしくは総隊長殿自らお願いいたします」

山本の顔を見ようともせず砕蜂は再びアッサリバッサリ斬り捨てた。















護廷十三隊十二番隊の隊長は世間では在っていない者として称されてきた。
実際ほとんどの死神が十二番隊の隊長はマユリで副隊長がその娘のネムだと思っていて、マユリが隊長ではないことを知っているヒラの死神は百年以上前から護廷に勤めているものくらいだ。
十二番隊隊長、
浦原喜助が尸魂界を永久追放されてから彼の代わりに隊長に昇格した元十二番隊副隊長兼技術開発局副局長、それが彼女である。
しかし彼女は隊長に昇格してからというもの自称『秘密基地』という十二番隊隊舎の奥にある地下室に引きこもってしまい、隊首会があろうとも山本に呼び出されようとも技術開発局がちょっとした事故で爆破して新地になろうとも決して秘密基地から出てくることはなかった。
彼女の存在を知るものはいつしか『昼行灯』もしくは単に『腑抜け』と彼女のことを称するようになり、十二番隊業務及び技研業務は全て涅親子の手によってまかなわれるようになっていき。
ふと気付けばとうに世代交代が行われ護廷十三隊の隊長副隊長の中の半分ほどを彼女の姿を知らないものが占めるようになってしまった。
マユリやネムの前にすらほとんど姿を見せなくなった『腑抜け』だが彼女の姿を望まなくても見ることのできる例外の人物が一人だけ、いや二人だけ存在した。


二番隊隊長の砕蜂、そしてその副隊長の大前田希千代である。













「隊長、ネムです。開けてください」
隊長はここにはいませんよ、ネムさん』

分厚い金属の扉越しにくぐもった女の声がする。
扉の前に座布団持参で座り込むネムはその分厚い金属の扉をガンガンと叩くでもなく、ただ淡々と黙々と無表情に自分の言いたい事をだけを言っていく。
口を挟む暇さえ与えない。

「マユリ様がカンカンに怒っています、隊長。旅禍が侵入したことで色々と研究を中断させられる羽目になったうえ隊長が引きこもったまま出てこないので業務が通常の倍になっています、今は阿近さんがなんとかさばいていますが」
『だから隊長はここにはいませんよって、ネムさん』
「結局マユリ様のさばく量も倍になっているのであまり関係なさそうです。隊長、出てきて仕事してください」

相手から見えるはずのない扉の前でペコリとネムは頭を下げる。
そうでもして扉の向こうにいる女性が引きこもりをやめてくれるのであれば万々歳なのだ。
ただ、8ヶ月ほど前にひょろりと秘密基地から出てきた際に『これさえあれば2年は篭城できる、真空パック幕の内弁当味』という保存食をダンボール二箱分持って行ってしまったために飢えで秘密基地から出てくることはまずありえない。
だとするならばあとは情に訴えるしかない、というのが阿近の助言であったがいつでもどこでも無表情のネム相手に助言をしたのは間違えた選択だ。
悲壮感が感じられない、ただそれに尽きた。

「マユリ様、あまりにも頭に血が上ってしまってオーバーヒートしてしまいそうなんです。実際頭から湯気がでています、このままでいくと十二番隊の隊舎だけ熱帯夜のようになってしまいます」
『冷房ガンガンに入れてみては?マユリさんの熱もサーと引いていきますよ』
「そんな予算ありませんって阿近さんがお冠です。隊長、このままではあまりの熱にマユリ様が溶けてしまいますドロドロになってしまいます」

ネムのその言葉に分厚い金属扉ごしに「まさか」という女のバカにした声がかえってくるだけで、決して扉が開くことはなかった。



しかし実際その数時間後にネムの予言通りマユリは石田雨竜の手にかかり液体となって技研へと戻ってくることになり、8ヶ月ぶりに(正確には3日ぶりだが)彼女はその姿を十二番隊の面々に晒すこととなる。