「あれ、隊長今頃ご出勤ですか。おそようございます」

青白い顔がさらに青白・・・を通り越して灰色に近くなっている阿近が書類の山から顔をあげると、奥の扉から歩くのすら億劫だとばかりな雰囲気を漂わせた女が一人のっそりと技研の中にやってくるのが視界に入った。
死神どころか人の形すらしていない液体マユリとその付き添いでここにはいないネムの為に技研の局員までもが十二番隊の通常業務に借り出されている。
慣れない書類作業にヒィヒィ言っていた局員たちは阿近のその台詞にゲ!とばかりに顔を飛びあげ、同じように奥の扉からゆったりのんびりやってくる女の姿を視界におさめると今度こそ口から「ゲゲゲェ!」と悲鳴を発した。
技研に比較的新しく配属された新人局員たちは隊長という単語にマユリが復活したのかと一抹の望みをかけ顔をあげたのにもかかわらず、マユリの姿は勿論ネムの姿さえ見当たらない。
けれど古株の局員たちは皆が皆、奥の扉の方を凝視して口から悲鳴を発するばかりでなにがなにやら現状を理解することができない。

「おそようございます、阿近さん。3日ぶりですね」
「いや、オレが隊長を見たのは8ヶ月ほど前なんですけどね」
「当たり前です、3日前はチラリと秘密基地の扉を閉める直前に阿近さんの顔を拝見しただけですもの。なんだか3日前より男に磨きがかかってますね、なんだか顔色がグレーですよグレー。新しいファンデーションですか?マユリさんの美白も最近腕によりをかけてる感じがしますからねぇ」
「それホンキで言ってます、隊長?」

げっそりと肩を落として尋ねる阿近に奥の扉から現れた女は何も言わずにクスクスと笑い出す。
誰にでも態度のでかい鵯州が青ざめた表情で女から視線を逸らそうとほとんど顔と一体化している首を一生懸命まわしているのを見て新人に程近い壷府リンは不思議そうに先輩局員の顔を見上げた。
どうしたんですかとリンが尋ねるよりも早く女のほうが鵯州の存在に気付き、あらぁと気の抜けた声を発しながらひょこひょこと鵯州の座るデスクの横にやってくる。
ちょうどリンの隣にも立ったことになるその女は柔和そうな笑みを浮かべながらもペチペチと鵯州のツルンとした頭を叩きながら

「相変わらず首がなくって寸胴、本当お名前をこけしにでもなさったら?」

そう言ってのけた。
怒鳴ってばかりで態度のでかい(何故ならかなりの古株局員であるからなのだが)鵯州に脅えることなくそう言ってのけた女の姿に新人局員たちはそろって「アアアア!!!」と声にならない悲鳴をあげる。
リンも勿論その一人であわわあわわと言いながら口元に手をやって逃げ出すべきかこのまま座っているべきかパニックを起こしている。

「た、隊長も相変わらずで・・・も、もう引きこもりは終了ですか?」
「ネムさんの予言どおりマユリさんがデロンデロンに溶けきったと聞いて、思い切りからかってさしあげようと思いまして。鵯州さんはマユリさんがどこにいらっしゃるかご存知ない?」

首をこてんと倒して鵯州にマユリの居場所を尋ねる女にリンはあの涅マユリを下の名前で呼ぶことができる勇者がいるなんてとばかりに一瞬感動しかけるが、すぐに「あれ?隊長って言った?」と鵯州の言葉に自分が首をかしげることになる。

「隊長、涅副隊長ならご自分の研究室です。でも今行かれると今までの説教も含めて強いて1週間は説教を聴かされるはめになると思いますけど?」
「そんなにマユリさん、怒ってらした?相変わらず沸点が低いのね、もっと懐は広くないと」
「隊長相手に懐広くなれるやつなんて早々いませんよ。それよりもですね、いい加減仕事が溜まってるんです。ちょうど引き篭もりも終了したようですし、このまま仕事やってもらいますからね」

阿近はただでさえキツイ目つきをさらにギラギラとさせて女を睨みつけるが女はハイハイといい加減な返事をかえすだけでこたえた様子を見せない。
いまいち話の展開についていけない新人局員たちをよそに阿近はまだ手の付けられていない書類を持ってくるように他の局員に頼むと、マユリ専用の椅子に掛かっていた十二と書かれた羽織を手に持ち女にホレとばかりに差し出す。
仕方なくといった様子でその羽織を受け取った女、はバサッと音を立てそれを羽織る。
マユリの肩にいつも引っ掛けてあるサイズの違う白羽織をきっちりと着こなした女の姿に新人局員たちはまさかこれが噂のとばかりにおののきはじめ、そうして一方で古参の局員たちはこれでようやく仕事がまともに再開されると手と手をとりあって喜び始めた。

「隊長、書類仕事に入る前にお客さんっすよ。十三番隊の隊長さん、応接室のほうでお待ちです」
「・・・浮竹隊長が?ああ、なんだか面倒な事になりそうな予感が・・・」
「そうですね、貴方が引き篭もりを終了させたことですら不幸の始まりのような予感がビシバシしますよ」
「言いますね阿近・・・ところで応接室ってどこですか?私が知ってる技研と様変わりしていて私、迷子になってしまいそうなんですけど」

さも困ったとばかりに頬に手を当てて首をかしげる女の様子に阿近がため息をこぼしながら応接室へ案内するべく立ち上がった。
二人の姿が見えなくなってようやくピンと張り詰めていた空気がほわんと緩み、鵯州をはじめ多くの古参局員は胸に手をあてて深呼吸を繰り返してさえいる。

「ひ、鵯州さん、大丈夫です、か?」
「ここここコレが大丈夫なように見えんのか、テメー!!ななななんで今頃あの人が復活するんだよ、ヤベェよ!このまま引き篭もりが終了なんてしてみろ・・・」
技術開発局暗黒時代の復活だァ!!!
イィィィヤァァァァ!!!

部屋のいたるところから局員の悲鳴がわきあがる、嬉しい悲鳴ではないのは明らかだ。
古参局員たちのそんな姿を見るのがはじめてな新人たちはリンをはじめ困ったようにワタワタしながら技術開発局暗黒時代という言葉に首をかしげている。
言葉の響きからして聞いてはいけない単語のような気もして、新人達は誰もその意味を尋ねようとはしない。
応接室までを案内してきた阿近が執務室に戻ってきた時には頭を抱えて悲鳴をあげる局員と困ったようにけれどなるべく無視する方向で自分に割り当てられた仕事をこなす新人達の姿があった。

「やっぱりこうなるか・・・ったく、どうしようもねえほどトラブルメイカーだな。あの人は・・・」














新しく様変わりしている応接室にきょろきょろ眺めながらが足を踏み入れると中では既に浮竹がソファで腰を下ろして待っていた。
やってきたの姿を見て一瞬バケモノを見たとばかりに大きく目を見開いた浮竹だが、すぐににっこりと人のいい笑みを浮かべると右手をそっと持ち上げた。

「やあ、。涅が応対するものだと思っていたのに君が復活していたとはね、驚いた」
「マユリさんがデロンデロンに溶けてしまったようで仕方なく、ね。機会あればまた引き篭もりますよ、どうせならこのまま誰かに隊長職を譲ってもいいくらい」
「あー・・・うん、それは総隊長が絶対に許さないと思うが?」

ため息をつきながら腰を下ろすの浮竹は困ったような表情を浮かべて口を開いた。
やっぱりそう思いますか、と自分でもうまくはいかないだろうとわかってすらいたらしいはハァともう一つオマケに特大のため息をつきがっかりと肩を落とした。
の後釜となる人物は確かにいる、涅マユリはその筆頭でが嫌だと言って受け入れなかった技研の局長である彼が十二番隊の隊長になっても何もおかしいことはないはずだった。
しかしそれができないのは、というこの人物が一癖も二癖もある人物だからで寧ろ彼女に十二番隊の隊長職を負わせているのはその地位を柵とさせるためでもある。
彼女を野放しにしてしまうと約二名、非常に困ってしまう死神がいるのだ。
しかもそのうちの一人は命の危険さえ危ぶまれる。

「で、一体どんな御用です?旅禍が侵入したというのは聞きましたが他の隊に任せておいても別段問題はないのでしょう?まあ、確かにうちのマユリさんが液体になってしまいましたけどあれはあれで多少大人しくなって誰にも迷惑かかりませんし」
「いやいやいや、仮にも君の副隊長じゃないか」
「知りませんよ、私はマユリさんの体の構造まで詳しく知りたいと思いませんもの。好きで液体のままでいるんですから放っておいてやってください、そのうちまたターミネーターのごとく復活しますから」

うふふ。
卯ノ花と同じような笑い声をこぼすに浮竹が今度は特大のため息をこぼす。
あの部下にしてこの上司あり、いや普通は逆か、とにかく十二番隊の連中の上下左右の繋がりは非常に脆い。
いつでも突き放せることができそして誰でも受け入れることができる、彼女が十二番隊の頂点に立つよりも前からの特徴だった。

「君に言わなくてはと思って此処に来た。確かに旅禍の問題は他の隊が対応している、十二番隊にできることがあれば山爺のほうからなにか連絡がくるだろう」
「あら、じゃあ私に言わなくちゃいけないことってなんです?さきほどから嫌な予感がビシバシするのですけど?」
「このことをどう受け止めるのかは君次第だが、まあ我々にとってあまり喜ばしい知らせではないことは確かだな」

そう言う浮竹に対しあの秘密基地の扉をくぐったときから感じている嫌な予感が本物になりそうな気がしてその先の話を聞くべきか聞かざるべきか、一瞬悩む。
なぜ一瞬かというと浮竹がの微妙な気持ちをわかっていながらもサラリとその喜ばしくない知らせを口にしたからなのだが。




「四楓院夜一が帰ってきている。旅禍の中に彼女がいることを確認したぞ」




その瞬間、はピシャンと体に雷が落ちてきたような衝撃を受けたような気がした。