不二の「召喚」指パッチンからはや五分。
サルがナスが現れる気配は一向になく、不二も不二でプッツンきてるのかなにやら周りには聞こえない程度の小声でブツブツと呟いている。
隣に座っている私と跡部にしてみれば、非常に恐ろしくてたまらない状況だ。
なにか些細なきっかけさえあれば、隣の大魔王はドカーンと大爆発してしまうのではとパパ先生に怒られる時以上に緊張してしまっている。

「おい、テンイとやらはどうムグッ!!
「ゴッドファーザー愛のテーマ!まだ死にたくなかったらちょっと黙ってて!!」
「ムグムグッムガーッ!!」

不二の逆鱗に触れるべからず。

何か言おうとしたグウェンダルの口を急いで両手で塞ぐ、と同時に跡部がアメーバのようなスライムのような生きものを呼びよせ悪いなと言いながらグウェンダルの口に貼り付けた。
べたっとグウェンダルの顔下半分に張り付いた透明がかった緑の生きものはグウェンダルが両手で剥がそうとしても外れる気配がない。
ヴォルフラムが兄上に何をする!といきり立つ横で、ユーリ少年はその緑の物体に目をキラキラさせて「これスライム!?スライム!?本物?すっげードラ○エだぁ」と喜んでいる。

「スライムじゃねぇ。ステファニー・G・カテリーナだ
「ス、ステファニー?それ名前?」
「そんなことはどうでもいい!早く兄上からあの気持ち悪いイキモノを取り去れ!!」
「鼻は塞いでないから息はできるだろ?大体このおっさんに口を開かせたらすぐに不二の地雷を踏みそうだからな、しばらく黙っててくれ。ステファニーはいい子だからおとなしいし、別に死ぬようなことはねぇよ」
「兄上の高貴な顔が半分緑で覆われてるじゃないか!!」

別に害は無いと説明する跡部にキャンキャンと噛み付いていくヴォルフラム。
不二さえ隣にいなければなんて微笑ましい光景なの、とか言えてるんだろうけれど生憎そんなこと言えるような状態じゃあない。
ついでにヴォルフラムのキャンキャン声に微妙に不二の眉間の皺が増えたような気がして、背中を冷や汗が流れる。

「兄上兄上五月蝿い、なんならお前もそこの兄上とおそろいにしてやろうか?」

跡部も不二の増えた眉間の皺に気付いたようで焦ったようにヴォルフラムに向かって口を開く。
してやろうか?なんて言ってるわりには既にヴォルフラムの顔下半分にはグウェンダルと同じように透明がかった黄色いイキモノがしっかりと張り付いている。
どうやらそのイキモノの感触に叫び声をあげているようなんだけれど(透明がかっているから口が開いているのがこちらからはよく見える)その叫び声はどうやらしっかりと黄色いイキモノの体に吸収されてしまっているようだ。

「うっわー!ヴォルフラムのは黄色じゃん!お兄さん、これはなんていうの?」
「そっちはクレオパトラ・Y・カテリーナだ」
「あれ?カテリーナってクレオパトラはステファニーの兄弟かなにか?色違いの」
「あぁ、クレオパトラはステファニーの姉だ。他にもジョンとかハルバートとかの兄弟がいるぜ」

なんだか跡部とユーリ少年が意気投合している、カテリーナ一族に興味をもってもらえたのがそんなに嬉しかったのだろうか。
まぁ普段から他の所員たちに「跡部の体の中のやつらはキモイ」とか言われてるしなぁ。
ていうかユーリ少年、ヴォルフラムに張り付いているクレオパトラちゃんはつんつん指でつつくのはやめてあげようよ。

「ふへー、ステファニーの家は大家族なんだ!すげぇ!ところでステファニーもクレオパトラもさっきまでどこにいたの?お兄さんの服の中?」
「服の中にカテリーナ一族はさすがに暮らせねえだろ。こいつらは俺の体の中に棲んでるんだ」
「「「か、体の中ぁ!?」」」

ユーリ少年の声にコンラッドとヨザックの声が重なる。
まぁ誰でも最初は驚くよね、ていうかひくよね、体の中にイキモノが棲んでるとか言われたら。

「体の中っていうと、寄生虫とかってやつ?え?大丈夫!?」
ステファニーたちを寄生虫と一緒にするな!こいつらは式神っていうか、あーなんというかまぁペットに近い、か?」
「私に聞かないでよ。ペットって普段私たちが言ったら怒るくせに」
「式神?ペット?」
「不二は・・・今あんな状態だが普段はとある奴と契約していていつでもそいつらを召喚することができる。俺の場合は契約云々はないが自分の体の中にこいつらや他にも色んな生きものを飼ってる。まぁそれが俺の能力だ」

そういうと跡部はユーリ少年の前に右手をすっと差し出した。
何も手のひらの上にはなかったのに、急にシュンッと青色のカテリーナ一族が現れる。
ユーリ少年と魔族の皆さんはそれに目を見開いて驚き、食い入るようにして跡部の手を見つめている。

「て、手品とか?」
「手品と一緒にするな!」
「驚いた、何もなかったのに突然現れましたね・・・」
「何もなかったよなぁ・・・上からふってわいたってわけでもないし」

ふってわいたって、オレンジお兄さん。
湧いたなんて言ったら跡部が泣いちゃうよ、湧いたなんて、蛆虫みたいじゃないの。
口にカテリーナ一族を貼り付けたままのグウェンダル・ヴォルフラム兄弟も口をパクパクさせながら跡部の手を見ている、まぁ相変わらず声は吸収されちゃって聞こえないけど。

「好き放題言ってやがるな、お前ら・・・なら、ボナパルト!」

跡部の呼ぶ声に反応して跡部の隣に現れたのは、角を持つ真っ白な白い馬。

「うわっ!!ユニコーン!?かっこいい!!!」
「ユーリちょっとまって、でもあの馬変ですよ?」
「陛下じっくり見てくださいよ、あの馬、目が一つですよぉ」

そう、目が一つしかないけど。

「この馬モドキも」
「モドキ言うな、ボナパルトって素晴らしい名前があるんだからな」
「あぁ、すみません。えっと、ボナパルトもあなたの体の中に?」
「あぁ、ボナパルトは俺が小さい時からずっと一緒にいるから家族も同然だがな。他にもジュニアやハインリヒ、ジョルジョットにアレクサンドロス、キャサリンに」
「この辺、適当に聞き流しておいてください。ぶっちゃけ家族自慢っていうか名前自慢ですから」

ユーリ少年たちにそう声をかけるもののほとんど皆ボナパルトに目が釘付けになっている。
ユーリなんか下手したら今にも立ち上がって触りに行ってしまいそうだ、目がキラキラしていて事務所にはいないキャラクターだけに可愛くてしょうがない。
ヴォルフラムも口に黄色いクレオパトラを貼り付けたままボナパルトに熱い視線を送っている。
このまま跡部がうまく不二のこととかサルがナスのこととか転移のことやその転移の失敗のことを説明していってくれれば万々歳、っていうかもうそのまま説明しちゃってよとばかりに跡部のほうに視線を投げかけると、跡部も自分でやった方が色々安全だということに気付いたのかそのまま自分達のことを話そうとばかりに「それで」と口を開いた。



―――のに、だ。



「なになにー?召喚見せ合いっこしてるのー?じゃあ俺もー」
「バッ!!千石ッ!!」
「キヨちゃん!?」

空気を読めない人間はいつまでたっても読めない。
止めようとして手を伸ばした私と跡部の先でキヨちゃんはスラスラと召喚呪文を空中に書き上げ



「フレスヴェルグしょうか〜〜〜〜ん!!」



光る召喚円陣の中から黒い霧をまとった―――




「「「ギャーーーーーーーーーー!!!!」」」

本来の大きさの何十倍も何十倍もあるような鷲が部屋の中に現れた。
現れた鷲は外ではなく屋内で召喚されてしまったためか、いやいや、そういうこと云々じゃなくて鷲の大きさが部屋の広さとたいして変わらないから窮屈そうに縮こまっている。
なんか羽があらん方向に向いてたり首が梟のようになってしまっているけれど、大丈夫なんだろうか。
そして、気のせいでなければ召喚されたフレスヴェルグのモコモコの羽毛の下にステファニーを貼り付けたままのグウェンダルが埋まっているはずだ。










これぞ本当の『密』室