「そういえばそうだ!お姉さんたち、なんで魔族語が喋れんの!?」
「俺たち不二じゃあるまいし日本語しか喋れないよぉ。悪魔語なんて喋れゲフゥッ!!!」
ガコンと何かが何かにクリティカルヒットする音が部屋の中に響き渡った。
「お茶もしたたるいい男、だね。千石?」
「口がつるっとすべりました、ごめんなさい」
カップを頭に乗せポタポタと熱い紅茶らしきものを頭からこぼしているキヨちゃんが慌てて口を押さえている。
が、どう考えても遅すぎというか今更のような気がする。
「フン、やはりお前らは人間だな!カップを人に向かって投げるとは野蛮極まりないぞ!」
「知らないの?あれが地球流のコミュニケーションのとり方なんだけど」
「なに、そうなのか!?」
「え?そうなの!?」
「そうだよ、俺と真田なんて毎日してるよ」
幸村嘘ばっかり、でも真田とのことは嘘じゃないからなんとも言えない。
それにしてもユーリ少年まで驚いちゃってるし、君一応地球人なんでしょうが。
「千石の言葉はさておき、僕たちとしては日本語を喋ってるつもりなんだけど。どうやら君達にとっては違うらしいね?」
「えぇ、完璧な魔族語をお喋りになってますよ。とてもチキューの言語とは思えません」
「猊下がいらっしゃってくれれば少しはわかるかもしれませんよ?」
カップを投げた後当たり前のように隣の跡部の真新しいカップを自分のソーサの上に置きなおした不二は、恐らくこいつらが一番話が通じると悟ったのか体ごとコンラッドとギュンター、そしてグウェンダルのほうに向けている。
背中を向けている方は言わずもがな、キヨちゃんやジロちゃん、幸村にユーリ少年とヴォルフラム少年(といっていい年齢なんだろうか)たちである。
確かに話にはならないだろう。
「猊下?なにそれ」
「我が国で大賢者と呼ばれる方なんですが、今は眞王廟の方にいらっしゃるので。連絡はやりましたが恐らく到着なさるのは明日かと」
「その大賢者って人が来るとどうなるわけ?」
「皆さんが何故魔族語を喋れるのかとか、あとは帰り方もわかるかもしれませんよ」
そう言ってコンラッドはにっこりと笑った。
あぁ、なんてイイ笑顔、とっても爽やか。やはり一人くらいこういう人が事務所にいてもいいんじゃないかと思う、橘さんだけじゃ足らない。
あの人しばしば「爽やか」からかけ離れた「漢前」になってしまうから。
「そうなの?でも帰り方は僕、知ってるんだけど」
「「「え?」」」
なんかまた爆弾発言?
「ちょっと待て、どういうことだ!お前達、そもそもここへどうやってやって来た!?」
バンッとグウェンダルが両手で机を叩きながら立ち上がる。
その音に向こうで騒いでいた精神的に『オコチャマ』組はビクゥっと体を強張らせ恐る恐るコチラに顔を向けてきた。
「グ、グウェンダル。少し落ち着いて…」
「どうやって、って聞かれるとそこは『転移の失敗』としか言いようがないんだけど。その失敗の原因は確実にだし?」
「てん……とは……」
「ちょ、ちょっと待ってよ!確かに不二にぶつかったのは私が原因だけど私が不二にぶつかった原因は宍戸とジロちゃんだし!!」
「おい、おまえら……の話を」
「お、俺を巻き込むなよ!!」
「人の話を……」
「なによなによぉ、宍戸が私にドアぶつけたのが原因じゃんか!私は悪くない、私は悪くない、悪いのはお前だァ!裁きはお前がくらえぇぇぇ!!」
ガコンガコンと宍戸の胸倉をつかんで揺さぶっているその向こうで爽やかに笑っているコンラッドが何故かポンと疲れているグウェンダルの肩に手を乗せたのが視界に入る。
「な、なんだ、こいつらは!この人の話を聞かないっぷりはどこかの誰かにそっくりだッ!!」
「たちのことは放っておいていいよ、静かにしてほしいんだったらさせるけど?」
「い、いや、もういい。それよりもだ、その『テンイの失敗』とやらを詳しく話せ」
唸るようにして声を発したグウェンダルにドタドタと『オコチャマ』組が近づいてくる。
どうやら先ほどの話を一応は聞いていたらしい。
「俺も!俺も聞いていい?」
「ユーリが聞くなら僕も聞くぞ!」
コンラッドの用意した椅子に飛び乗ってどこかワクワクしているのを隠そうともしないで不二の方を見つめているユーリにグウェンダルは一層よりまくっている眉をひそめたが、やはり魔王だからなのか、それとも後が五月蝿いからか、黙認している。
ヴォルフラムはコンラッドがユーリの分しか用意しなかったため(ここら辺がこの兄弟のシビアなところだ)自分の椅子を引きずってユーリ少年の隣に置き「ここが自分の定位置だ」とばかりにふんぞりかえって座っている。
まぁ二人が婚約者だと知った時は笑い転げたけれど、勿論何故そうなったかの話を聞いてからはキヨちゃんなんかは笑い死にそうになってたけれど、別に本人達が幸せで楽しそうだったら私には害もないし別にいいんじゃないかと思う。
って言ったらユーリ少年は心底落ち込んでいたけれど。
「転移の失敗について詳しく話せって言われてもねぇ。んー、何から話せばいいのかな」
「ならまずそのテンイとやらについて話してもらおうか」
気付けば紹介してもらった魔族の皆さんが全員いつのまにかこちらを真剣な顔つきで見ている。
話しているのは不二だけどこっちまで緊張してくる、五月蝿かったキヨちゃんたちは不二の話を邪魔しないように自分で自分の口をおさえている。
うん、賢明な判断だ。
「というかこいつらに見せてやった方が早いんじゃないか?」
「跡部、君いたの?」
「ずっとお前の隣にな!!!」
ヒクヒクと頬をひきつらせながら跡部が口を開いた、なんだか久しぶりに声を聴いたような気がするのは恐らく先ほどまで床下冷房の影響下にさらされていたからに違いない。
その上、冷たくなった体を温めるべく手をだそうとした暖かいお茶のはいったカップはいつのまにか不二の手元。
宍戸よりも回復が遅かったのはそのせい、なのかしら。
「でも跡部の言う事も一理あるよねー。不二君、みんなをどっかに連れて行ってあげたら?」
「面倒くさいけどそれが一番手っ取り早そうだね。仕方ないな、サルガタナス出て来い」
そういうや否や不二はすぐさま右手をあげてパチンと指を鳴らした。
ユーリ少年やヴォルフラム少年?はマジマジと不二の指を見つめ、ギュンターやグウェンダル、コンラッドですらも何が始まるのかと不二を真剣な顔つきで見ている。
が。
「遅い!3秒以上たったのに出てこない!!」
と不二は指をならした直後にぶちきれた。
あえて言うけれど、指を鳴らした直後に、だ。
いつもなら結構不二の指パッチンのすぐ直後にボフンとサルがナスが現れるのだけれど、確かに今日は遅い。
10秒ほどたっても現れる気配一つしない。
30秒経っても変化はなし、誰も喋らない静かな空間では30秒ってのは結構長い。
さすがに1分を越えた辺りでヴォルフラム少年が「何もおきないぞ」と呟いた。
「おかしい、確かにアイツは3秒で来いっていっても来たためしなんて一度もないけど」
「努力はしてるみたいだけどね」
「でも30秒以上かかることはなかった」
「そうだね、食事中でも睡眠中でもトイレ中でも不二を優先してたもんね」
「もしかして、召喚術がこの世界じゃ使えないということか?」
もしかして帰れない?