たわいない話をしながらも三人の足は前へ前へと動き、鬱蒼と木々が生い茂る山の中へと進んでいく。
ただ『たわいもない』話をしていると思っているのはだけで、関羽と張飛にとってはどこをどう聞いても『たわいもない』話ではなかった。
「でね、孔明くんは均ちゃんが新婚生活の邪魔になるとかいって今必死こいて均ちゃんのお嫁さん探しをしているんです、新婚さんっていっても私と結婚してもう三年経ってるっていうのに。それに均ちゃんはまだ15にも満たなくてお嫁さんは早いと思うんです、でも孔明くんにそう言ったらますますムキになっちゃって。なら家から追い出しますとか言ってお料理とか裁縫とか最近花嫁修業させてるんです、均ちゃん男なのに・・・」
「はぁ・・・」
「へぇ・・・」
だから根本的にずれてる。
二人は目をバシバシとはためかせながらひたすら耐えた。
耐えついでにそんなおかしな男諸葛亮と今頃一緒にいる劉備へと兄者兄者兄者兄者コールをひたすら送っていた。
ていうか食料ってどこまで取りに行くんだろう、諸葛亮云々の前にもっと根本的なことに今更ながらに気付いた。
周りを見渡せば真っ暗、空を見上げても木々が生い茂りすぎてまだうっすら明るいはずの空が見えない。
喰われるかもしれない、え、何に?
二人は微妙に混乱していた、ただそれだけ諸葛亮夫妻は二回目の訪問の時に出会った弟と血が繋がっているとは思えないほど飛びぬけておかしかったのだ。
(なにを情けないことを、関雲長!お前は兄者の夢も、我らの夢もいまだ果たせてはいないではないか!)
(俺様としたことが・・・!そうだよ、こんな目の前のひょろひょろした女にもひょろひょろ割烹着着てた男にも負けるわけないじゃねぇか!心配なんていらねえよ、そうだぜ張翼徳!)
互いに気づかれないように気合を入れなおし鼓舞できたところで、くるりと前を歩く少女が二人の方に振り返った。
「ここです、相変わらず孔明くんのカモフラージュは絶妙です!あの印がなければ私でも気付かないところでした」
「ん?罠?」
「かもふらあじゅ?印?」
なんのことだかさっぱり検討もつかない二人は眉をおもいきりひそめの顔を見つめ、その視線に気付いたもでにっこりと笑って隣に聳え立つ大木の幹をぽんぽんと叩いた。
よくよく見ればその大木、幹の部分に『ちゃんに捧ぐ』とかなんとか文字が彫られてある。
(呪いだ!!)
(呪いだ!!)
二人はぶるりと大きな体をふるわせた、この暗闇でその『印』を見つけたもさることながら大木にでかでか堂々とそんな文字を彫っちゃっている諸葛亮も諸葛亮だ。
孔明くんてばおちゃめさーん、のその言葉に二人は無言でぶるぶるぶると首を横に振った。
「えと、今更ながらなんですけどもお二人は猪はお好きですか?」
「猪、とな?」
「ハイ!お好きなら今日の晩御飯、猪をつかった牡丹鍋にしようかと思っているんですけど結構あくが強いのでお二人がお好きじゃなかったら違うものを考えなくちゃいけないので」
「俺は猪肉、好きだぜ!雲長兄者だって嫌いなもんはなかったろ?玄徳兄者なんて雑草でも食べるしな!」
「ワァよかった!じゃあお願いしますね、いつもは孔明くんがやってくれるんですけど」
「へ?お願いします?」
「は?一体何を・・・」
ニッコリ笑ったままのは困惑気味の二人をよそに、大木の上空からブラリと垂れ下がっている紐をぐいっと思い切り景気よく引っ張る。
途端二人の、いや三人の立つ場所の目の前にあった地面がぐしゃあどしゃあと音を立てて崩れ落ちる。
草花もろとも崩れ落ちていく地面を関羽と張飛はポカンと見つめ、そのうちに三人の目の前にはとんでもない大きさの穴が出現する。
人一人だなんてとんでもない、多く見積もっても50人は入りそうな深い大穴である。
そしてよくよく目を凝らしてみればその穴のそこでうごうごとうごめくものが幾つか、ブフブヒと鳴き声がうっすら聞こえてくる。
どことなく嫌な予感を覚えた二人はひきつった顔のまま笑顔で隣に立つのほうに恐る恐る振り返った、つい先程注入したばかりの気合はどこ吹く風である。
「な、なんだこの穴・・・」
「以前月英お姉ちゃんと実験をしていたときにできた穴なんです、折角なので今は落とし穴がてら食料庫にしています。えーと、ひぃふぅみぃ・・・ん、前よりも猪が増えてます」
「実験?どんな実験をすればこんな大穴が・・・」
「ていうか待て!お前さっきお願いしますって・・・」
「ハイ!いつもは孔明くんが猪の首をきゅっとやってパキとやってぼっきりといってくれるんですけど、今頃お話真っ最中ですから。今日は是非、お二人にお願いしますね!」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
あのひょろひょろ割烹着がいつもはこの大穴の中で、大量にうごめく猪の群れの中で、猪をキュッとパキっとぼっきりといくのか!つかそんな恐ろしい男を兄者と二人っきりにしちまったァ!!
二人の苦悩はまだまだ続く。
「是非!牡丹肉、楽しみにしてます!!」
そして隣からはキラキラと期待のこもった輝く瞳。
雲長兄者ちょいちょいっと行ってこいよ、何を言うか翼徳おぬしのほうが武に優れているではないか、またまたあの曹操が欲しがるほどの逸材なんだぜ兄者はよぉ、翼徳おぬしは日頃から俺様にかかればなんでも朝飯まえよぉとか言っているではないか!
無言の押し付け合いは次第にエスカレートしていく、肘のつつきあい、足の蹴りあい・・・しまいには泣く子も黙るほどの睨みあいへ。
「兄者は兄者だろ!弟を守ってくれよ!!」
「翼徳こそ弟ならば兄を守ってみせるくらいの意地をみせてみぬか!!」
仲の良かった義兄弟に亀裂がはいった瞬間だった。
うごめく猪たちの中に落ちて行きキュッとやってパキとやってボッキリやるのはさすがの二人でも嫌だった、これで劉備があの穴の中にいるというのならば二人は我を忘れてでもあの大穴の中に入っていっただろう。
しかし今あの穴の中に劉備はいない、いるのはただただ猪のみだ。
「兄者がやってくれよ!!」
「おぬしが行かぬか、翼徳!!」
亀裂は徐々に大きくなっていく、ああ桃園の誓いよどこへいく、劉備もいない山の中で関羽と張飛は必死にのお願いに応える役割を押し付けあっていた。
その押し付け合いは終わりを見せず気付けば、お前の酒癖は非常に迷惑だ云々から兄者の髭はちょっと鬱陶しいぜ云々へと発展していく。
お互いが互いの獲物を握り締めぎっと相手を睨みつけたところで
「あーーーもう!孔明くんより潔くないんだから!!」
の叫び声がキーンと二人の耳をつんざき
「ちょっとそれ貸してください!私がサックリいってきます!!」
関羽が握り締めていた青龍偃月刀をバッと奪い取ると穴の淵へと歩みを進めていく。
八十二斤(約18kg)ある青龍偃月刀を軽々と奪い取ったはというと穴の淵に到着するやいなや、自分以外に軽々と自分の獲物を扱える者がいなかったというのによりにもよって自分よりも遥かに小さな女の子に片手で扱われた事に唖然としてしまった関羽の目の前で大きく振りかぶって
「投手、第一球投げましたァ!!」
「投げるなァ!!!」
「拙者の青龍偃月刀ォォォォ!!」
穴の中に向かって見事なフォームで投げつけた。
穴の中へと消えていった青龍偃月刀を追いかけ思わず関羽も穴の中へ、その関羽を追いかけ思わず張飛も穴の中へ。
そして、穴の中で二人を待ち受ける大量の猪たち。
投げつけられた青龍偃月刀は一匹の猪の首をの言葉どおりサックリと両断しており、家族を、そして仲間を殺されてしまった猪たちはというと
「ブフ!」
「ブヒ!!」
「ブフフーーン!!」
気合も一発、鼻息荒く後ろ足で地面をゲシゲシと蹴りつけながら青龍偃月刀を手にした関羽とつい義兄のあとを追って飛び込んでしまった張飛を敵はかくや!とばかりに睨みつけていた。
(兄者、一足先に失礼致す!!無念!!)
(兄者、この猪たちをサックリパキボッキリ殺れる諸葛亮夫妻こそ真の三國無双だぜ・・・!!)
雲長編纂目つきの悪い男位置付けの一位が諸葛亮から猪(集団)となった奇跡の瞬間だった。
その日の晩、諸葛亮夫妻の住む草庵の裏山から二人の男の涙を誘うような雄たけびが響き渡った。